キルが来た
「……マズいですね。完全にビビられてますよ私達」
『ああ、どうもそうらしい』
爪熊は頭部を失ってもなお動くという尋常ではない生命力の持ち主だったが、顎を解放した一撃により爆散した。
頭部、胴体、両腕、両脚に計六カ所存在する〈顎〉は魔力を解放し、該当する部位の能力を引き上げる効果に加え、その一撃によって爆散した肉体を魔力に加工し取り込む捕食機関も兼ねている。
この方法だと、手軽に食事を行えることが出来るが、味を感じることが出来ないのが難点だ。
一方頭部にある第一の顎は味を感じることが出来る。顎による加工を行わずに仕留め、血肉をゆっくり味わうとえも言えぬ満足感を得られるが、時間がかかる。
つまりどちらも利点難点両方ある訳だが、羽衣璃は、戦闘中に攻撃を兼ねて相手に噛みつき血肉を味わった後で、顎を解放し倒すという折衷案の戦法が定番化していた。
熊肉を食べたこのない羽衣璃だったが、クセはありながらも野趣溢れる味わいでなかなか美味しかった……のだが、その結果がバイブレーション中のスマホ並に震えている少年の図なのであった。
「何がいけなかったんでしょう……正直心当たりがありすぎて絞れそうにありません」
『僕もそう思う。だが絞る必要はない。その心当たりの全てが怖がられている理由だろうね。ひとまず、ソレを捨てたらどうだい?』
「ソレ? ……あ」
脊髄ごとぶっこ抜かれた爪熊の頭部(食べかけ)を、羽衣璃は慌てて地面に置いた。
なるほどこんな物を持っていられれば怖がられるのも無理はない。
近づこうとすると、少年はびくりと体を震わせ、後退した。
「大丈夫ですよー痛くしませんよー」
「……」
人の言葉で呼びかけてみても、効果があるようには思えない。
「どうする? いつも通り力尽くでポータルに叩き込むかい?」
「いえ、もう少し頑張ってみます」
モンスターを倒し、安全が確保できたところで遭難者をポータルで地上まで送るというのがいつもの流れなのだが、いつもパニックになった遭難者を力尽くでポータルで転送する嫌なお約束が確立されていた。
いっそのこと、変身を解除するか……? いや、駄目だ。それで正体がバレたときのリスクが大きすぎる。
本当のヒーローであれば我が身を省みず変身を解除するところだろうが、結局自分は保身のためにそれができない。
が、羽衣璃はここで引く気はなかった。
「……えっと、ですね。ここはとっても危ない場所なんです。さっきみたいなモンスターがうじゃうじゃいまして。長く留まっていると食べられちゃうというか……」
身振り手振りで説明した結果、少年の震えが悪化した。
「ぐおおおおどうすればいいんですか……! これじゃいつもと変わらないじゃないですか」
『……いや、どうだろう。少年が恐怖心を抱いているのは間違いないが、前の人間達よりはマシだと思わないかい?』
確かに、少年は震えているだけで泣き叫んでいる様子はない。
羽衣璃の話を聞いて震えが悪化したというのも、裏を返せばこちらの話に耳を傾ける余裕はまだあるということだ。
『言葉以外に、何か安心を与えるものがあれば可能性はあるかもね』
「言葉以外に安心……あ、それなら――」
そうやって羽衣璃が取り出したのは、
「――えーっと、羊羹食べます?」
いつも食べているスティックタイプの羊羹だった。
我ながらヤケクソすぎるが、ダメ元でやってみる。
近づいては怖がられるので少々行儀は悪いが、少年の近くに投げて寄越した。
「美味しいですよ。怖いときには甘い物です」
少年はサムズアップする羽衣璃と羊羹を交互に見ていたが、やがて手を伸ばして、包装を破き、羊羹を食べ始めた。
よし、と内心ガッツポーズしつつ、少年の近くにポータルを開いた。
「ここを通れば、地上に戻れます。後はギルドの人達が保護してくれますので安全ですよ」
少年は何故かポータルではなく羽衣璃の方をじっと見ていたが、やがておずおずと立ち上がり、ポータルの中へと消えていった。
ポータルを閉じた瞬間、羽衣璃ははーっと、嘆息して屈み込んだ。
「あー……神経使いまくりで、戦いより疲れました」
「お疲れ様、羽衣璃。色々難儀したが、うまくいったね」
「いや、割と失敗じゃないですか? 結局いつもの戦い方になっちゃいましたし……」
本当だったらもっとスタイリッシュに決めるはずが、蓋を開ければいつものバイオレンスマシマシワイルド戦法であった。
「いいんじゃないか? 今の戦闘スタイルは、君の中にある闘争本能を全開にして戦うものだ。どうやって動くべきか、それは君は無意識のうちに理解している。だからこそ、戦闘経験に乏しくても、それを補って余りある力を発揮できると言う訳さ」
「あー……逆に、無理に意識して動きを矯正しようとすると、弱くなるってことですか?」
「それが実戦的なものではなく見てくれを気にするものなら尚更ね」
