第一章・十四 「逃走」
背後から、
レイヴンハウンドが飛び掛かってきた。
速い。
風圧。
獣臭。
殺気。
「っ――!!」
ユウマは反射的に身体を捻った。
直後。
牙が肩横を通り過ぎる。
岩へ激突。
ガギィン!!!!
火花。
岩肌が砕け散る。
「うわっ……!?」
男が顔を引き攣らせた。
ユウマも息を呑む。
今の。
直撃していたら。
本気で首を持っていかれていた。
レイヴンハウンドが岩壁を蹴る。
砕けた石片が飛び散った。
そのまま再加速。
「はやっ――!?」
ユウマは咄嗟に短剣を構える。
だが。
今までのゲーム戦闘みたいに身体が動かない。
怖い。
本能が拒絶している。
あの牙へ触れたら終わる。
そんな感覚が、
全身を支配していた。
レイヴンハウンドが低く唸る。
黒い唾液が垂れる。
赤黒い瞳。
完全に獲物を見る目だった。
ゲームAIじゃない。
本当に、
こちらを狩ろうとしている。
「くそっ……!」
ユウマは短剣を握り直した。
呼吸が浅い。
鼓動が速い。
視界端では、
HPゲージが緑表示のまま揺れている。
【HP:93%】
だが。
安心感なんて全く無かった。
肩が痛い。
痺れる。
呼吸する度にズキズキする。
今までのゲーム痛覚とは、
完全に別物だった。
レイヴンハウンドが踏み込む。
砂が爆ぜる。
来る。
ユウマの感覚が、
無意識に相手の軌道を読む。
右。
フェイント。
その後、
低姿勢から噛み付き。
「っ!」
ユウマは半歩だけ横へずれた。
牙が空を裂く。
同時に。
短剣を振る。
ガギィッ!!
硬い。
だが。
今度は首横へ少し深く入った。
黒い液体が飛ぶ。
【レイヴンハウンド
HP:79%】
敵HPが黄色へ近付く。
レイヴンハウンドが怒声みたいな唸りを上げた。
その瞬間。
男が後方から短剣を突き出す。
「うおおおっ!!」
ガギン!!
浅い。
レイヴンハウンドの外殻へ弾かれる。
「は!?」
男の顔が青ざめる。
次の瞬間。
レイヴンハウンドの尾が薙いだ。
「がっ!?」
男の身体が吹き飛ぶ。
岩へ激突。
鈍い音が響く。
「っ!!」
ユウマの呼吸が止まる。
男が崩れ落ちた。
【HP:41%】
一気に黄色へ落ち込む。
「ぅ……
ぐ……」
立てない。
肩が変な方向へ曲がっている。
骨折。
ユウマは一瞬で理解した。
「まじかよ……」
男の顔が引き攣る。
呼吸が乱れていた。
汗。
涙。
恐怖。
全部が顔へ出ている。
「ポーション……!」
男が震える手で腰ポーチを探る。
だが。
指が震えて上手く掴めない。
レイヴンハウンドが、
ゆっくり男へ向き直る。
獲物を変えた。
ユウマの背筋が凍る。
「やばっ……!」
考えるより先に動いていた。
砂を蹴る。
一気に間合いへ飛び込む。
レイヴンハウンドが反応する。
牙。
前脚。
殺気。
全部が同時に来る。
怖い。
だが。
止まれない。
ユウマは身体を滑り込ませた。
低姿勢。
懐。
その瞬間。
世界が少しだけ遅く見えた。
筋肉。
重心。
踏み込み。
視線。
全部が見える。
「――そこっ!!」
短剣が走る。
青紋様が光った。
斜め下からの切り上げ。
ガギィィン!!
火花。
そして。
今までで一番深く刃が通った。
【レイヴンハウンド
HP:51%】
黒い液体が噴き出す。
レイヴンハウンドが大きく仰け反った。
「はぁっ……!
はぁっ……!」
ユウマは距離を取る。
息が苦しい。
腕が震える。
短剣を握る手が汗で滑りそうだった。
「なんだよこれ……」
本当に、
命懸けだった。
今までみたいに、
気軽に前へ出られない。
ミスしたら死ぬ。
そんな感覚が、
全身へまとわり付いていた。
レイヴンハウンドが低く唸る。
だが。
さっきより慎重になっている。
傷を警戒していた。
「……考えてる?」
ユウマの喉が詰まる。
普通の低級モンスターなら、
もっと単純だった。
だがこいつは違う。
距離。
タイミング。
反撃。
ちゃんと見ている。
獣として、
こちらを狩っている。
その時。
背後から波音と混ざって、
別の唸り声が聞こえた。
「……え」
男の顔が引き攣る。
岩場の向こう。
黒い影。
また一体。
さらに。
もう一体。
「うそだろ……」
ユウマの顔色が変わる。
【レイヴンハウンド
HP:100%】
【レイヴンハウンド
HP:100%】
新しい個体。
三体。
囲まれる。
潮風が強く吹いた。
波が岩へ叩き付けられる。
レイヴンハウンド達の低い唸り声が、
海岸へ響いていた。
その瞬間。
ユウマの本能が叫ぶ。
勝てない。
今は絶対に。
「逃げるぞ!!」
ユウマが叫ぶ。
「で、でも……!」
「死ぬぞ!!」
その言葉。
自分で言った瞬間。
ユウマの背筋へ、
冷たいものが走った。
死ぬ。
今。
本当に、
そう言った。
ゲームじゃない。
リスポーンも、
軽いペナルティも、
そんな感覚はもう無かった。
レイヴンハウンド達が一斉に地面を蹴る。
砂浜が爆ぜた。
「走れぇぇぇっ!!」
二人は海岸を全力で駆け出した。




