解決法は?
羽衣璃は、自室にある鏡を睨み付けていた。
鏡には、制服を来たショートヘアの少女……つまり自分が映っている。
改めて見ると、人間だったときとあまり変化はない。が、それ則ち些細な部分では変化をしているということでもあり、口をんがっと開くと犬歯が前より伸びているのが分かる。
さらに今かけているのは普通の眼鏡ではなく伊達眼鏡だ。
眼鏡がないと生活がままならなかった羽衣璃の視力は吸血鬼化により急激に上昇。
が、いきなり眼鏡が無いと怪しまれるのと、なんとなく落ち着かないということもあり、陰で生成した伊達眼鏡を付けている。
見えている部分の変化はこれくらいだが、中身は違う。
人間の食事を摂取することで人間性を保っているが、その実態は他者の肉を喰らい、血を啜る人でなしである。
その事実を噛みしめているのか、羽衣璃の表情は真剣そのもの。まさに常在戦場と言ったような趣である。
意を決したように、羽衣璃は構えた。
「変……身!」
――それは、風切り音が聞こえんばかりのキレッキレの変身ポーズであった。
「……うーん、これじゃないな」
違うポーズでもう一度。
「変身! ……やっぱり、短く言い切った方がいいかもですね。では次は少し趣向を変えてっと……燦ぜ――」
「羽衣璃、朝食が出来たよ――って何をやってるんだい?」
「うわあ!?」
自分の陰からヌーッと現れたディアに、羽衣璃は変身ポーズを途中で切り上げ手をばたつかせた。
契約を交わした場合、それぞれの陰と陰を自由に行き来できると説明を受けていたが、未だに慣れない。
「何って……見ての通りですが」
「見て分からなかったから聞いてるんだがね」
「変身ポーズですよ」
「変身ポーズ?」
「いやですね、私がディアと契約してそこそこ経ったじゃないですか」
「そうだね。戦にも大分慣れてきている」
「えへへ、ありがとうございます……けど、問題があってですね」
「ああ、評判のことかい? 確かにほぼ怪物扱いではあるが……実際本当のことだからあまり否定できないのが辛いところだね」
「ぐぬ」
あれからも戦っているシーンが何回か撮影され、そのいずれもバズった。
やはり人並みに承認欲求はあるので嬉しいことには嬉しい……が、問題は『謎の凄腕冒険者』ではなく『強いけどなんかヤバい奴。つーかモンスターじゃね?』という扱いなのだった。
冒険者を見ても襲いかからないから、ギリギリ人っぽい扱いという有様である。
羽衣璃だって高校生。
正体不明の冒険者。その正体は平凡な女子高生だった……! みたいなのにグッとくるお年頃だ。
今の扱いは少々不本意である。
まあ、せめてもの救いがあるとすれば、配信で映り込んでいた際に倒したモンスターが、パーティーで倒すことが前提の強豪ばかりということもあって黒鎧の実力を疑っている者は殆どいないということか。
「ま、まあそっちの方は別にいいんですよ……いや、いいって訳じゃないんですが、次のことに比べればマシというか」
「? なら賞金をかけられたことかい?」
「いや、そっちでもなくてですね。ほら、私達ダンジョンに迷い込んだ人達を助け始めたじゃないですか」
「ああ、そう言えばやってたね」
世の中知っといた方がいいけど知らなけりゃよかったと思うことがある。
羽衣璃にとっては『街中に時々一時的なゲートが開き一般人がダンジョン迷い込むことがある』がまさにそれであった。
羽衣璃自身はなんとか生存し、ディアと契約したことで今更ダンジョンに迷い込んでもどうということはない。
だが、普通の人が迷い込んだとなれば話は別だ。
羽衣璃はたまたま、ディアがいてくれてたからよかったが、あれは万に一つ――いや、億に一つの幸運だ。そう何度も起こらない。
幸運の女神に見放された人々の結末がどうなるか、なんて考えるまでもない。
ならば自分が助けよう、と羽衣璃は活動を始めたのだ。
わざわざ正規のゲートを通らなくても、羽衣璃は使い魔がいる場所にポータルを開くことができる。これによってダンジョンをパトロール中の使い魔が人を発見した際に、タイムラグを可能な限り減らし駆け付けることが可能となるのである。
人助けはできるし、ついでにモンスターも食えてラッキー……と思っていたのだが、
「結局、扱いは変わらなかっただろう。僕達を見た人間はバケモノと呼び、恐れる。恐怖のあまり気絶したところを運ぶか、泣きわめくのを気絶させて運ぶかだったじゃないか」
「ですよねえ……酔っ払いのおじさんくらいでしたね、バケモノ扱いしなかったのは」
「そりゃあ酔っ払っていたからね。代わりに電柱と認識していたっけか」
背負って移動していた時に「最近の電柱はスゴいんだな~」とか言っていたが、バケモノ扱いされないことがどれだけ羽衣璃にとって有り難いことだったか。
「やっぱり怖がられたりするのって傷つくんですよ。バケモノ呼ばわりされて、そうだ私はバケモノだって返せる程メンタル強くないんです」
吸血鬼になったんだから精神面も強くなって欲しかったが、残念ながらキャンペーン対象外だったようである。
「もちろん、いつまでもいじいじしている私ではありません。ちゃーんと解決策を考えてあるんです。それは――」
「人助けそのものをやめる、かい?」
