とある冒険者事務所にて
我妻キルが所属する冒険者事務所『スルーズ』はかなり小規模な事務所であるが、知名度は割と高い。
それはキルを含め、大手事務所のエースに匹敵する知名度を持つ冒険者が複数在籍していることや、事務所専属のアバター職人――通称イラストレーターの腕が尋常ではないことに起因している。
腕はいいがトラブル連発でクビになったり、所属事務所が倒産してアバターを失ってしまった冒険者と妙に似た仕草や戦闘スタイルの冒険者達が『スルーズ』からデビューすることもあるなど、そういう意味で注目を集めることも多い。
そんな『スルーズ』の事務所は都会ド真ん中の高層ビル――ではなく、ビル街からちょっと離れた雑居ビルの中にあった。
「……」
そんなスルーズの事務所に設置された巨大モニターを、キルは壁に寄り掛かり睨んでいた。
モニターに映っているのはサイトにアップされた複数の動画。
いずれも『黒鎧』と命名されたモンスター(暫定)が乱入してきた配信の映像だ。
「あーあ。ついにこうなったか。それまでに何とかしたかったが……一億稼ごうってんだし、そう甘くはないわな」
オフィスチェアに体を預け、サングラス越しにモニターを眺める妙齢の女性。彼女こそが、『スルーズ』の社長とキルの保護者を兼ねる稲荷玉藻である。
「本当に、鎧の魔剣?」
「多分な。一応、詳しく調べて貰ってるけど……先輩、どうだ?」
「真っ黒な体に、計六つの拘束。そして何より腰に巻き付いてる剣……外見的な特徴が資料と一致してる。アレは完全に『鎧の魔剣』よ」
先輩と呼ばれた褐色肌の女性――笹坐笹が手元のノートパソコンを操作すると、モニターにダンジョンで発掘された資料の中にあった『鎧の魔剣』の絵が表示された。
ダンジョンからは明らかにこの世界のものではない文明の痕跡が発見されることがある。鎧の魔剣について記録が成された資料もその一つだ。
このような物が発見されるダンジョンの正体はとある異世界の成れの果てなのではないかという説が有力視されている。
「しかも見て。第一拘束が外れてるわ。既に装着者は鎧の魔剣と契約を交わしてるってことになるわね」
「資料が正しけりゃ、吸血鬼化してるってことだよな。ケッコー厳しい戦いになりそうだぜ」
「……ごめん社長。私が取り逃がしたから」
「気にすんなって。剣サイズでしかも飛んでたんだろ? 逃げられるのも無理はない。次はうまくやればいい。次も駄目だったらまたその次ってな」
色々と口うるさいところはあるが、こう言うときはフォローしてくれる社長なのである。
もっとも、所属冒険者の一人が複数人と女性と交際した挙げ句、恋人の一人から浮気相手であると誤解され、アイスピックで刺されかけたときはさすがにマジギレしていたが。
「装着者を吸血鬼にする鎧……いやぁ、まったく面白くなってきたわね! どんな仕組みなのかじっくり調べてみたいわ。吸血鬼化の実験もしたいわね……ね、キルちゃん。アレ捕まえらない?」
一方笹は、好奇心に目を爛々と輝かせていた。
「ああでも、サクッと倒すのは駄目よ。実戦データをちゃんと取りたいから、いい感じに拮抗する感じで頼むわ」
「無視していいぞ」
「あぁん、タマちゃんったらいけず」
「タマちゃん言うな」
ある意味この事務所一番の問題児を玉藻が睨んでいると、
「よっ」
アバター姿の冒険者がひょっこりと事務所にやってきた。
冒険者の中には匿名で活動している者も多く、アバター姿のまま事務所にやってくるのは日常茶飯事だ。
「リンネ、帰って来たか」
「見ての通り。一週間ぶり、社長」
「二週間ぶり、だろ。また間違えてる」
「ありゃ。ダンジョンの中にいるとどうも感覚が狂っていけないね」
たははーと笑う冒険者の名はリンネ・フィストオン。
キルの先輩に当たる彼女は、キルのようにモンスターを狩るのではなく、ダンジョンの探索をメインに活動している。
元々旅好きの性格も相まって、ダンジョンに長期滞在することが多く、長いときは一ヶ月近くダンジョンに籠もっていることもある。
たまに他の冒険者の撮影にひょっこり顔を出して突発的にコラボが行われるということもあって、ファンからは『レアキャラ』という称号を頂戴している。
キルもダンジョンの中を含めて会ったことがあるのは片手で余裕で収まる数だ。
「キルもおひさ。元気してる?」
「……まぁ」
「そっか。それは何より」
自分でもどうにかならないものかと思う返答にも気にした様子はない。
リンネはアバターの原材料になるドロップアイテムを笹に渡しつつ、モニターを見た。
「わーお、これが噂の?」
「『鎧の魔剣』だ。中身は吸血鬼になってる可能性が高い」
「ふぅん。装着者は分かったの?」
「さぁな。ダンジョンのモンスターか力に眩んだ冒険者か。はたまた、一時的に発生したゲートから迷い込んだ一般人って線もある」
「ま、どのみち吸血鬼になった時点で身も心も変わっちゃうんでしょ? 躊躇わない方がいいと思うけど」
「……ああ。鎧の魔剣はヤバい。国滅びるレベルの話がポンポン出てくる。動画の中でも強豪モンスター達をバンバン倒してたしな。ギルドも伊達や酔狂で一億出そうってんじゃないだろ」
これで参考にした資料が事実を盛っていたら良かったろうが、ダンジョンで見つかるこの手の資料の信憑性は高い。
特に鎧の魔剣は複数の資料、しかもいずれも書かれた年代がバラバラのものにその存在や逸話が確認されている。
ギルドが最大級の脅威と認識しているのも無理はない。
「でさ、事務所としてはどうするつもり?」
「決まってんだろ。ブッ倒「生け捕りにしてじっくり調べるの」割り込むな先輩! とにかく、ブッ倒してギルドから賞金をいただく。成功した奴には賞金に加えて会社からの特別ボーナスも出す予定だ。期待しといてくれ」
「わーい太っ腹。まるで社長さんみたい!」
「社長だよ」
「じゃあ私にも頂戴。新しいアバターを考えたんだけどお金足りないのよ」
「あんた裏方だろうが。つーか、使い手のいないアバターポンポン作るな! それで倒産とかマジでシャレにならないからな!?」
ちなみに前回の特別ボーナスはちょっと――いやかなり高めのお寿司屋さんだっった。
キルよりも社長の方が緊張していたことを覚えている。(お寿司はとても美味しかった)
「とは言え、だ。元が人間って可能性も捨てきれない。キル、リンネ。おまえ達が嫌だったら断ってもいい。あれだけの金が動くんだ。俺達が放っておいても他の事務所の連中は嬉々として鎧の魔剣を追うだろうからな」
「問題ない」
「わーお即答。ま、私もかな。背に腹はかえられないって言うし」
玉藻はこちらを案じてくれているのだろうが、キルにとっては元人間だからと言って遠慮するつもりは毛頭無い。
この世界の――羽衣璃の脅威になり得る存在は殺す。モンスターだろうが人間だろうが関係ない。
「……『鎧の魔剣』も吸血鬼も、私が殺す」




