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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: U3


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第4話 完璧な男への羽化

 日本を離れた俺が向かったのは、スイス・ジュネーブ郊外にある、世界中の王侯貴族や大富豪だけが極秘に利用するトップクラスのプライベートクリニックだった。

 俺が全財産の大部分を投じて仕込んだ仮想通貨が莫大な富を生み出すまでには、まだ数年の歳月を要する。だが、俺がこれから歩む修羅の道には、今すぐ天文学的な額の金が必要だった。

 だから俺は、手元に残したわずかな資金を元手に、移動中も、そしてこのスイスに到着してからも、海外市場のハイレバレッジトレードを繰り返し続けた。俺の持つ「未来の10年分の経済の記憶」を総動員し、死に物狂いで市場から数千万、数億という莫大な日銭をもぎ取っていく。これによって、世界一物価の高い国での途方もない整形費用、数年間の滞在費、そして超一流プロたちの破格の雇用費用を全て己の力で捻出していったのだ。


 クリニックで出迎えたのは、比類なき審美眼と技術を持つと謳われる天才美容外科医だった。彼は俺の顔の骨格、皮膚のたるみ、そして全身のバランスを冷徹な目で見定めた後、「どこをどう変えたいのか」と尋ねてきた。


「全てだ」


 俺は迷いなく答えた。


「骨格の形から鼻筋、顎のライン、目元の印象に至るまで、全てを創り変えてほしい。かつての俺の面影を、遺伝子レベルで一ミリたりとも残すな。誰もが振り返り、ひれ伏すような……欠点のひとつもない、隙のない男にしてくれ」


 医師は少しだけ目を丸くしたが、すぐにプロフェッショナルの鋭い笑みを浮かべ、何枚もの緻密なシミュレーション画像を作成し始めた。


 それからの日々は、文字通り「解体と再構築」の連続だった。

 全身麻酔から醒めるたびに、顔面の骨を削られ、皮膚を引っ張り上げられる凄まじい激痛が俺を襲った。顔全体が燃えるように熱く腫れ上がり、呼吸をするのすら苦しいダウンタイム。ベッドの上で包帯に巻かれながら、暗闇の中で何度も意識を手放しそうになった。食事を摂ることすら困難で、点滴の針に繋がれて生き延びる日々。

 だが、その痛みに耐えるのは、決して難しくなかった。

 神崎家のダイニングで、熱湯のような味噌汁を頭から浴びせられた時のあの痛み。泥水をすすらされ、人間としての尊厳を奪われ、最後は雨の山道でひしゃげた鉄くずの中で血を吐いたあの絶望に比べれば、メスが肉を切り裂く痛みなど、赤子の産声のように愛おしいものだった。


「……痛いほど、過去の俺が死んでいく……」


 包帯の奥で、俺は狂ったように笑い続けた。血の味がするその痛みは、俺が新たな復讐鬼として生まれ変わるための、神聖な儀式だった。


 数ヶ月に及ぶ地獄のような手術とダウンタイムを終え、ついに最後の包帯が解かれた日。

 俺は静かに、鏡の前に立った。

 そこに映っていたのは、かつての冴えない、過労で老け込んだ気弱な「神崎修平」ではなかった。

 彫りの深い端正な顔立ち。高く通った鼻筋に、シャープで男らしい顎のライン。二重の幅から目の切開ラインまで精緻に計算し尽くされたその瞳には、かつての卑屈な光は消え失せ、深淵を覗き込むような冷酷さと、獲物を狙う猛禽類のような危険な大人の色気が宿っていた。

 それはまさに、神が精巧に創り上げた彫刻のような、息を呑むほどの美男子だった。


「素晴らしい。私のキャリアの中でも、至高の傑作だ」


 医師が満足げに拍手をする。俺は鏡の中の『新しい自分』に向かって、ゆっくりと口角を上げた。ただ微笑んだだけなのに、冷たくも甘い、抗いがたい魅力がそこに漂っていた。


 だが、顔を変えただけでは終わらない。

 神崎家という巨大な財閥の懐に深く入り込み、あの傲慢な麗華や、血筋と品格を何よりも重んじる貴子を根底から騙し討ちにするためには、外見に伴う「絶対的な教養と肉体」が必要不可欠だった。

 俺は市場からむしり取った莫大な利益を注ぎ込み、スイスの山奥に広大なプライベートヴィラを借りた。そして各界の頂点を極めたプロフェッショナルたちを、専属の家庭教師として雇い入れた。


 まずは肉体改造だ。

 元特殊部隊のパーソナルトレーナーを雇い、死の淵を彷徨うような過酷なトレーニングを毎日課した。栄養学に基づいた徹底的な食事管理のもと、貧相で猫背だった体は、無駄な脂肪が削ぎ落とされ、しなやかで強靭な筋肉の鎧へと変わっていく。

 オーダーメイドのハイブランドスーツを隙なく着こなすための、広く厚い肩幅と、引き締まったウエスト。ただ立っているだけで周囲を威圧するような、帝王のような立ち振る舞いと姿勢を、筋肉の隅々にまで叩き込んだ。


 同時に、語学とマナー、そして帝王学の習得に膨大な時間を費やした。

 英語、フランス語、中国語をネイティブレベルで流暢に操れるようになるまで、睡眠時間を削って言語のシャワーを浴び続けた。テーブルマナー、ワインの知識、葉巻の嗜み方、芸術への造詣、そして乗馬や社交ダンスに至るまで、上流階級の人間が幼少期から何十年もかけて学ぶ教養を、狂気じみた執念でわずか数年で脳髄に刻み込んだ。

