バズってしまった
叩き付けられた現実に、羽衣璃はポカンと立ち尽くした。
吸血鬼? 私が?
いやいやまさかありえない――第一自分はそんなガラではない。
吸血鬼と言うよりも、映画序盤で吸血鬼に殺されるモブ子と行った塩梅だろう。
だが心当たりがあるのもまた事実。
昨日のことが本当だったならば、心臓を貫かれた時点で羽衣璃は死んでいた筈なのだ。
ところが、羽衣璃は生きている。
人間ではあり得ない。であるなら、人間ではないモノになってしまったというのが妥当だ。
いつになくスッキリ目が覚めたのも、眼鏡がいらなくなったのもその影響なのだろう。
目覚めてから思いっ切り朝陽を浴びているが、きっと大丈夫なタイプの吸血鬼なのだろうと勝手に納得する。
晴瑠野羽衣璃は吸血鬼である。
それが現実なのだ。受け入れがたいが受け入れるしかない。
「ま、まあアレですね。ひとまず死ななくてラッキーって奴ですね」
「確かにそうだが、大変なのはここからだよ」
「?」
「君はあのダンジョンで命を拾った……ここまではいい。問題は、その拾った命をどう維持するのかということさ。つまり、食事の話だよ」
「食事って、もう食べましたよ?」
「違う違う。吸血鬼としての食事さ。君達は、他者の血肉を喰らうことで生きる。そう言う種族だ。身も心も、そういう風に出来ている。後天的な吸血鬼の君は、そういう風に変質すると言った方が正しいかな」
「変質、ですか」
「君は最初の戦いでモンスターを食った。その時、どう思った?」
記憶を遡る。あの時羽衣璃は、モンスターの腕を貪った。
噛み応えのある肉と血の濃厚な味わいを思いだし、ツバが湧いた。
「美味しかったです」
「だろう? 人間にとってモンスターの肉なんてのはとても食べられたものじゃない。けれど君は食べることができた。美味とすら感じた。では何故美味と感じるのかというと簡単な話でね、基本的に生物は体に必要なものを美味と感じるようにできているからなんだ」
「……それって、牛とか豚とかでも代用って利くんですか?」
「利かないことはない。が、いかんせん量が少なすぎる。現実的な獲物はいくつかあるが……一番は人間だね。君のような後天的な吸血鬼の場合、主として近い人間が最も栄養になり美味と感じる。格別なのは距離が近い人間だね。親兄弟恋人親友……吸血鬼にとって、過去の人間関係は何よりのスパイスになる。吸血鬼の最初の犠牲者がその手の人間ばかりなのは決して偶然じゃあない」
「そんな……大切な人を食べられる訳ないじゃないか!」
自分でも驚くぐらいの声が出たが、ディアは一切動じない
「それだよ。君はこう言ったね。『大切な人を食べられる訳ない』と。その区分けこそ、君がもう人間ではない証拠なんだ」
「え……?」
「人間であれば――少なくともまともな人間であればこう言う筈なんだよ。『人間を食べられるはずがない』ってね。だが君は『大切な人』と前置きを付けた。人を喰うことそのものには忌避感を抱いていない。違うかい?」
愕然とした。当たり前のように、自分の価値観が変わっている。
「なんで、どうして……?」
「食べ物というのは、その存在が何者か定義するものの一つだ。人喰いの体になって心が人間のまま、なんていうことはあり得ない。吸血鬼化によって心や人格が変質するのは決しておかしいことじゃあない。むしろ自然なことなのさ。まあ最初のうちは、君みたいに人としての心が残っていることも多いけどね。吸血鬼としての食事を重ねれば重ねるほどすり減りいずれは狡猾で残忍な怪物になる、という訳だ」
「そんな……」
思った以上に、冷静な自分が嫌だった。
今の羽衣璃は、人を食べることが当然の権利のように思える。
今は大切な人はダメだと思えるが、それもいつまで保つのだろうか。
「だ、だったら食べないよう我慢して……って私モンスター食べちゃったじゃないですか!? もう駄目だ……おしまいだぁ……」
がっくりと項垂れる。
「あー……すまない。現実を認識して貰うために言ったんだが、少し意地悪が過ぎたね。解決策はあるにはあるんだ」
「本当ですか!? 一体何なんですそれ!」
「これだよ」
ちょんちょんと、ディアは羽衣璃が完食した朝食の皿をつついた。
「毒を食らわば皿までとは言いますけど、吸血鬼的にもお皿はちょっと……」
「違う。料理だ」
「あ、そっちですか。でもなんで料理なんですか?」
「言っただろう。食物とはその存在が何者かを定義すると。実は契約の際にいつものプロセスに調整を加えてね、人の食事を摂取することで人の心を維持できるようにしたんだ」
「早く言ってくださいよそれ~マジで意地悪じゃないですかぁ」
羽衣璃は脱力してテーブルに突っ伏した。
「うまくいくかは賭けだったからね。それに、吸血鬼の食事が不可欠なのは変わらない。食事をしたり力を使えば当然、心が吸血鬼側に傾いてしまう。君の心は不安定な天秤さ。調整したと言っても、根本的に吸血鬼だからね」
「あれ、でもそれじゃ人を食べなくちゃいけないことに代わりはないんじゃ……」
「いいや。血肉であればどんな存在だろうが構わない。必要なのは量だ。やはり人間が一番だが、他にも候補ある……君も思い当たるんじゃないか?」
