第一章・十九 「適応外武装」
朝靄の中。
銀髪の人物が静かに立っていた。
長い外套。
細身の杖。
その周囲だけ、
空気が妙に静かだった。
怪物が低く唸る。
赤い目が、
新たな敵を捉えている。
だが。
銀髪の人物は動じない。
杖先へ、
青白い光が集まり始める。
「お、おい……
あれ人だよな……?」
ケイが呆然と呟く。
ユウマも息を呑んでいた。
今の一撃。
明らかに異常だった。
レイヴンハウンドとは比較にならない怪物のHPを、
一撃で大きく削った。
【HP:81%】
あれほど硬かった怪物が。
一発で。
「魔法……?」
ユウマが呟く。
その瞬間。
怪物が地面を蹴った。
轟音。
巨体が銀髪の人物へ突進する。
「っ……!」
ユウマの身体が反射的に動こうとする。
だが。
次の瞬間。
銀髪の人物の前へ、
青白い魔法陣が展開された。
幾重にも重なる光輪。
空中へ浮かぶ文字列。
そして。
静かな声。
「――――《氷槍》」
空気が凍る。
次の瞬間。
十数本もの氷槍が空中生成された。
「なっ……!?」
ケイが目を見開く。
氷槍が一斉射出される。
轟音。
怪物へ突き刺さる。
ギャァァァァッ!!
怪物が絶叫した。
黒い液体が飛び散る。
【HP:53%】
一気に赤へ近付く。
ユウマの背筋を寒気が走った。
強い。
レベルが違う。
今まで自分達が戦っていたものと、
次元が違って見えた。
怪物が怒り狂ったように咆哮する。
地面を砕きながら再突進。
だが。
銀髪の人物は冷静だった。
杖を横へ払う。
瞬間。
地面から巨大な氷壁が出現する。
激突。
轟音。
怪物の巨体が止まった。
「うそだろ……」
ケイが呆然とする。
ユウマも言葉が出ない。
今までのAstral Ringでも、
高位魔法は存在した。
だが。
こんな迫力じゃなかった。
もっとゲーム的だった。
今のは違う。
本当に、
自然現象みたいだった。
氷が軋む音。
冷気。
空気の変化。
全部が異様にリアルだった。
怪物が氷壁を破壊する。
銀髪の人物が距離を取る。
だが。
その動きを見た瞬間。
ユウマの感覚が反応した。
「……まずい」
「え?」
ケイが振り向く。
怪物の視線。
重心。
脚運び。
狙いが変わっている。
「こっち来る!!」
ユウマが叫ぶ。
次の瞬間。
怪物が方向転換した。
銀髪の人物ではない。
狙いは、
後方にいるユウマ達。
「は!?」
ケイの顔が引き攣る。
怪物が突進する。
速い。
ユウマは反射的に腰へ手を伸ばした。
そこには。
もう一本の武器があった。
アステル。
イベント報酬で入手した、
蒼銀色の片手剣。
高位武装。
今までのAstral Ringでも、
トップクラスの性能を持つ武器だった。
ユウマは反射的に柄を握る。
その瞬間。
全身へ、
嫌な感覚が走った。
「っ――!?」
視界端へ、
赤い警告表示が浮かぶ。
【適応率低下】
【同期不安定】
【肉体負荷予測:危険】
「なっ……!?」
ユウマの顔が歪む。
腕が重い。
いや。
重いなんてものじゃない。
握った瞬間、
腕全体へ焼けるような痛みが走った。
まるで。
身体そのものが、
武器を拒絶しているみたいだった。
「ぐっ……!」
膝が沈む。
脳が揺れる。
呼吸が乱れる。
視界がブレた。
ケイが目を見開く。
「お、おい!?」
ユウマ自身、
混乱していた。
今まで普通に使えていた。
なのに。
今は違う。
アステルから、
異様な圧力みたいなものを感じる。
蒼銀色の刀身が、
微かに青光を漏らしていた。
低い振動。
脈打つみたいな感覚。
だが。
拒絶ではない。
むしろ。
“今のお前では耐えられない”
そう言われているみたいだった。
「っ……!」
怪物が迫る。
考える暇は無い。
ユウマは即座にアステルを離した。
痛みが少し消える。
代わりに、
腕へ鈍い痺れが残った。
「なんなんだよこれ……!」
ユウマが歯を食い縛る。
使えない。
少なくとも今は。
ユウマは即座に短剣へ持ち替えた。
軽い。
身体へ馴染む。
今の自分には、
こっちの方が圧倒的に動ける。
怪物が目前まで迫る。
ユウマの感覚が加速する。
重心。
視線。
踏み込み。
全部が見える。
だが。
避けるだけじゃ駄目だ。
後ろにはケイと女性プレイヤーがいる。
逃げれば届かない。
守れない。
その瞬間。
ユウマの脳裏へ、
さっきの感覚が蘇る。
一瞬だけ世界が遅くなる感覚。
身体が限界を超えて動いた感覚。
もっと速く。
もっと前へ。
届くために。
怪物が咆哮する。
巨大な前脚が振り下ろされた。
ユウマは地面を蹴る。
視界端へノイズが走る。
【スキル補助起動】
【《空閃》】
世界が、
再び遅くなった。