 彼らが見下す「孤児院上がりの卑しい血」という壁を、後天的な努力と莫大な金で完全に粉砕するためだ。


 そして、俺が最も重要視し、研ぎ澄ませたもう一つの武器。

 それは『料理』だった。


 パリの三ツ星レストランで腕を振るっていた天才シェフを大金で雇い、マンツーマンのプライベートレッスンを受けた。

 最初のレッスンで、俺が手早く食材を捌き、寸分の狂いもない温度管理で火入れを行うのを見て、シェフは驚愕の声を上げた。


「君は、どこかの星付きレストランでスーシェフでもやっていたのか? この無駄のない包丁捌きと、秒単位の加熱の感覚は、素人のそれではないぞ」


 当然だ。俺は神崎家の地獄のようなキッチンで、毎日毎日、絶対に失敗の許されない状況下で、口の奢った財閥の人間たちのために料理を作り続けてきたのだから。


「だが、君の料理には『魂』がない。ただ機械的に美味しいだけの、血の通っていない料理だ」


 シェフのその指摘に、俺はハッとした。


「料理とは、人を魅了し、心を満たし、そして支配するための究極の芸術だ。食べる者の心を想像し、その欲望のど真ん中を射抜く一皿を作りなさい」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、あの冷たい氷雨の日に林さんが淹れてくれた、紙コップの温かいコーヒーの記憶が鮮明に蘇った。

 あの日、ずぶ濡れで泥まみれになり、神崎家から無慈悲に虐げられていた俺に、見ず知らずの彼女が差し出してくれた一杯のコーヒー。あの紙コップから立ち上る湯気と、豊かな香りが、絶望の底にいた俺の心にどれほどの救いをもたらしたか。

 人のために心を込めて作られたものには、冷え切った魂を温め、人間としての尊厳を呼び覚ますほどの強い力がある。俺はそれを、誰よりも身をもって知っていたはずだった。神崎家での地獄のような日々の中で、俺は罰を逃れるためだけに、機械のように包丁を振るい、ただ「味覚的」に美味しいだけの冷たい餌を作り続けてしまっていたのだ。


「相手の心を想像し、欲望のど真ん中を射抜く……」


 そうだ。料理とは、相手の胃袋を掴み、心を丸裸にするための「武器」なのだ。

 林さんの淹れてくれたコーヒーが、俺の心に希望の光を灯したように。俺はこれから、その真逆のベクトルで料理を使う。

 神崎家の女たち、あるいはターゲットとなる女たちを籠絡し、俺に完全に依存させるための、最も甘美で逃れられない「猛毒」として。

 俺はシェフの教えを全て吸収し、ただ美味しいだけでなく、見た目の芸術性、香りの演出、ワインとの至高のマリアージュに至るまで、一流のグランメゾンすら凌駕するほどの腕前へと昇華させた。

 俺が振る舞う極上の手料理と美酒。それは今後、どんな屈強な盾もすり抜けて、ターゲットの女たちの心臓を直接貫く絶対の切り札となるはずだ。


 ――そして、数年の月日が流れた。


 俺が仕込んでいた仮想通貨は、俺の記憶と寸分違わぬタイミングで歴史的な大暴騰を巻き起こした。

 全てを賭けた資産は、数百倍、数千倍へと膨れ上がり、ピークアウトする直前で全て法定通貨へと利確した。

 現在の俺の総資産は、数百億円。もはや神崎グループの末端企業など、現金で丸ごと買い取れるほどの絶大な財力を手に入れていた。


 ヨーロッパの空港の、VIP専用ラウンジ。

 巨大なガラス窓に映る自分の姿を、俺は静かに見つめた。

 計算し尽くして仕立てられたミッドナイトブルーのスリーピーススーツ。無造作に流した髪。まるでスクリーンから抜け出してきたかのような、冷酷でありながらも底なしの色気を漂わせた端正な顔立ち。

 そこにいるのは、もはや「神崎修平」でも「井上修平」でもない。

 莫大な富、洗練された教養、究極の容姿、全てにおいて並外れたステータスを持つ謎の若き大富豪――『井上健太郎』という、新しいバケモノの誕生だった。


「Mr. イノウエ。日本・東京行きのファーストクラス、ご搭乗の準備が整いました」


 上質な制服を着たコンシェルジュの女性が、恭しく頭を下げる。顔を上げた彼女が俺と目が合った瞬間、その頬が微かに朱に染まり、魅入られたように一瞬言葉を失うのが分かった。

 俺はただ、大人の余裕を湛えた優雅な微笑みを返した。


「ああ、ありがとう。すぐに向かおう」


 深く響く、落ち着いたバリトンの声。発声の仕方も、喉の筋肉の使い方も、全てを一から作り直している。


 専用のゲートを抜け、機内の広々としたファーストクラスのシートに深く腰を下ろす。

 窓の外では、ヨーロッパの美しい街並みが遠ざかろうとしていた。

 向かう先は、10年前のあの地獄。俺から全てを奪い、虫けらのように殺したクズ共が、まだ己の罪も知らずに傲慢に生きている場所。

 グラスに注がれた最高級のシャンパンを口に含みながら、俺は冷たい笑みを浮かべた。


(待っていろ、神崎麗華。貴子。そして黒崎……)


 俺はもう、何も奪われない。

 この完璧な男『井上健太郎』が、今度はお前たちの持っている富も、地位も、プライドも、そして愛する者も、全て内側から食い破り、最後の一滴まで奪い尽くしてやる。

 機体は静かに滑走路を蹴り、復讐の舞台である日本へと向かって、高く飛び立った。

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