「ぐぬぅ……だったら先に言ってくださいよう」
「こう言うのは経験で学んだ方が手っ取り早いだろう? あそこでいつものバトルスタイルになったということは、君の本能はそうした方がいいと理解しているからに他ならない」
悔しいが、納得してしまう。
ヒーローのような動きをやろうと意識した一瞬だけ、体が軋んだような感覚があった。それを自覚した瞬間、羽衣璃は元の戦闘スタイルに戻していた。あの軋みこそが、本能が発した警報だったのだろう。
「ヒーローっぽいアクションは諦めた方がいいってことですか……」
「まあ順当に考えればそうだろう。けど、それは些細なことではないかな? 現にあの少年は今までと比べれば小さな恐怖を抱くだけに留まったのだからね」
「偶然じゃないんですか?」
グダグダというか行き当たりばったりというか、計画通りとは言い難い救出劇だった。
「それは否定できないけど、それを差し引いたとしても、前回までと大きく違う所があった筈だよ」
「違う所って……ウーン、最初に声をかけたり羊羹あげたりしたことくらいしか思いつきませんけど」
「それだよ」
「なんつーか、一つ一つが小さすぎません?」
「『大丈夫ですか』と安全を確認し、害に与えるつもりがないことを示し、安心させるための菓子を与えた……内心はどうであれ、相手の目には自分を思いやる行動に映るものさ。一つ一つは些細なものだけど、集まればそれなりの効果を発揮する……それが今回の結果に繋がったと僕は思うよ」
「そんなものですかねぇ……なんか私があたふたしている姿を見て、こんなマヌケた奴ならって警戒を解いたとかの方がありそうですけど」
「まあ、その可能性はなくはないがね」
ともあれ、以前よりは上々の結果だ。前までが酷すぎたとも言えるが。
ポータルを再度作るのにはクールタイムが必要になるため、羽衣璃は食べかけの爪熊の頭部を味わいながら時間を潰すことにした。
「頭って食べる場所少ないって思ってましたけど、結構食べる部位あるんですねえ。苦労した後だと倍美味しく感じちゃいます」
「それは何より――もっとも、あそこまで苦労する必要があるのかとは思うけどね」
「え?」
「どれだけ僕達に恐怖を抱いたとしても、数分後には記憶処理で全て忘れるんだ。あの少年もそれは同じ。君がどれだけ人間を救おうと、その人間達が君にどんな感情を抱こうと、結局その記憶は忘却の彼方に消えてしまう。君は虚しいとは思わないのかい?」
ダンジョンから救出された一般人は、中央ギルドによってダンジョン内の記憶を抹消される。使い魔を通して手に入れた情報だ。
羽衣璃はギルドが行っていることの是非を問うつもりはない。忘れた方が幸せな記憶というのも、世の中には確かにあると思うからだ。
「もしかしたら、ちょっとの弾みで思い出すことがあるかもしれないですよね。その時に思い出すのが、『モンスターに襲われた』記憶より『モンスターに襲われたけどヒーローに助けて貰った』記憶の方がいいじゃないですか」
少なくとも、羽衣璃はそうだ。
仮に忘れたままだったとしてもそれはそれで構わない。
「そうか。僕としては、投げ出したくなったらすぐに投げ出していいとは言っておこう。責任なんて感じるとキリがないし、心をすり減らすばかりだからね」
「あはは、すみません心配かけちゃって」
「羽衣璃の心身の安全を守るのが僕の役目だからね。さ、そろそろクールタイムも終わりだ。家へ帰ろう」
「そろそろ晩ご飯の時間ですしね」
ご馳走様でしたと手を合わせながら、どんな夕食にディアがどんな料理を作ってくれるのか思いを馳せる。本人に聞くことはしない。その時になってのお楽しみだ。
「頭部丸ごと完食した後に言う言葉がそれかい? まあ、沢山食べる君を見ているのは愉快だから構わないんだが――!?」
ディアの言葉が詰まった。
「ディア?」
「今すぐポータルを展開するんだ! 急げ――!」
ディアに言われるまま、羽衣璃は手を翳そうとした瞬間、視覚の外から小刀が飛んできた。慌てて後方に跳び回避する。
「遅かったか……!」
羽衣璃は小刀が跳んできた方向に目を向ける――その瞬間、白刃が煌めいた。
反射的に防御の構えを取った羽衣璃の腕部と衝突し、火花を散らす。
凄まじい衝撃に吹き飛ばされそうにあるところを、地面に亀裂が出来んばかりに踏みしめ、留まる。
何者――とは確認するまでもない。
あの小刀は、とある冒険者のサブアームだ。
刃に電磁スタン機能が仕込まれており、これで相手の動きを封じて倒すという戦法を羽衣璃はこれまで何度も見てきた。
「……やっと見つけた。鎧の魔剣」
白いボディースーツに青のアーマー。頭部から生える狼の耳。
その手に握られた大ぶりの刀。
襲撃者の名は我妻キル。
このダンジョンで、羽衣璃が最も会いたくない相手だった。




