26章 婚活の開始
婚活の開始
地獄のティーオフ
音楽も生活、婚活も生活のため
あおいは笑いながら言った。
「すみれはさ、ピアノしかなかったでしょ」
「今、空いたぶんが怖いんだよ」
その言葉が、妙に当たっていた。
あおいは肩をすくめた。
「お金、安いよ」
すみれが顔を上げる。
「……安い?」
## 恋のレッスンは3,000円から?
すみれが思わず聞き返すと、
親友のあおいは勝ち誇ったような顔でスマホの画面を突きつけてきた。
「参加費ね。男性10000円、女性はなんと、3000円!」
「三千円……」
「そう。今のあんたの空っぽのプライドを埋めるのに、
これ以上お手頃なレッスンはないでしょ?」
あおいの指先が、予約画面をタップした。
:地獄のティーオフ
会場は、都内有名ホテルの大宴会場。
華やかなシャンデリアが、
獲物を狙う男たちの血走った眼差しを無慈悲に照らしていた。
「すみれ、プロフィールカードを確認しなよ。
まず職種、年収だよ。
製造業、設計とか、安定しているところ、
年収はあてにならないよ。自己申告なんだから」
「そうか……」
「あと、ヤリ目もいるからね。気を付けてよ」
「どうやったら、分かるの?」
あおいは笑わなかった。
グラスの中の泡だけが、やけに元気に弾けている。
「誠実なフリしてさ。
『今夜はもう遅いから』なんて言いながら、安い居酒屋、やたら酒を進める、
酔わせて判断力なくす、触る、幸せにする自信がある
結局、酒の勢いで終電を逃させようとする」
すみれは息を止める。
あおいは続けた。
「製造業の設計職なんて肩書きでも、
緻密な計算を仕事じゃなくて、
女の子をホテルに誘導する工程表に使ってる奴もいるのよ」
「……あおい、そういう人に会ったの?」
「何人か、いたよ」
一拍。
あおいは静かに言った。
「いい? 一分間の会話で、
彼らがどれだけ自分の『誠実さ』をプレゼンしても」
少し笑う。
「根底にあるのは、『一万円分のリターン』よ」
言葉が落ちる。
恋ではなく、回収。
市場の数字が、会話の底に沈んでいる。
「……じゃあ、本当に誠実な人は、どう話すの?」
すみれの声は小さかった。
市場の中で、答えを探す声だった。
あおいはすぐには答えない。
グラスの縁を指でなぞる。
「誠実な人?」
笑いそうで、笑わない。
「そんなの、分かりやすくなんてないよ、演技しているんだから」
すみれが顔を上げる。
あおいは続けた。
「でもね、逆は分かる」
「逆?」
「誠実じゃない男は、急ぐ」
一拍。
「距離を急ぐ。言葉を急ぐ。夜を急ぐ」
あおいの声が低くなる。
「誠実な人は、生活を急がない」
「生活……」
「終電の時間を逆算しない。
ホテルまでの導線を描かない。代わりに、明日の朝の話をする」
すみれは黙って聞く。
あおいは言う。
「コンビニで何買うとかさ。
仕事がしんどいとか。休日に洗濯するとか」
すみれの眉が動く。
「地味だね」
「地味だよ」
あおいは頷いた。
「恋って、地味なところにしか住めない」
沈黙。
「救わない?」
「救うって言葉は簡単だから。
誠実な人は、救うなんて言わないで、ただ隣にいる」
あおいはグラスを置いた。
「派手な言葉じゃなくて、煮干しのスープみたいなもの」
すみれの喉が動く。
「……煮干しのスープ」
あおいは笑った。
「でも選ばないと、生きていけないんだよね
とにかく、急ぐ安は警戒だよ」
市場の光が、二人の顔を冷たく照らしていた。
開始
「残念ながら、女性は**35名**しか集まりませんでした!。
身分証明書、確認します」
ノートパソコンの以前に申し込んだ内容と身分証明書を照合
していた。参加者の身元を厳格に確認し、
安心・安全な環境を維持するためです。
「あおい、何確認してるの?」
「こういうの年齢詐称、偽名が多いからさ」
「そうなの」
「ヤリモク、独身とは限らないよ、証明書なしだから」
「なの?」
「マイカ、こういうところで公務員の旦那見つけた、掘り出し物
もいるから」
「マイカ、あの?」
「大学のときのマイカ。毎日通った。あちこち」
「ああ……」
すみれは思い出す。
講義の後、いつも静かにノートをまとめていた小柄な女の子。
「そんなに頑張ってたんだ」
「うん。週末はほぼ婚活だったって。6か月も。
1日2~3回」
「大変だね」
「そんなに?」
「昼のパーティ、夕方のパーティ、夜のパーティって感じ」
「大変だね」
「マイカ、最後のほうは名前覚えるのも大変だったって」
すみれが少し笑う。
「面接みたい」
「ほんとそれ」
「プロフィールカード見て、三分話して、次の人」
「三分か……」
「回転寿司みたいだって言ってた」
「それ、ちょっと分かる」
「でもね」
あおいが言う。
「その中に一人だけ、普通に話せる人がいたんだって」
「公務員の人?」
「そう」
「へえ」
「最初は地味で印象薄かったらしいよ」
「そうなんだ」
「でも二回目に会ったとき、すごく楽だったって」
すみれはグラスを見つめる。
「楽、か」
「恋っていうより安心だったって」
「でも結果出したよね」
あおいはグラスを持ち上げる。
「市役所勤務。真面目で貯金もあって、親も普通。
一番安定してるやつ」
すみれは思い出す。
おとなしくて、目立たない子だった。
「結婚したんだ」
「去年ね」
「公務員かぁ」
「都庁。真面目で優しいらしい」
「いいね」
「でしょ」
少し沈黙が落ちる。
「婚活ってさ」
あおいが言う。
「当たり外れあるけど、ゼロでないんだよ」
「ゼロじゃない……」
「うん。確率の話」
すみれはグラスを見つめる。
「恋より現実的だよ」
