空飛ぶカツラ
頭髪の少ない方には不快に感じられる描写がございます。苦手な方はご注意ください。
目の前をカツラが飛んでいった。
カツラってあのカツラだ。頭髪の少ない人が使う、あのカツラ。別名をウィッグ、ヘアパーツ。それが宙を舞い、空を飛んでいった。
見間違いなんかじゃない、本物のカツラだ。だってそれは頭のてっぺんが透けて、素肌が見えてるおじさんの頭から羽ばたくように飛び立っていったのだから。
カツラを失ったおじさんは途端に全身の力が抜け、音もなくその場にしゃがみこんだ。ああいうのを「膝から崩れ落ちる」っていうんだろうな。見ているこちらにまでショックが伝わってくるようだった。
それを見ていた僕はというと、思わず笑い転げてしまったよ。笑うしかなかった、だって人生でこんな光景お目にかかれる機会そうそうないだろう。これに匹敵する光景なんて、バナナの皮を滑って転ぶぐらいしか思い浮かばない。笑っちゃいけない、けどそう意識すれば意識するほど笑ってしまう。
――だから僕は、飛んでいったカツラが別の奴の頭に貼りついても笑っていた。
カツラはさっきのおじさんより多少は毛髪のある奴にくっついていた。そいつはなかなか剥がれず、そのうちしっかりと頭に根付いて離れなくなる。
やがて、カツラに取りつかれたそのおじさんは虚ろな目になるとそのままフラフラと歩きだした。
そこでようやく、笑うのを止めた僕はカツラに置いて行かれたおじさんを見つめなおした。座り込んでいたおじさんはすっかり意気消沈したのか、そのまま力なく倒れ伏す。さすがに心配になって近寄ろうとしたがその瞬間、おじさんが萎んだ風船のようにどんどん小さくなって消えていく。
……あぁ、そうか。
カツラの方が本体だったってことか。




