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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: U3


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第8話 傲慢な女王と、冷めた秘書

 週末の昼下がり。都内の超高級ホテル内にあるフレンチレストランの個室で、俺は向かいの席に座る少女を静かに見つめていた。

 木村心。普段はオーバーサイズの古着やダメージデニムで身を包んでいる17歳の天才ハッカーは、今日、俺が手配したハイブランドの漆黒のワンピースと控えめなパールのネックレスを身に纏っていた。プラチナブロンドの髪も丁寧に巻かれており、少し背伸びをした大人びたメイクと相まって、どこかの名家の令嬢と言われても誰も疑わないほどの洗練された空気を放っている。


「……なに? 人の顔をジロジロ見て」


 最高級の黒毛和牛のフィレ肉を切り分けながら、心は少し居心地が悪そうに上目遣いで俺を睨んだ。


「いや。見違えたと思ってな。スパイの報酬の一部として用意させた服だが、よく似合っている」

「ふん。あんたの隣を歩くためのカモフラージュでしょ。パパ活女子に見られないためのね」


 悪態をつきながらも、彼女の口元は微かに緩んでいた。この数週間、俺たちはこうして時折「デート」と称して高級な店で食事を共にし、表向きは年の離れた兄妹や知人を装いながら、裏で神崎家の機密情報をやり取りしていた。俺が自宅で手料理を振る舞うこともあるが、時にはこうして外の世界で彼女に一流のサービスと味を経験させ、上流階級の立ち振る舞いを学ばせている。これも、彼女を神崎家の懐に潜入させるための布石の一つだ。


「それで、本題だが」


 食後のエスプレッソが運ばれてきたタイミングで、俺は声を潜めた。


「神崎グループの次期社長候補、麗華の周辺はどうなっている?」


 心はタブレットを操作し、高度に暗号化されたファイルを俺のスマートフォンに転送した。


「麗華の仕事のスケジュールと、裏の交友関係のリスト。……といっても、あの女自身はほとんど何もしてないけどね。実務の九割は、彼女の第一秘書が回してる」


 画面に表示されたのは、一人の女性のポートレートだった。

 斎藤冴子。25歳。特徴的な太く美しい眉と、クラシカルで知的な顔立ちを持つ端正な美女。


「神崎グループの若手エース。スタンフォード大卒の超優秀な頭脳を持ってるくせに、今は麗華のヒステリーの処理と、彼女の失敗の尻拭いばかりさせられてる。麗華は冴子の実績を全部自分の手柄にして、彼女をただの小間使いかサンドバッグみたいに扱ってるよ」

「なるほど」


 俺は画面に映る冴子の射抜くような眼差しを見つめながら、薄い笑みを浮かべた。

 1周目の家政夫時代、俺も彼女の姿を何度か屋敷で見かけたことがあった。常にタイトなスーツを隙なく着こなし、麗華の背後に影のように付き従っていた有能な秘書。当時の俺とは事務的な言葉しか交わさなかったが、彼女の瞳の奥に、神崎家に対する静かな諦観が宿っていたのを覚えている。


「……優秀な手駒だな。引き抜く価値がある」

「麗華から彼女を奪うの? でも、冴子は警戒心が強いよ。金だけじゃなびかないと思うけど」

「金だけで動く人間は、より高い金額を提示されれば簡単に裏切る。だが、彼女が抱えている『愚鈍な上司への深い軽蔑と不満』……その自尊心の奥底にある欲望を満たしてやれば、最強の共犯者になる」


 俺の言葉に、心は呆れたように肩をすくめた。


「悪党の顔になってるよ、健太郎さん。……ま、せいぜい頑張って落としてみなよ。その美貌とやらを使ってさ」


 心の生意気な言葉に、俺は軽く肩をすくめてみせた。エスプレッソの残り香が、これから始まる危険なゲームの幕開けを告げているようだった。


 数日後の夜。

 神崎グループが主催する、財界人を集めた大規模なレセプションパーティー。

 都内でも有数の格式を誇るホテルのグランドボールルームは、シャンデリアの眩い光と、オーケストラの生演奏、そして集まった数百人の権力者たちの野心で満ち溢れていた。

 俺は『イノウエ・キャピタル』のCEOとして、大口の海外投資家というVIP待遇で会場に足を踏み入れた。

 洗練されたダークグレーのオーダースーツを隙なく着こなし、俺が悠然とフロアを進むと、周囲の空気が露骨に変わるのが分かった。人々の視線が釘付けになり、ざわめきが波のように広がる。若くして数百億の外資を動かすという肩書きと、この圧倒的な容姿。誰もが俺とのコネクションを求めて群がってくる。

 名刺交換と当たり障りのない挨拶を淡々とこなしていると、人だかりを縫うようにして、一人の女が近づいてきた。


「先日のシークレットパーティーでは、ご挨拶もできずに失礼いたしましたわ。神崎グループ副社長の、神崎麗華と申します」


 豪奢な真紅のイブニングドレスに身を包み、大ぶりのダイヤモンドを首元に輝かせた女。

 1周目の世界で、俺を『野良犬』『ゴミ』と呼び、熱湯のような味噌汁を頭から浴びせ、最後は保険金目当てで冷酷に殺し去った張本人。

 俺の腹の底で、黒く粘り気のある憎悪が一気に沸騰した。今すぐこの女の細い首を締め上げ、全ての真実を暴き立ててやりたい衝動に駆られる。だが、俺の表情筋はピクリとも動かず、ただ洗練された大人の余裕を湛えた微笑みだけを形成していた。


