アリア その2
「――私と契約して、ディア」
鉄錆の匂いがする吐息と共に、アリアはその言葉を吐き出した。
『……何だって?』
彼女は満身創痍だった。
手足の感覚が薄れ、左眼は機能していない。
今の戦いで受けた傷もあれば、以前の戦いから未だに治っていない傷、さらに治りかけていたが開いた傷もあり、それらから血が流れていく。
何より深刻なのは、鎧の長時間装着によって負ったダメージだった。
最初の戦いでの失敗から、ディアを装着するには短時間にとどめる――出来ることなら、剣形態のみで戦うという方針だった。しかし今回の敵は最初から装着しなければ勝負にすらならなかった。
いや、装着した今でさえこの始末だ。今まで契約を交わさずだましだまし戦っていたが、ついに限界を迎えた。
だからこそ、アリアは決めたのだ。ディアと契約を交わすと。
『分かっているのか? 僕と契約したら君は――』
「吸血鬼になる、でしょ」
いつからか、ディアの人をくった言動に、アリアを労る感情が見え隠れするようになっていた。
出会ったばかりの頃には考えられなかった変化だ。それはとても嬉しいこと。だが――
「――勝てないんだよ、人間の私じゃ」
吸血鬼と比べ、この身はあまりにも脆弱だ。
傷を癒やすのにも時間がかかり、些細な要因で呆気なく死ぬ。
「あの化物を倒すには、これしかないの」
無様に地面を這いつくばるアリアを、愉快げな眼差しで見下ろす吸血鬼に名前は無い。
「ねー、二人で何の話してるの?」
ただ『真祖』と呼ばれるその少女は、己は血を吸わなくても生きられる存在でありながら、「退屈だったから」という理由で戯れに人の血を吸い、無数の吸血鬼を生み出した。
世界に蔓延る吸血鬼の半数以上が、真祖をルーツとしている。
そして彼女の暇潰しで、アリアの家族は死んだ。
とどめを刺す絶好の機会でありながら何もしてこないのは、真祖にとってこの戦いが遊戯でしかないからだ。
暇だからと眷族を世界中に解き放ち、興が乗れば直接力を振るい国を滅ぼし、アクセントとばかりに人間を扇動し国家間の戦争を誘発させる。
「人間が纏う鎧の魔剣ってどんな感じかなァって気になったけど……ま、いい退屈しのぎにはなったよ。君が無様にのたうち回りながら戦う姿ってなーんかクセになるって言うかね」
アリアが血を流し、余命を削り戦った日々すらも、真祖はいい見世物だったと言ってのけた。
「あ、なんだったら見逃してあげようか? 傷治したらまた来なよ! 私も新しい遊戯考えとくから! 今度はそうだね……君が吸血鬼って情報流してヒーローから一転、人間から追われる身になるってのはどう? 迫害されて君は自分の正義を貫けるか……! 人間は本当に守るべき存在なのか……!? 人類全員君の敵! 名付けてヒーロー存在意義遊戯! 面白そうじゃない?」
――ならば見せてやる
見世物と嘲った遊戯の駒が、おまえの喉笛を引き裂く様を――!
「アレが最後の吸血鬼――絶対に倒す。だから力を貸して、ディア! 今ここで、私は終わってもいいから!」
『……!』
ディアは僅かに息を飲んだ。一瞬の静寂の後、重々しく口を開いた。
『本当に……本当に、いいんだね、アリア』
「うん。全力でやりたいから。前に言ってた『調整』もいらない」
『……ッ……分かった』
「ごめんね」
『いいさ。主の願いを叶えるのが道具の務めだ』
かくして、契約は交わされた。
契約の証である頭部の顎が展開し、背中からは竜のような翼が生え、陰から生じた鮮血の如く紅い刀身の剣を手にする。
それがこの世界最後の吸血鬼、アリア・アルメリア誕生の瞬間であり――この日、吸血鬼は絶滅した。




