心臓を穿て
ダンジョンには様々なエリアが存在するが、現在、戦いながら移動していたキルと黒鎧が戦っているのは浮島エリアだ。
文字通り、二メートル前後の小さな浮島達が浮かんでいるエリアで、足場が非常に不安定である。そして水の中に生息するモンスターに美味しく頂かれることになるので、冒険者達が嫌いなエリアの中で上位に食い込む不人気ぶりを見せている。
キルも不安定な足場で戦闘をするのは今や慣れたものだが、あまり行きたいエリアではない。
そんな場所で、キルは黒鎧と刃を交わしていた。
時折、魚型のモンスターが飛び跳ねキルに襲いかかるが、いずれもついでとばかりに斬られ、二つ――あるいは原形を留めぬ死体となり落下する運命を辿る。
そも、刃と刃の応酬が繰り広げられている中で飛び込もうということ自体恐れを知らぬ自殺行為である。
――少しでも気を抜けばやられる。
どう言う訳か、黒鎧が持っていた躊躇いが、今ではまるで感じられない。
先程までの黒鎧は、動画で見た時よりも精細を欠き、戦うことを放棄し逃げ出すなど、拍子抜けな印象があった。
だが、目の前の敵からは、その面影は微塵も感じられない。
殺意の塊のようなダンジョンのモンスターですら、恐怖を感じ身をすくませると言ったような生物的な動きを見せる。
先程までの黒鎧もそうだ。
だが今は、唸りもせず、機械じみた動きでアームブレードを張るっている。
殺意以外の全ての感情を取り去ったと言わんばかりに。
何が起こった……? いや、関係無い。
黒鎧の身に何が起ころうがどうでもいい。
重要なのは、目の前の敵がモンスターであること、それのみ。
「モンスターは、殺す」
横薙ぎに払われた刀を、黒鎧は跳躍して避けた。
跳んだ衝撃で島が大きく揺れるが、この程度の揺れではキルは動じない。
上を見ると、黒鎧はコウモリのように天井に立っていた。
その脚力で天井に脚を沈めていたのだ。
そのまま黒鎧は、キル目掛けてアーマーブレードを撃ち出す。
キルは飛び退き別の島へと着地する――瞬間、キルは驚愕した。
「なっ……」
浮いている――否、引き上げられた。キルと黒鎧が先程まで戦っていた浮島が。
「何をするつもり……?」
疑問はすぐに氷解した。黒鎧は振り子の要領で勢いを付け、浮島を着る目掛けて投擲したのである……!
ここに限らず、浮島のあるエリアで幾度となく戦ってきたキルだが、このように攻撃してきたモンスターは今までいなかった。
跳び移るか? しかしすぐ跳べる場所に浮島がない。
ワイヤーを使って脱出するのも間に合わない。
このままだとキルのアバターは浮島の圧倒的質量押し潰され、忸怩たる思いと共に蘇生エリア送りとなる。
「させない」
キルは刀を大上段に構えた。
端から見れば、それは無意味な抵抗に思えた。巨大な怪獣を前に狂乱してマシンガンを乱射するに等しい、と。
だが、違う。
キルは至って正気であった。
呼吸を乱さず、彼女は浮島を見据える。
「ハッ――!」
一閃。
浮島は真っ二つになった。
刀の切れ味とアバターの性能そしてキルの技量の、いずれかが欠けても成功しえなかっただろう。
しかし達成感に浸る間も無いまま、浮島と追随するように飛びかかる黒鎧の姿が目に映る。
撃退せんと刀を構えたその瞬間、
「どりゃああああああああああ!」
乱入者が突き出したナックルが、黒鎧の顔面を捉え、吹き飛ばした。
黒鎧は壁にめり込んだ。
乱入者はキルのいる浮島に着地するも、
「うわわわわ!」
不安定な足場にバランスを崩しかけた。
「ふぃー。危なかったねキル。来てあげたよ、先輩が」
「リンネ……」
ナックルを装備した手をあげながら、リンネ・フィストオンは笑った。
「お、なんだなんだ嬉しいか? いやー、やっぱり先輩来ると安心感が違っちゃう?」
「音量が違う。うるさい」
「それ悪口じゃん!?」
「悪口として言った」
「まったく冷たい後輩だなぁ……ま、そう言うクールでドライな後輩を暖めるのも、後輩の甲斐性ってね」
キルとしては羽衣璃以外に暖めてほしい人物はいないのだが、それはさておき。
「どうしてここに?」
「たまたま通りすがっただけだよ。んで、見てたらキルが黒鎧に苦戦してるから助太刀って訳ですよ」
「……別に、苦戦はしてない」
「けど優勢でもなかったよね?」
痛いところを突いてくる。
「別にあの攻撃も対応できてた」
「またまた照れちゃってェ」
いい加減この先輩風吹かせまくりのナックル冒険馬鹿野郎を水の中に叩き落としてやろうかと考えたが、壁から脱出し、別の浮島に着地した黒鎧を見てそれは後回しにすることにした。
「ヒュウ、初めて見たけど、こりゃあマズいかもね。話が通じるタイプじゃ無さそうだ……ま、その文罪悪感少なくていいけど!」
緊張を含ませた笑みを浮かべつつ、両手に装備されたナックルを構えた。
キルも同感だ。アレは倒さなくてはいけない。もしあの怪物がダンジョンの外に出たら――考えるだけでも恐ろしい。
そんなことは絶対にさせないと、キルも構える。
「キルは連携下手だからこっちが合わせる。遠慮無く暴れちゃって!」
「……」
密かに気にしていることを言われたキルは、沈黙で返した。
『羽衣璃、羽衣璃……! ああクソッ、やっぱり通じないか……!』
今の体に喉があったら枯れていただろうと思うほど呼びかけたが、依然羽衣璃は虚ろな目で戦い続けている。
二対一と不利な状況だが、羽衣璃は一歩も引かずに奮戦している――いや、対処と言うべきか。
意思を持たない戦闘人形。
今の羽衣璃はそれに限りなく近い状態だ。
ただただ、目の前の敵を排除するためだけにしか動いていない。
『暴走……だが、こんなケースは初めてだぞ……!』
今までも、吸血鬼の力や衝動に飲み込まれ我を忘れた者達はいた。
その多くはむしろ感情を爆発させていたが、羽衣璃は完全に感情を殺している。
幼馴染と戦う葛藤も、恐怖も、一切合切を切り捨てたと言わんばかりに。
なるほど、暴走の形としてはイレギュラーだが、戦うだけの存在ならばこれ以上無いベストコンディションと言える。
だが、それは最早、晴瑠野羽衣璃と言えるのだろうか。
今の彼女は、ディアに契約に足る人間であると思わせた彼女なのか?