「違います。ヒーローになるんです!」
「ヒーロー? ……ああ、君がよくテレビの前でかじりつくように見ているアレか」
「それです。厳密にはそのモノマネってとこですけどね」
さすがに本当のヒーローになれるなんて思ってはいない。
「ふぅむ。しかし何故それなんだい?」
「動画見る限り、私の立ち回り方ってどうもヒーローっぽくないんですよね。いやまあ、そういうヒーローもいるにはいるんですけど、王道感が足りないって言うか、日曜朝じゃなくて深夜とかweb配信の枠でやってるっぽい感じなんです」
「基本的に吼えたり唸ったり引き裂いたり貫いたり、だからね。君の場合」
「それじゃあ怖がられるのも無理ないじゃないですか。なので、王道なヒーローの動きを参考してみようと言う訳です」
「その試みの一つが、装着前の構え、ということか」
「やっぱりポーズと『変身!』って言うのは定番中の定番ですからね」
それは果たして必要なのかと言われそうだが、戦う前に必ず「自分はヒーローだ」と自己暗示をかけるというか在り方を再認識する狙いがある。
まあ羽衣璃がやりたいからというのも多分に含まれているが。
「変身、か……」
何やら考え込む様子のディア。
「どうかしたんですか?」
「いやね。前々から思っていたんだが、君がいつもしているのは『変身』ではないだろう?」
「へ?」
「契約したときは分かるよ。人間から吸血鬼へと肉体が変質する……正に『変身』だ。けど、いつものは僕を装備するだけで肉体そのものが変質する訳ではないのだし、『装着』の方が適切ではないのかな?」
「……」
曇りなき眼で疑問を呈されてしまった。
ディアはこういう細かいところがある。大さじ小さじを分けて使い、モヤシのひげをしっかり取るタイプなのだ(羽衣璃は大さじ半分を小さじとして使い、モヤシのひげを取ろうとして三分の一程で諦めるタイプである)。
「確かに言葉としては『装着』の方が正しいかもしれません……ですがッ、あえて『変身』を使うには理由があるのです」
「ほう? それはなんだい?」
「格好いいからです!」
くわっと目を見開き、羽衣璃は言った。
何故、必殺技の名前を叫ぶのか――格好いいからだ。
何故、敵の前で全員名乗りを上げるのか――格好いいからだ。
それ以上の理由が必要だろうか。いや、ない。
『格好いいから』……それこそ、全ての矛盾や疑問をねじ伏せる最強の呪文なのであるッ……!
「な、なるほど。多少意味が違っても、戦意高揚という側面から見れば『装着』よりも『変身』の方が効果的、という訳だね」
別にそこまで深く考えていた訳ではないのだが、納得してくれたのならそれで良しとする。
「ふむ……最初は何が何だかさっぱりだったが、要は英雄の真似事をして人間の恐怖心を和らげことが狙いということか」
「言葉にすると相当アレですけど、まあそうですね。けど、一つ問題に直面してまして」
「大きな問題?」
羽衣璃の声音から、ディアは己が主が抱える問題が大きいことを理解したのか、表情を引き締めた。
「遠慮無く言ってごらん羽衣璃。僕が力に――」
「どんな変身ポーズがいいか決まらないんです!」
「……」
なにやらディアの表情が『どうでもいいなコレ』と語っているようだが、羽衣璃の気のせいだろう。
「普通に君が見ているヒーロー達のを真似ればいいんじゃないか? さっきの構えは中々に様になっていただろう」
「そりゃあ、伊達に十年以上鏡の前でやってませんからね。けど、やっぱりこういうのは自分が考えたオリジナルのがやりたいと思いまして。でも、いざ一人で考えるとなるとこれだ! っていうのがないんですよ」
ビシッビシッ、と次々と変身ポーズを決めながら羽衣璃は言った。
当人にとっては実に悩ましい問題である。
が、それがイコール他者にとっても悩ましい問題であるかはまた別の話である。
「怖がられないという本題からやや逸れているというか、そんな小さなことで悩んでいるのは木を見て森を見ずというか……いや、むしろそこまで君を夢中にさせる英雄譚達をすごいと言うべきか」
「むっ、興味がおありですか? だったら私のオススメを……そうですねぇ、初心者の人に良さそうなのはこれとこれとこれと――」
「あー分かった分かった。時間が空いたら読ませて貰うよ」
タブレットを取り出しシュバババとオススメ作品をピックアップし始めた羽衣璃を、ディアはやんわりと止めた。
「それより、今君がすべきことは、もっと他にあるんじゃあないかな?」
ちょいちょいとディアが指さした先にある目覚まし時計を確認すると、学校に向かう時間が既に迫っていた――!
「げっ、やばい……!」
慌てて下に降り、じっくり朝食を味わい(朝食を抜くくらいなら遅刻をした方がマシだ)、リュックを背負って急いで玄関で靴を履く。
「羽衣璃、忘れ物」
ディアが羽衣璃に手渡したのは、風呂敷に包まれたお弁当だ。
「ありがとうございます! 私としたことが、教科書は忘れてもこの弁当を忘れちゃあいけませんものね」
「学校は学問を修める場所だろうに……まあともあれだ。いってらっしゃい、羽衣璃」
「はい、いってきます!」
そう言える相手が家にいる。
その喜びを噛みしめながら、羽衣璃は自宅を飛び出した。