「お会いできて光栄です、神崎副社長。あの夜は私の方こそ、あまりの人の多さに満足なご挨拶もできず、失礼いたしました」


 俺がしれっと嘘をつきながら軽くグラスを掲げると、麗華の口角がピクリと引きつった。

 彼女の瞳の奥で渦巻いているのは、先日のパーティーで自分を路傍の石のように無視したこの生意気な美男子に対するプライドの疼きと、何としても自分の足元にひれ伏させたいという強烈な執着心だ。

 俺があの夜、彼女の肥大化した自尊心に打ち込んだ小さな棘は、見事に猛毒となって彼女の理性を蝕んでいるらしい。麗華のような承認欲求の塊にとって、自分になびかない完璧な男の存在は、絶対に手に入れなければならないトロフィーに等しいのだ。かつて自分を虫けらのように殺した男が、こうして罠を張ってほくそ笑んでいるとは夢にも思っていない。その絶対的な滑稽さに、俺は内心で冷たく嘲笑した。


「実は、私たちの進めている新規プロジェクトについて、ぜひ井上CEOにご意見を伺いたいと……」


 麗華が意図的に胸元を寄せながらすり寄ってくるその後ろで、静かに控えている女性の姿に俺の視線は引き寄せられた。

 第一秘書、斎藤冴子。

 上質な黒のパンツスーツを身に纏い、真っ赤なルージュを引いたその顔立ちは、華やかな麗華の隣にいても決して見劣りしないほどの端正な美しさを放っている。しかし、彼女は自らの気配を完全に殺し、ただの『有能な背景』として徹していた。


「……あら、嫌だわ」


 突然、麗華がワザとらしく眉をひそめた。通りすがりのウェイターと軽くぶつかり、彼女の持つシャンパングラスから、数滴の酒が床に零れ落ちたのだ。麗華のドレスには一滴もかかっていない。


「冴子。あなた、何を見ているの? 私が汚れるところだったじゃないの。気が利かないわね」


 完全な言いがかりだ。だが、麗華は俺という極上の獲物の前で『自分がいかに絶対的な権力を持っているか』を誇示するためだけに、秘書を理不尽に怒鳴りつけたのだ。1周目、俺がダイニングで日常的に受けていたあの仕打ちと全く同じやり口。


「……大変申し訳ございません、麗華様。すぐに新しいグラスをご用意いたします」


 冴子は一切の表情を崩すことなく、深く頭を下げてその場を取り繕った。

 だが、俺は見逃さなかった。頭を下げる一瞬、彼女の知的な瞳の奥に閃いた、底の浅い上司に対する底知れない軽蔑と、深い徒労感を。


「井上CEO、お見苦しいところをお見せしましたわ。うちの社員は、私が一から十まで指示を出さないと動けない無能ばかりで困ってしまいますの」

「いえ。組織のトップに立つ方のご苦労は、お察しいたしますよ」


 俺は適当に相槌を打ちながら、麗華という女の底の浅さを改めて確信し、同時に、冴子を取り込むための明確な道筋を思い描いていた。


 パーティーが終盤に差し掛かり、参加者たちが帰路につき始めた頃。

 ホテルの車寄せの少し離れた場所で、麗華の迎えのハイヤーを手配し終えた冴子が、一人で小さく息を吐き出しているのを見つけた。

 夜風に吹かれながら、彼女は疲労を滲ませた手つきで目頭を押さえている。その背中は、強固な鎧を着込んだキャリアウーマンの脆い部分を晒していた。


「見事な立ち回りでしたね、斎藤さん」


 不意に背後から声をかけると、冴子はビクッと肩を震わせ、瞬時に『秘書の顔』を作り直して振り返った。


「……井上CEO。本日はお越しいただき、誠にありがとうございました」

「緊張しないでください。神崎副社長は、すでにハイヤーでお帰りになったのでしょう? 今は業務時間外だ」


 俺は彼女のパーソナルスペースに一歩踏み込み、月明かりの下でその端正な顔を見下ろした。


「今日のレセプション、裏で進行の全てを完璧に取り仕切っていたのはあなただ。不測の事態にも数秒で対応し、招待客の顔と名前も完全に頭に入っている。……副社長は幸運な方だ。あなたのような卓越した頭脳を、ただの小間使いとして扱えるのだから」


 冴子の眉がピクリと動いた。俺の言葉に込められた『麗華の無能さ』への皮肉を、彼女の賢い頭脳は瞬時に理解したはずだ。


「……お褒めいただき、光栄です。ですが、全ては麗華副社長の指示があってこその手配ですので」

「本心ですか?」


 俺は低い声で囁き、彼女の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「もったいない。これほど有能で美しいあなたが、あんなお飾りの人間にひれ伏し、靴を舐め続けるのは、あまりに見合わない。そうは思いませんか?」

「……ッ」


 冴子は息を呑み、反発しようと口を開きかけたが、図星を的確にえぐられたことで言葉が出ないようだった。彼女が長年押し殺してきた自尊心と、理不尽な現状への怒り。その琴線に、俺の言葉は確実に触れた。

 俺は内ポケットから、漆黒の台紙に個人の連絡先だけが記された特別な名刺を取り出し、彼女の手の中に滑り込ませた。


「気が向いたら、連絡をください。……あなたの真の価値を評価し、相応の対価を払える場所が、ここにある」


 冴子が名刺を見つめて固まっている間に、俺は踵を返し、迎えのマイバッハへと向かった。


 振り返らなくてもわかる。

 彼女の心には今、抗いがたい危険な誘惑の種が植え付けられた。あとは、あの浅ましい女王が彼女に決定的な屈辱を与え、種が発芽するのを待つだけだ。

 神崎家の心臓部に最も深く突き刺さる鋭利な楔は、もうすぐ俺の手の中に落ちる。

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