このままでは、どちらかが死ぬまで戦い続けることになる。
羽衣璃が殺される結末はなんとしても避けなければならない。
しかし敵を倒しても、元に戻る保証はどこにもないのだ。
『どうする……? いっそのこと僕が羽衣璃から離れて変身を解除すれば――いや、駄目だ』
羽衣璃はキルに遠慮してやろうとはしなかったが、最早そういうことを言っている場合ではない……が、遅すぎた。
キル単体でなら丸く収められる可能性はあっただろうが、既にもう一人来てしまっている。
すでに殺害対象として襲いかかっていることを考えれば、見逃してくれる可能性は低い。
『何て、無力な……!』
何よりも歯がゆいのは、この状況において何も出来ないディア自身だった。
所詮己は道具でしかなく、自我を有するとは言え、出来ることはあまりにも少ない。
そうしている間にも、状況は悪化していく。
「ハッ――!」
キルが繰り出した連撃により、手首足首から血が噴き出す。
装甲の薄い関節部を狙われたのだ。
筋を切られ、バランスを崩す羽衣璃。
それが、致命的な隙となると理解するのに時間はいらなかった。
「それじゃあ――かましますか!」
乱入者――リンネがナックル同士を合体させ、二メートルはある巨大な杭が実体化。
それが何であるか、ディアも知っている。
前にいた世界でも吸血鬼殺しに使われていた、一撃必殺の杭打ち機――!
羽衣璃も防御態勢を取ろうとするが、遅かった。
爆音と共に撃ち出された杭は、羽衣璃の手の平を貫き、鎧を砕き、心臓を破壊した。
キルとリンネの作戦はシンプルだった。
鎧の胸部を集中攻撃し、亀裂を生じさせたところでキルが関節部を斬り動きを鈍らせ、リンネがパイルドライバーを放つ。
リンネの切り札であるパイルドライバーの直撃を食らえば、心臓どころか骨や内臓もズタズタになる。
作戦は成功し、パイルドライバーの余波を受けた黒鎧の体が、宙へ投げ出される。
「あ、こりゃ水中へドボンコースコースだね」
「問題無い」
ワイヤーで拘束しようと左腕の標準を合わせようとした瞬間、地面が揺れた。
何が起こったか判断するよりも早く、二人は地面を蹴った。
水飛沫と共に現れたのは、この浮島エリアの主である大ウツボ。
大ウツボは大きく口を開けると、
「「あ」」
黒鎧を一瞬で飲み込んだ。
それだけでは満足しなかったのか、大ウツボは鎌首をもたげ、こちらを睨む。
「こんにゃろー! ウツボのクセにハイエナしてんじゃあないよ!」
「だったら、殺して引きずりだせばいい」
「うへ、また戦うの?」
「大ウツボ程度、一人でも充分」
それに、どのみちモンスターであれば殺す。
「それじゃ、キルに任せるわって言えないのが私が先輩たる由縁だよね」
苦笑交じりにナックルを構えた――その瞬間、水龍の頭が弾けた。
血と脳漿吹き出す中現れたのは、
「黒鎧……」
「嘘ォ、心臓貫いたのに!?」
従来であれば、致命傷であったはず。
だが、キルとリンネの目に映る黒鎧は、破壊された両腕も装甲ごと修復されている。
黒鎧は両手で杭を引き抜ぬき、高々とそれを掲げた。
「第四拘束、解除」
左腕の顎が展開され、そこから漏れ出た禍々しい魔力が杭を包み込む。
黒鎧は、杭を軸にして、魔力の大剣を作りだしたのだ。
「うわぁ、こりゃヤバそう」
「オーバードライブを使う。下がって」
「了解!」
オーバードライブとは、全てのアバターシステムが有しているリミッター解除機能である。
リミッター解除によりアバター性能を一時的に引き上げ、放出される魔力を武器に集中させることで強力な一撃を放つことができる、言うなれば『必殺技』である。
システムに負荷をかけるため頻発は出来ないが、今使わずしていつ使うというのか。
解放した魔力を、キルは鞘に納刀した刀に集中させる。
リンネは既にこの場を離脱している。オーバードライブの合体技を行うという方法もあるが、互いを邪魔せず大技を放つのは困難であるため、オーバードライブは一人で行うのが基本だ。
あの魔力量の直撃を食らえば、キルは確実に蘇生エリア送りになる。
それでも構わない。
目の前の怪物を殺す。キルの大切なものを脅かす可能性のあるものは排除する。
それが、キルが戦う理由なのだから――!
「オーバードライブ――!」
「―――――――――――!」
キルが刀を抜き放ち、黒鎧が大剣を振り下ろす。
撃ち出された魔力の刃が互いを喰らい合い――爆発。
この日、ダンジョンから浮島エリアが一つ消えた。