「そうかもね」
「すみれ、今日は、リハーサルだよ」
すみれは小さく息を吐く。
「……マイカが結婚か」
「時間って早いよ」
司会者の悲鳴のような叫びで幕が開く。
10000円を払って殺気立つ50人の男と、
3000円で優雅に品定めする35人の女。
そこは、あまりに歪な「市場」だった。
「次の方、身分証と参加費10,000円をお願いします」
事務的なスタッフの言葉に、財布から一万円札を出す。
指先が少しだけ震える。
隣の受付では、華やかなワンピースを着た女性が、
小銭入れから千円札を3枚、軽やかに差し出していた。
「10,000円」と「3,000円」。
この7,000円の差額こそが、
今の自分に向けられた社会の
「期待値」であり「代償」なのだと、胃のあたりが重くなる。
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プロフィールカードの壁
会場の隅に並べられたパイプ椅子に座り、渡されたバインダーに向き合っていた。
項目を埋めていくペン先が、ある一行の前で止まる。
**【年収: 500 万円以上】**
ふと顔を上げると、会場の入口には、
このパーティーの参加条件を記した立て看板が、
これ見よがしに置かれていた。
**「男性:大卒以上・年収500万円以上限定」**
10000円の参加費を払った上に、
何んだかんだ取られる初期登録代。
女性0円の現実
この**500万**という数字が
「最低ライン」として僕らを縛り付ける。
隣に座る男のカードを盗み見ると、
そこには**「800万」**と自信に満ちた筆致で書かれていた。
「どうしたの? 手が止まってるわよ」
「……**500万**以上って、そんなに当たり前なのか」
「この場所ではね。3,000円で招待された彼女たちは、
その**500万**という数字を
『最低限のマナー』だと思っているわ
足切りラインを越えて、初めて人間としてカウントされる。
残酷だけど、それが,資本主義、この部屋のルールよ」
あおいの細い指先が、
プロフィールドカードの年収欄をトントンと叩く。
「見なさいよ、あの子たちの目を。
獲物を探す目じゃないわ。
**『欠陥品』**が混じっていないか検品する
工場の査定員みたいな目をしてる」
「あおい、50対35って」
「婚活パーティーの実情だよ。 50の需要に対して、供給は35。
男が余っているように見えるでしょ? でもね、
その数字の中身が問題なの」
「男は一万払って、必死な顔で『選ぶ権利』を買いに来る。
でも、そこに並ぶ35人の女は、
わざわざそこに来る必要すらなかったはずの子たちが、
売り時を逃して渋滞しているだけ。
本当に価値のある『A5ランクの子は』は、
そんな安っぽい回転寿司みたいな場所には流れてこない。
わたしたち26才になる前に、
市場に出る間もなく誰かのプライベートコレクションに収まってる」
「つまり、その場にいる50人の男が求めているのは、
かつて『A5以下』だった残像を抱えた、
賞味期限ギリギリの女たち。需要と供給が合っているようで、
実は**『妥協と絶望』が一致しているだけ**なのよ」
「……」
「男が余っているからって、
自分に価値があるなんて勘違いしちゃダメ。
彼らは単に、『若さ』という鮮度を失った在庫の中から、
まだ食べられそうなものを選別しに来ているだけなんだから」
あおいは、すみれの顔をじっと見つめた。
「すみれ。あんたは『A4』。
まだギリギリ、高値で取引される余地はある。
でも、その50対35の濁流の中に自分を放り込んだ瞬間、
あんたはただの『35分の一の在庫』になるのよ。
男の人が、結局どこを見るか……わかるでしょ?
「彼はさ、特に高スペックは」
あおいは少し声を落とす。
「わざわざ在庫を漁りに来るほど、暇じゃないはずよ」
「……在庫って」
「言い方は悪いけど、市場だから」
一拍。
「最初から見切りをつけてる人も多い」
「どういうこと?」
「条件いい男ほど、
“ここで探す必要ない”って分かってる」
すみれは黙る。
「だから本気で来てるのは、
現実をちゃんと受け入れてる人か、
掘り出し物か、
どっちか」
「掘り出し物……」
「そう」
あおいはグラスを置く。
「目立たないけど、堅実で、
派手じゃないけど、ちゃんと生活できる人」
「マイカの旦那みたいな?」
「そういう人」
少し沈黙。
「すみれが狙ってる“理想像”は、
たぶん来ない」
「……」
「でも、“一緒に生きる人”は、
来るかもしれない」
すみれは息を吐く。
「厳しいね」
「現実だから」
あおいは肩をすくめた。
「でもね、分かって行くなら、
無駄じゃないよ」
「すみれ、早くプロフィールカードみなよ、年収と職業、
そして、リラックスだよ」
あおいはスマホのプロフィールカードを念を押すように確認した。
すでにターゲットは決めていた。
官僚。年収1200万円。独身。30才。
そして、目の前の男。
肩が少し内側に入っている。
笑うたびに、許可を求めるように視線が揺れる。
おどおどしている成瀬を、あおいは見過ごさなかった。
「あら、成瀬さん」
「はい。あおいさん」
声が丁寧すぎる。
丁寧というより、防御だった。
成瀬は急に言った。
「僕、決断力には自信があるんです。国を動かす仕事ですから」
あおいは瞬きもしない。
「あら、素敵、だからに私たちが安心して生活でるんですよ」
「そういって、もらったら」
「だから、わたしたち、未来か輝く生活があるんですね」
すみれは、あおいにはただ驚くばかり、巧みな話術、




