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『百年後の英雄は、ただの人間だった』  作者: 蒼のお部屋
第1章 英雄のなり損ない
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英雄のなり損ない(世界観導入)

 英雄の物語は、いつだって眩しい。


 選ばれし血統。

 圧倒的な力。

 揺るがぬ覚悟。


 だがもし、世界を救った存在が“ただの人間”だったとしたら。


 そして百年後、その面影だけを背負わされた少年が、何一つ持たない存在だったとしたら。


 英雄とは、才能のことだろうか。

 それとも、選ばれた者の称号だろうか。


 本作は、力を持たぬ者が、それでも選び続ける物語です。


 眩しさではなく、重さで残る物語を目指しました。

 かつてこの世界は、天が裂け、海が逆巻き、大地が崩れ落ちるほどの戦乱に包まれた。


 魔族は闇を掲げ、龍族は誇りを掲げ、女神族は光を掲げる。互いの正義を振りかざしながら、空を焼き、海を裂き、山脈を砕いた。種族は違えど、誰もが「守るため」に戦っていた。だが守ろうとするほど、世界は確実に削れていった。


 炎は空を焦がし、龍の咆哮は大地を震わせ、女神の祈りは血に染まった。


 その中心に立ったのは、ただ一人のヒューマンだった。


 神の血を引くわけでもない。不死でもない。加護に守られた特別な存在でもない。ただ寿命を持つ、限りある命の人間。戦場に立てば最も脆い種族。それでも彼は三種族の前に立ち続けた。


 剣の力だけではなかった。圧倒的な魔力でもなかった。


 彼は“選び続けた”。


 憎しみではなく未来を。報復ではなく共存を。誇りではなく世界そのものを。


 だがその選択は、簡単ではなかった。


 彼は多くを失った。仲間も、故郷も、愛した者も。誰よりも人間らしく泣き、誰よりも人間らしく迷った。それでも彼は退かなかった。


 なぜなら、彼は知っていたからだ。


 滅びは強者が作るのではない。

 諦めた者が作るのだと。


 戦いの終焉、灰に覆われた大地で、彼は三種族と密かに誓いを交わす。


 ――もし再び、この世が地獄に堕ちるなら。

 ――種族を越え、再び手を取り合うと。


 その誓いは、歴史書には残らなかった。


 英雄の勝利だけが語られ、彼の迷いや涙は削ぎ落とされた。百年という時間は、真実を磨き、都合のいい神話へと変えていく。


 そして百年後。


 世界は平和だった。


 勇者学園、魔法学園、剣術学園。種族間の交流は制度化され、争いは「歴史」という言葉に封じ込められた。英雄は教科書の挿絵の中で微笑んでいる。


 そんな時代に生まれた少年は、伝説の英雄と“顔だけ”が似ていた。


 似ている。ただそれだけ。


 再来だと騒がれ、神童と呼ばれ、将来を約束された。周囲は勝手に物語を重ね、彼の未来を決めつけた。


 だが検査は、冷酷だった。


 魔力量、平均以下。剣術、凡庸。特別な加護も血統もなし。


 歓声は止まり、期待は沈黙に変わった。


 英雄のなり損ない。


 期待外れの凡人。


 その言葉は、刃より鋭く胸を削る。


 学園の廊下を歩けば、視線が刺さる。模擬戦で負ければ、嘲笑が響く。努力を重ねても、才能の差は埋まらない。


 彼は知っていた。


 自分が“物語にふさわしくない存在”だということを。


 ただ一人を除いて。


「あなたは違います」


 女神族の少女だけは、彼を疑わなかった。


 理屈ではなく直感で。記録ではなく魂で。彼女の瞳は、似ている顔ではなく、揺れている心を見ていた。


「魂が折れていない」


 その言葉は優しく、そして残酷だった。


 彼は折れていないのではない。折れきれないだけだった。期待と失望の間で、壊れることすら許されない存在だった。


 やがて、地下神殿で儀式が行われる。


 百年前の英雄が最後に握ったとされる伝説の武器。何十年も、誰も抜けなかった剣。象徴であり、伝説の証。


 彼は最後に呼ばれた。


 笑い声が漏れる。


 どうせ抜けない。


 見せ物だ。


 彼は分かっていた。だがそれでも、手を伸ばした。


 理由はなかった。意地かもしれない。悔しさかもしれない。ほんのわずかな希望だったのかもしれない。


 剣に触れた瞬間、冷たい衝撃が走る。


 拒絶はない。


 重い。


 だが、確かに応える感触がある。


 引く。


 刃が、わずかに動く。


 空気が震えた。


 静寂。


 剣は、抜けた。


 完全ではない。だが確かに彼の手の中にある。


 その瞬間、空が歪んだ。


 青空に細い裂け目が走る。百年前の誓いが、眠りから覚めるように軋む。


 時空の裂け目から現れた“第三の存在”。


 それは魔族でも龍族でも女神族でもない。種族という概念そのものを否定する、異質な災厄。


 世界は再び、選択を迫られる。


 だが彼は英雄ではない。前世の記憶もなく、圧倒的な力もない。あるのは、限りある命と、迷いながらも立ち続ける心だけ。


 英雄とは何か。


 再来とは何か。


 凡人とは、本当に無力なのか。


 これは伝説を継ぐ物語ではない。


 伝説を“超える”物語である。


 永遠を持たぬ人間が再び世界の中心に立つとき、平和の裏に隠された真実と、百年前の本当の犠牲が明らかになる。


 そして少年は知る。


 英雄とは、選ばれた者ではない。


 絶望の中でも、それでも未来を選び続ける者のことだと。

英雄とは、特別な存在でしょうか。


 それとも、追い詰められたときに逃げなかった者でしょうか。


 本作では、「力を持たぬ者が、それでも選び続ける」というテーマを描いていきます。


 才能の有無ではなく、覚悟の重さ。


 血統ではなく、選択。


 この物語が、読者の中に小さな問いを残せたなら幸いです。


 続く物語では、三種族の思想の衝突、百年前の真実、そして“第三の存在”の正体が明らかになります。


 どうか最後まで、彼の選択を見届けてください。

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