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私はあなたを纏いたい! ~魔剣と始めるダンジョン攻略~  作者: 悦田半次


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2/13

契約

「……ふぅん。いつのまにかこの空間にいた、ね」


 羽衣璃の話を聞いたディアはふむふむと頷いた。

 二人は今、ダンジョンの出口に向かっている。

 羽衣璃一人では何をすればいいかまるで分からなかっただろうが、ディアはダンジョンの構造を理解しているのかその足取りに迷いはない。

 そのお陰か、羽衣璃はパニックにならずに済んでいた。


「私も何が何だか……本当に瞬間移動したみたいな感覚でした」

「この空間は存在そのものが不安定だ。君がいた世界と一時的に繋がったと見るべきだろうね」

「……え、それってヤバくないですか。私みたいな人が他にもいるってことになりませんそれ」

「その可能性はある。君の話を聞く限り、公にはなっていないようだがね」


 世界の暗部に触れてしまったような気分だが、同時に納得もする。

 常にダンジョンに迷い込んでしまう可能性があると知らされれば、世間は間違い無くパニックに陥るだろう。というか羽衣璃はそうなる自信がある。

 一方ディアは、周囲を警戒している素振りこそあるが落ち着いている。


「ディアさんは冒険者なんですか?」

「……まあ、そんなところだ。それとディアでいいよ。敬語はどうも落ち着かない」

「じゃあ、ディアで。でも敬語はそのままでいいですか? どうもタメ語って慣れなくて」


 特段礼儀正しい訳じゃないが、羽衣璃は敬語で話すことが多い。別に親にそうしろとか言われた訳ではなく、いつの間にかそうなっていた。

 いちいち使い分ける必要もないので割と楽なので特に直そうとも思っていない。


「君がそうしたいなら構わないよ」


 ディアの微笑みは美しかった。

 きっと口説かれたら大半の人間は、今の羽衣璃のようにホイホイついて行ってしまうだろう。

 それだけの魅力が彼女にはあった。

 

 ――ってなんつーこと考えてるんだ私!。


 これが吊り橋効果というものだろうか。ここはダンジョン。吊り橋以上に笑えない場所だ。

 ここは一旦冷静になろう。つまり羊羹を食べよう。

 なんと合理的な思考だろうか。

 自画自賛しつつ、羽衣璃は取り出した羊羹を頬張る。


「ウーン、やっぱり糖分は偉大ですね」


 こんな場所でも心に安らぎを与えてくれる。


「なんだい? その黒い物体は」


 ディアは物珍しそうに羊羹を見ている。


「羊羹ですよ。豆を潰して固めた甘いお菓子です。食べます?」


 羽衣璃は最後の羊羹をディアに渡した。


「豆が甘い菓子に……? む、でも美味しいな。なるほどこう言う味わいになるのか」


 小さな口で羊羹をもごもご咀嚼するディアの表情は、さっきまでの余裕に満ちたそれとは違って妙に真剣だった

 思わず小さく笑ってしまう。


「む、人の顔をみて笑うのは失礼じゃないかな」

「あ、すみません」


 確かに端から見れば失礼だったかもしれない……反省しなければ。


「君はどうも危機感が足りないと見えるね」

「いやぁ、ディアがいなければ今頃パニックでしたよ」

「その僕が君を襲うという発想は浮かばなかったのかい?」

「……あ」

「その様子だとまるで考えてなかったみたいだね」

「ハハハ」

「ハハハじゃないよまったく。ここは魑魅魍魎が蠢く迷宮だ。人に擬態するモンスターだっているだろうに」

「確かにそうですけど……でも、ディアは大丈夫かなって。殺意? っていうんですかね。そう言うのが感じられないんですよ」


 ダンジョン災害で遭遇したモンスターが放っていた殺意の感触は、今でも覚えている。

 内臓を針で刺されるような――二度と味わいたくない。

 だが、ディアはそれは微塵もなかった。

 彼女が普通の人間ではない、むしろ人ですらないかもしれないとは思う。

 それでも、ディアが自分を襲おうとするイメージは羽衣璃には湧かなかった。


「君は変な人間だな」

「ですかね?」

「君みたいな奴に会ったのはこれで二回目だよ」


 どうやら初めてではなかったらしい。少し悔しい。


「あとどれくらいで着くんですか?」

「そうだね。モンスターに遭遇しなければあと――ん」


 ぴたりと、ディアの脚が止まった。


「? どうしたんですか、ディア――」


 瞬間、羽衣璃も感じ取った。

 全身に突き刺ささるようなこの感覚は――殺気。

 弾かれるように振り向き、絶句した。

 十メートル程離れた場所に立っているのは人型のシルエット――だが、どんな暗がりだろうとそれを人と認識することはないだろう。

 全身を暗い緑色の鱗で覆われ、肥大した両手の先には鋭利な爪が生えている。


「リザードウォーリア……?」


 だが、あんなタイプは配信で一度も見たことがない……が、やるべき事は分かる。


「逃げますよディア!」


 返答を聞くよりも早く、羽衣璃はディアの腕を取り走り出していた。


「迂闊だった。この僕が気がつかなかったなんて……!」

「それはお互い様です!」


 リザードウォーリアは意外にもゆっくりと歩いてこちらに向かっている。

 襲うつもりがないのか――否、必要無いのだ。

 態々速く走らなくとも、仕留める手段をリザードウォーリアは持っていたのだ。

 その巨大な手から人差し指がミサイルのように撃ち出された。

 刹那の時間で、指は二メートル程の槍へと変形。二人の足下に着弾する――!