人間に匹敵する量と個体数があり、かつ人の倫理的に殺しても問題無い生物。
そんなのがいるだろうかと思案するまでもなく、答えはあっさりと見つかった。
「ダンジョンのモンスターですか」
「その通り。あれだけの量があれば人の代用としてはもってこいだ。ダンジョンでモンスターを狩れば食料問題はひとまず解決と言っていい。勿論、僕も協力しよう。君は吸血鬼としては『生まれたて』で力も未熟だが、鎧があれば大抵のモンスターは難なく倒せる筈だ」
「え……これからも、助けてくれるんですか?」
「当然だろう? 僕達は契約を交わしたんだ。君が人の心を維持したいというのならば協力するのは当然の事だよ。まあ、面倒だから人間性を捨てて完全な吸血鬼になりたいと言うのならばそっちの方面でのサポートも可能だよ。今の君は調整によってスペックが落ちているからね。十全に吸血鬼の力を使いたいのならばその選択肢もアリだ」
「いやいやいや! 人間性超大事ですから! 面倒でも嫌ですよ失うのは!」
ディアの話を聞いて正直めんどくせえなとは思った。だが、だからと言って今保っている人間の心がなくなるのは絶対に嫌だった。
それを失った時、羽衣璃はきっと羽衣璃でなくなる。死ぬのと同じだ。
しかもいざ自分が自分でなくなるとなった場合も自ら命を絶つ想像ができないのも始末が悪い。基本的に晴瑠野羽衣璃と言う人間(もう吸血鬼だが)は潔くないのである。
「なのでですね、これからも助けて欲しいと言いますか……あと毎日ご飯を作ってくれると嬉しいと言いますか……ともかくディアの主なんてまるっきり務まらない不束者ですが、よろしくお願いいたします」
なんか結婚の挨拶みたいになってしまった。
深々と頭を下げる羽衣璃に、ディアは小さく吹き出した。
「まったく、君は謙虚なんだか図々しいんだか……いいとも。どちらとも引き受けた。死がふたりを分かつまで、君を支えることを誓うよ」
顔を上げた羽衣璃も、照れくさそうに笑う。
朝の、穏やかなひとときだった。
この時こそ、二人が本当の意味で契約を交わした瞬間であっただろう――
ぐるるるるるる。
そんないい感じの雰囲気をぶち壊すように、羽衣璃のお腹が、鳴った。
「お代わり、作ろうか?」
「……お願いします」
かくして朝食は第二ラウンドに突入した。
「あ、そう言えばモンスターを倒したところまでは覚えてるんですけど、家に戻る前の記憶がないんですよね。なんででしょ」
ベーコンエッグのせトースト(三枚目)を食べながら問う羽衣璃に、料理本を読んでいたディアは首を傾げた。
「うーん、肉体の変質による影響かな。だが大した事はしてないよ。モンスターを狩ってまわっていたくらいさ。その途中で冒険者と何回か鉢合わせてはいたけど、戦闘にはなっていなかったね」
「あー、なんだ良かった……ん?」
冒険者と鉢合わせ?
「えーっと、それは具体的にどう言う?」
「君が戦っているのを彼らが遠巻きで様子を覗っている感じだったね。周囲には何やら球体が浮かんでいたが、あれは結局何だったのかな」
「それ、撮影用のダンジョン専用ドローンですよ……!」
嫌な予感がした羽衣璃は、スマホを取り出し動画アプリを開いた。
どんなワードで検索をかければいいのだろう……と悩む必要はなかった。
オススメ欄の一番上に黒い鎧がデカデカと映り込んだサムネイルが表示されていたのだから。
「えーっと……この鎧もしかして、私ですか?」
「ああ、そうだとも。厳密に言うなら『私』ではなく『私達』だがね」
当人に太鼓判を押されてはもうどうしようもない。
動画は一つではなかった。
他の冒険者が撮影したものや、それらの動画から羽衣璃の登場した場面をまとめた切り抜き。さらに掲示板のスレッドを動画化したもの等々……いずれも再生数がとんでもないことになっている。
おまけに他のSNSでも話題になり、トレンドにも「黒鎧」なるワードがランクインしていた。
賛否両論色々あるが、全ての意見をザックリ要約すると『なんかヤバい奴が現れた』である。
黒鎧の正体は冒険者かモンスターかという議論まで起こってしまっている。
「ふぅむ。鎧姿のゴーストも出るし、見てくれも戦い方も人かモンスターかと言われたら後者に近い。何より中身も吸血鬼ときているから否定のしようが無いね。まあ態々こちらが不利になる情報を提供する必要もないか」
スマホを覗き込みながら、ディアは言った。
つまるところ、今の羽衣璃の状況を端的に言えば、
「バズっちゃってます、私達……!」
それは羽衣璃が人生で初めて経験したバズであった。
普通だったら喜んで、キルあたりにちょっと自慢していただろう――しかし、状況があまりにも特異すぎる。
「……ディアって、鎧の魔剣なんですよね」
「そうだよ」
「一億円の賞金がかかってるって知ってます?」
「この世界の貨幣制度はよく分からないが、高額なのは分かるとも……ああそうか。僕を運用するという事は君もお尋ね者になるということか。まあアレだ。中々難儀なことになりそうだが、協力して何とかしていこうじゃないか」
「Noooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」
新米吸血鬼の悲痛な叫びが、朝の住宅街にこだました。




