鍛えてますから
「やっぱりすごいよなぁ……」
放課後、校門近くに立ちながら、羽衣璃はスマートフォンを眺めていた。
液晶に映るのは、ボディースーツの上から青を基調としたメカニカルなアーマーを装着した幼馴染――我妻キル。
キルのアバターデザインは、生身とほぼ変わらないが、獣人タイプということもあり、獣の耳と尻尾が生えている(キルは狼のそれだ)。
他にも魔法に秀でたエルフや、バランス型のヒューマン、パワー型のドワーフ等、アバターには様々な種族が存在する。獣人は魔法が使えない代償に、五感や身体能力が秀でているため、一番ソロ攻略に向いているとされている。
メイン武器である大ぶりの刀を手にモンスターを次々と切り捨てる彼女の身のこなしは、豪快ながらも洗練されている。
以前はふへー、すげー、くらいの認識で見ていた羽衣璃だが、自らも戦うようになってからは、キルの技量がいかに凄まじいかが前以上に思い知らされることになった。
普段からキルがトレーニングしている姿を見てきたが、羽衣璃が見ていない中でも多くの積み重ねがあったのだろう。
そう思いながら動画を見ていると、もう一人の冒険者が画面外から姿を現し、キルと共闘を始めた。
「あれ? 今回はソロじゃないんだ……って、リンネさんじゃん! うわー、ラッキーですねこりゃ。何かいいことありそう」
夢中で見ている内にキルとリンネの動画が終わり、次の動画が自動再生される。
何の偶然か、動画は黒鎧――つまり羽衣璃とディアの切り抜き動画だった。
「う、うーん……比べるのもおこがましいですけど、いざ比較すると差を痛感しますねえ……」
片や二年近くダンジョンを駆けた一流冒険者、片や一ヶ月足らずの初心者。ディアは慣れてきたと言ってくれたが、いざ客観的に自分の戦いを見ていると、やはり荒削りもいいところだ。セオリーも何もあったものではない。
力こそパワーとばかりに暴れまくるその姿は、一周回って怪物らしく、インパクトもあるので動画映えはするのだが、ヒーローからはほど遠い。
コメント欄を見るのは止めておこう……と思った時、ぬーっと羽衣璃の視界に影が差した。
突然の事だが、羽衣璃は驚かない。
見上げてみると、そこにいるのは羽衣璃の予想通りキルだった。
「……」
予想外だったのは、羽衣璃が再生している動画をじぃーっと見入っていたことだ。
「キル?」
「なんでもない。帰ろう」
「そうしましょう。あ、途中駅前の鯛焼き屋によっていきませんか?」
こくりとキルは頷く。
鯛焼き屋に向かった二人は、それぞれ鯛焼きを注文し、アツアツに齧りついた。
「んふっー、やっぱり美味しいですねぇ」
夏が近づいているが、午後にひと雨あった影響肌寒いこともあり、温かい鯛焼きも美味しく食べられる。
うんめーと口をモゴモゴさせている羽衣璃は、ふと、キルの視線を感じた。
「あ、ちょっと交換します?」
「……うん」
キルから差し出された鯛焼きを囓る。程よい苦みの抹茶クリームだ。
「ウーン、これも美味しいですねぇ。じゃあお返しです。どっちにしますか?」
「……小倉クリーム」
「はいどうぞ」
差し出された鯛焼きを、キルは少し屈んで食べた。
「おいしい」
口元を微かに和らげるキルに、羽衣璃も笑顔が零れる。
が、すぐにキルはハッとしたように真顔になった。
「違う、そうじゃない」
「? あ、食べたかったのチョコの方でした?」
「違う。羽衣璃は鯛焼きを二つ頼んだ」
「え? あぁ、選べなくてどっちも頼んじゃいました」
羽衣璃の両手にあるのは、小倉&クリーム味とチョコレート味の二つである」
「いつもだったら、カロリー気にして一つにしてたのにどうしてだろうと思って。それを聞きたかった」
キルと違い、トレーニングをロクにしていない羽衣璃は、これまでは摂取カロリーを気にするタイプだった。
