吸血鬼と朝ご飯
そこで、羽衣璃は目が覚めた。
「……知ってる天井だ」
つまり実家の、自室の天井である。
起き上がり、伸びをする。
「ウーン、ここまでスッキリ目覚めるのは久しぶりですね」
その証拠に欠伸一つ出やしない。
まさに気分爽快グッモーニンティーンエイジャーである。
よっこいしょと布団から身を起こしたところで、
「ん?」
羽衣璃は違和感に気付いた。
「おかしい……今日は明太子Tシャツの筈なのに」
パジャマ代わりの文字Tシャツは日によって変えている。昨夜は「明太子」Tシャツの筈だったが、今着ている白シャツには達筆な字で「梅干し」と書かれていた。(他にも「昆布」「おかか」等がある)。
「おっかしいなー……あれ、そもそも昨日は――」
唐突に、ダンジョンの出来事がフラッシュバックする。
「――!?」
慌てて、シャツの襟を伸ばして胸元を確認した。
「なーんだ、何にもないじゃないですか」
穴どころか、跡一つ無かった。
つまるところ、夢だったのだ。
「二本立てとは随分豪華な夢でしたね……いやー、それでもまさか本当に『変身』してしまうとは」
思わず口元をニヤニヤさせてしまう。
あまりにもリアルな夢だった。しかし起こった事は荒唐無稽。
さながら変身ヒーローの如く鎧を装着し、モンスターと戦ったのだ。
戦いの途中で食べた怪物の腕の味を思いだし、ますます顔がほころぶ。
「でもまさか、ちょい大人向けの作風だとは……ウーン、我が夢ながらひねりを利かせてくれますねえ」
いかにも直球勝負と言った王道ヒーローものも、ダンジョン動画と同じくらい大好物だが、高年齢層をターゲットにしたブラッド&ワイルドなヒーローものも同じくらい愛している。
「うん、夢が良すぎてTシャツ云々はどうでもいいですね。さて眼鏡眼鏡……ありゃ?」
枕元に置いている眼鏡がない。
そこまではいい。
眼鏡がなくても視界がクリアーだ。
本棚の一番上にある漫画のタイトルも作者名も難なく読める。
羽衣璃の視力は、眼鏡がいらないくらい向上していたのだ。
「うそぉ……でもなんで?」
そう言えば夢の中でも、契約を交わした瞬間目が良くなった気がする。
しかしあれは夢の中の出来事だった筈だ。
夢で起きたことが現実でも起こるなんて、そんなことは馬鹿げている。
それこそヒーロー番組の中の出来事だ。
「もしかして……夢じゃ、ない?」
いやいやまさか……そう思ったとき、かぐわしい匂いが羽衣璃の鼻をくすぐった。
「スープ、ベーコン……ベーコンエッグ?」
ぐるると腹が鳴った。
こうなってはもういけない。
疑問や違和感は全てスッ飛び、羽衣璃はフラフラ~っとリビングへと向かった。
テーブルに並んでいたのは、トーストにベーコンエッグ、サラダにコーンスープ。
「ザ・洋風な朝食」が羽衣璃の目の前にあった。
「お、おおおおお……!」
「おや、僕の方から起こしに行こうと思ったんだが……どうやら、新しいご主人様は食欲旺盛みたいだね」
少しおかしそうに笑っているのは、エプロン姿のディアであった。
「しかしこの粉末は便利だね。お湯をかけるだけでスープが完成するとは」
ぽかーんとしている羽衣璃を他所に、ディアはスープの素を興味深く見つめている。
「夢じゃ、なかった……?」
「うん? ああ、昨日のことをそう考えていたのか。君にとっては現実離れした現象だったろうから無理もない……丁度いい。説明しようか、君の身に何が起こったのか――」
グルルルルルルル。
「……その前に食べようか。朝食が冷めてしまうのもなんだしね」
くすりと笑うディアに、羽衣璃は赤面しつつも椅子に座った。
そして三十分後。
「美味しかった……」
羽衣璃はヘヴン状態であった。
冗談抜きで最高の朝食だった。
サラダはパリッとして水っぽくなく、ベーコンエッグもベーコンと白身の縁はカリカリながら、黄身は絶妙な半熟具合。
メニューこそシンプルなものだったが、一つ一つが丁寧に調理され絶品だった。作り手の高い技量が窺える。
仮に自分で同じメニューを作れと言われても、ここまで美味しいものはできないだろう。
「口に合って何よりだ」
「いやもう本当に美味しゅうございました……いやぁ、こんな朝食を毎日食べられたら幸せですねえ」
「いいとも」
「いいんですか!?」
「僕と羽衣璃は契約を交わした……君は僕の主で、僕は君の下僕と、まあそういう感じなんだよ。君がそれを望むのならば、僕はそれを叶える。まあ出来ることと出来ないことがあるけれど、食事を作るくらい造作もないさ」
「下僕って……別にそう言うのはいいですよ」
羽衣璃にとっては居心地が悪い関係だ。もうちょっと、友達とか相棒とかそう言うのがいい。
「そういう契約なんだ。それに僕に不満はない」
「まあディアがそう言うなら……ん? 契約? そんなの交わしましたっけ」
「昨日交わしただろう。ダンジョンの中で」
指摘されて思い出した。
モンスターの槍に心臓を貫かれた時、ディアに問われたことを。
人として死ぬか、人ならざるモノとして生きるか。
羽衣璃の答えは後者――人ならざるモノとして生きることを選んだ。
あれが契約だったのだ。
「じゃあ、今の私って――」
キルの話を思い出す。
装着者を人ならざる存在に変質させる鎧の魔剣。
そして羽衣璃が契約を交わした少女ディア――彼女こそ、その魔剣だったのだ。
「そうだよ羽衣璃。君は吸血鬼だ」