「~~~~~~!?」


 直撃は免れた。が、着弾の余波に煽られ、二人は地面を転がった。

 日常生活を送る上ではほぼ無縁の痛みが、羽衣璃を襲った。

 泣き叫んでのたうち回りたい――が、今は逃げるのが先だ。

 悲鳴を噛み殺し、羽衣璃は再び立ち上がり再び走る。

 整備なんてされているはずも無い足場に何度も転びそうになるが、それでも構わず脚を動かした。

 リザードウォーリアは低い唸り声と共に、槍を次々と撃ち出した。

 撃った側から指が再生していくので、攻撃が止むことは無い。

 放たれた槍は直撃せず、近くに着弾し羽衣璃達の体を揺さぶり続けた。

 完全に弄ばれている。


「……羽衣璃。僕があれの注意を引きつける」

「その隙に逃げろ……なんてバカ言わないですよね!?」


 羽衣璃はディアの手を強く握り締めた。


「貴女を囮にして一人で生き残るなんて真っ平御免です! どの道ディアと別れたら私はゲームオーバーですし!」


「だが、このままだと――」

「共倒れもイヤです! 二人とも生き残るんです! 死ぬなんて……絶対絶対イヤですから!」


 お笑いぐさだ。

 いつからこんな熱血主人公じみたことを言うようになったのか。


「……羽衣璃。君は――」


 ディアが何かを言おうとした矢先、羽衣璃の本能が警報を鳴らした。

 今まで槍が当たらなかったのは、リザードウォーリアに当てる意図が無かったからだ。


 だが――次来るものは違う。

 弄ぶのに飽きたのか、諦める様子のない得物に焦れたのかは定かではないが――確実にこちらを狙ってくる。

 何故それを感じ取れたのかは自分でも分からない。


 だが、確信があった。

 振り向いて確認する暇はない。

 では、やるべき事はなんだ。

 秒にも満たぬ時間で思考した結果――羽衣璃は、ディアの体を突き飛ばしていた。


「羽衣璃!」


 衝撃と共に、羽衣璃の体は吹き飛び、壁に叩き付けられた。

 ごぽり、と口から血が溢れ出す。

 視線をを落とすと、赤黒く染まった胸元から槍が飛び出ていた。

 槍に貫かれ、壁に縫い付けられたのだ。


 心臓は破壊され、他の内臓もズタズタになった。

 助からないと判断した神経が仕事を放棄したのか、痛みはない。

 ディアは無事だったらしい。


 貫かれた勢いで眼鏡が吹き飛んだため、ディアがどんな表情をしているのかは分からないが、ひとまずホッとした。

 体温が急激に下がり、意識が解けていく。

 ああ、死ぬのだ――


 訳も分からずダンジョンに迷い込み、怪物からディアを庇って死ぬ。

 それが晴瑠野羽衣璃という人間の結末だ。

 今際の際、羽衣璃の胸に去来した感情は、


「なん、で……?」


 疑問だった。


 何故こんな場所に迷い込まねばならないのだ。

 何故あんな怪物に襲われなくてはならないのだ。

 何故自分とディアの命を天秤にかけねばならないのだ。

 何故……死ななければならないのだ。

 何故、何故、何故、何故――


「ふざ、けんな……!」


 巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな……!

 死んでたまるか。

 終わってたまるか。

 羽衣璃わたしはこんな結末に、ちっとも納得しちゃいない――!


 だが、無駄だった。

 いくら生を渇望しようと、心臓を破壊されれば人は死ぬ。

 ただの人間でしか無い羽衣璃がどう足掻こうとも、その結末を変えることなど不可能だ。


 ――そう、このまま羽衣璃が人間であることを選ぶのならば。


「羽衣璃――!」


 ディアの体が光に包まれ、一振りの黒い剣へと変化した。

 一直線に羽衣璃の元に飛んできた剣は、その刀身を蛇腹のように変化させ羽衣璃の腰にベルトの如く巻き付いた。


 瞬間、機能を停止しかけていた脳に膨大な情報が流し込まれた。

 それは契約の提案。

 結べば死を免れるが、人では無くなる。

 結ばなければ死ぬ――だが、人として死ねる。


『君は、どちらを選ぶ?』


 ディアの声が響く。

 答えは――言うまでも無い。

 貫いた槍に沿うように、羽衣璃は前へ進んだ。

 思い出したかのように神経が痛みを伝えるが、意に返さずに脚を動かす。

 槍から脱し、支えを失い前のめりになったところを、地面を踏みしめ体を支えた。

 ゆっくりと顔を上げる。


 視界が不自然なくらい鮮明になっていく中、こちらの様子を覗っているリザードウォーリアの姿を捉えた。

 こいつだ。

 羽衣璃を死に至らしめた怪物。

 殺してやると、怒りが湧き上がる。

 だが今の羽衣璃では、人間のままでは打ち倒すことはできない。


 ――ならば変われ、私の身体……!


「……変身」


 その言葉を口にした瞬間、剣化したディアから溢れ出した闇が、羽衣璃を覆った。


 闇は実体を持ち、あらかじめ設定されていたカタチを形成する。

 それは、余りにも禍々しい漆黒の鎧だった。

 羽衣璃の身長をはるかに超えるマッシヴな体躯。

 眼前のモンスターが蜥蜴リザードならば、この鎧は竜と言うべき意匠と凄みがあった。


 顎が開き、赤い光が漏れ出す。

 今や羽衣璃は無力な学生ではない。

 鎧の怪物と言うべき存在に変化――否、変身したのである。


「オォォォォォォォォォ!!」


 羽衣璃は吼えた。

 ダンジョンを震わせんばかりのそれは産声であり、宣戦布告だった。


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