そのため脳の水分が蒸発するくらい悩みに悩んで一つを選ぶ――というのがこれまでの羽衣璃だったが、今回は鯛焼きを二つ購入していた(まあそれでもかなり迷ったのだが)。
何故か? 簡単である。吸血鬼と化した羽衣璃にとって、もはや摂取カロリーを気にする必要のない肉体へとなった。
むしろ人間性を維持するために人の食事を多く取ることはむしろ必須と言える。決して食い意地に流されたわけではない。
が、ここで、『いやー、吸血鬼になったんでカロリーとか全然気にしなくてよかったんですよね!』なんでヘラヘラ言ったら色々大問題である。
ちなみに羽衣璃が他人にそう言われたら『イヤミか貴様ッッ』と激怒する自信がある。いやまあ、問題はそっちではなく吸血鬼とバレることなのだが。
さて、どう説明したものか。普通だったら気分ですよーくらいで済むのだが、なまじ隠し事をしているせいかどうも言葉が出て来ない。
「羽衣璃、ばんざいして」
「?」
言われるままにすると、キルに抱きしめられた。
キルは大柄であるため、彼女の体にすっぽり包まれるようだった。
その後ぺたぺたと体を触られても、羽衣璃は特に不快感はない。
この程度のスキンシップは、二人にとって日常茶飯事である。
「体脂肪は増えていない……むしろ、筋肉が付いている?」
――これだ。
「そ、そうなんです。最近、鍛えてますから!」
「鍛える? 羽衣璃が?」
ハグを解いたキルに、羽衣璃は畳みかけるように説明する。
「いやぁ、最近理由はないんですけど、筋トレ始めたんですよ。そしたら、食べる量も増えちゃいまして」
嘘は言っていない。モンスターと闘うことで、体が鍛えられている感覚はあるし、食べる量も増えたのも本当だ。
「だからお弁当の量も増えてたんだ」
「はい、そういうことです」
「鍛えるのは、いいこと」
ウンウンとキルは頷く。
「じゃあ、今度私と一緒に――」
「やめてくださいしんでしまいます」
吸血鬼になったとは言え、キルのトレーニングに着いていけると思うほど羽衣璃も自惚れてはいない。
「残念……」
キルはがっくりと肩を落とした。その姿に心が痛むが我が身が可愛い。
トレーニングは御免被りたいが、こうやって一緒に買い食いするのは、頻繁にはできないが至福の時だ。
ここにディアもいれば言うこと無しなのだが……片や冒険者、片やモンスター扱いの魔剣と水に油というか火に油レベルで危険なことになりそうだ。
二人を紹介しても問題ないか……確認をしておく必要がある。
だがその確認にも、爆弾の配線を切る時のような慎重さが求められる。
まずは黒鎧について聞いてみるのがいいだろう。今まで切り出せないでいたが、ここまで話題になっている中スルーを決め込むというのも逆に不自然だ。
「そう言えば、黒鎧のことなんですけど……」
「――黒鎧?」
どうやら切るワイヤーを間違えたようである。
ヤベ、やっちまったかと思ったが時すでに遅し。
そのワードを聞いたキルは何やら剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「いやあその、クラスで話題になってたので、冒険者のキルがどう思ってるのかなーって……」
実際、黒鎧はクラスの中でもそこそこ話題になっていた。
もっとも、扱いはネットの中での扱いとそこまで代わりはない。
結局の所、『ヤバいモンスターみたいな奴』という認識はそう簡単に拭いされないのだ。まあ、中には鎧のデザインや戦い方が格好いいと好意的に受け取ってくれた生徒も少ないながらおり、あやうく口元をニヤニヤさせてしまうのを必死に留めなくてはいけないこともあった。
そう言ってくれた山田君と国橋さんには心の中で感謝の土下座をした羽衣璃である。
が、この状況をどうしたものだろう。
「羽衣璃……」
「は、はいなんでしょう」
もしや、野生の勘的なもので正体がバレたか――?
「……羽衣璃は、黒鎧のことが好き?」
と思ったら、意外な質問が飛んできた。




