25章 婚活パーティ
あおいは独身だった。
大学の頃から可愛い顔で、
人に好かれるのが自然なタイプなのに、まだひとりだ。
「婚活してるの?」と聞くと、
あおいはストローを噛んで笑った。
「してるよ」
軽く言う。
でも軽いだけじゃない。
「だってさ、仕事だけじゃ生活って埋まらないじゃん」
スマホを見せてくる。
アプリの画面。
笑顔の男たちが並んでいる。
「運命の出会い、今すぐ」
駅前のCMと同じ言葉。
すみれは苦笑した。
「本気なんだ」
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「本気だよ。ことし27でしょ」
あおいは、ティーカップをソーサーに戻し、
澄んだ瞳ですみれを射抜いた。その表情には一点の曇りもなく、
だからこそ言葉に含まれる毒が際立つ。
可愛い顔で、あざみは剥き出しの現実を突きつける。
「それにね、すみれ。いまがピークだよ。
残酷だけど、年をとればもう『商品』じゃないんだよ。
音楽の世界でも、男の人にとってもね、
アイドルだって、年をとれば。下すらの若いのに奪われること」
26才。
かつて「神童」や「天才」ともてはやされた魔法が、解け、
剥き出しの『価値』を市場に問われ始める分岐点。
あざみは、その崖っぷちに立っている自覚をすみれに強いる。
「選ばれるとか選ぶとか、正直疲れるけどさ。でも、
誰かと暮らすっていうのは、ただの『生活』だから。
土台をいつまでも作れないでいると、
最後には何も残らなくなっちゃうよ」
「商品」という言葉が、すみれの心臓を冷たく撫でた。
かつて喝采を浴びていた頃の自分は、確かに最高級の商品だった。
けれど、一度棚から外れれば、
二度と元の価値には戻れないことを、
今のすみれは嫌というほど知っている。
「選ばれるとか、選ぶとか。そういうの、
正直言って疲れるけどさ」
あおいは少しだけ声を落とし、
どこか遠くを見るような目で続けた。
「でも、誰かと暮らすっていうのは、ただの『生活』だから。
ステージの上の高揚じゃなくて、朝起きて、ご飯を食べて、
同じ空気を吸うことの積み重ね。
その土台をいつまでも作れないでいると、
最後には何も残らなくなっちゃうよ」
すみれは何も言い返せなかった。
あおいの言う「生活」という言葉が、今の自分にはあまりに重く、
そしてあまりに遠いものに思えた。
「でも誰かと暮らすって、生活だから」
すみれは黙った。
あおいは急に明るい声を出した。
「すみれ、婚活パーティー連れていくよ」
すみれは目を丸くした。
「……は?」
「は、じゃない、そうしたら忘れられるし気分転換だよ」
あおいは当然みたいに頷く。
「今のまま六畳で、考え込んでても何も起きないでしょ」
「起きなくていいよ」
「すみれはほんと、馬鹿、死ぬまで、一人だよ。
最後は孤独死だよ」
「起きるの。生活って」
あおいはスマホを振る。
「今週末、駅前のホテルでやってる」
すみれは笑いそうになって笑えない。
「わたし、ピアノもないのに」
「だからだよ」
あおいは即答した。
「ピアノ以外の世界を一回見なよ、音楽って厳しいし
自分の身の振りかた、考えなよ。男なんて、いっぱいいるんだから」
すみれは首を振る。
「無理」
「無理じゃない」
あおいは椅子から身を乗り出した。
「ドレスじゃなくていい。普通の服でいい」
「笑わなくていい。座ってるだけでいい」
すみれは小さく呟く。
「……婚活って、運命とか言うやつでしょ」
あおいは笑った。
「運命じゃないよ、生活だよ」
そして真顔になる。
「現実、これから下がる一方だよ、売りは
いましかないよ」
「そうかな」
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「すみれは可愛いし、A4はある」
「なにそれ」
あおいは平然と言った。
「但馬牛。肉だよ。あれ最高」
一拍。
「わたしはA5」
「但馬牛、食べたの?」
「食べた」
「どこで」
「城崎温泉」
「行ったの?」
あおいは肩をすくめる。
「彼氏とね」
すみれが思わず聞く。
「彼氏いるの?」
「いるよ」
さらっとした返事だった。
「イケメンだけど、スペックがイマイチ」
その言い方が、この世界の現実だった。
「イケメンで、1000万が、わたしの条件だよ」
「すみれは?」
「普通でいいよ」
あおいはグラスを傾ける。
「結婚ってさ、生活だから、お金だよ」
氷が静かに溶ける。
「好きとかだけじゃ続かないよ」
すみれは黙って聞いている。
「すみれは?」
「わかんない」
「すみれ、柿沼のこと考えているんだろう?」では、
あおいの突っ込みが自然に入る形で少しだけ広げてみます。
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「すみれは?」
「わかんない」
すみれはグラスの縁を指でなぞる。
氷が小さく鳴る。
あおいは少しだけ黙ってから言った。
「すみれ、柿沼のこと考えてるんだろう?」
すみれの指が止まる。
「……なんで」
「顔に書いてある」
あおいは笑うでもなく、ただ言う。
「連絡ないんでしょ」
すみれは小さく頷いた。
「一週間」
その言葉を口にすると、
時間の長さが急に現実になる。
あおいはため息をついた。
「医者って忙しいけどさ」少しだけ間を置く。
「連絡したい相手にはするよ」
その言い方は静かだった。
責めているわけではない。
ただ、事実として置かれる言葉。
すみれは何も言えない。
「好きなの?」
あおいが聞く。
すみれは答えない。
答えられない、というより、
まだ形になっていない。
「……わかんない」
同じ言葉を繰り返す。
あおいはグラスを置いた。
「恋ってさ」
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いい流れですね。
あおいの「現実を言う役割」を保ちながら、
少しだけ会話の自然さを整えます。
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「うん」
「分からないって言ってる時点で、だいたい始まってるんだよ」
あおいはそう言ってから、少しだけ声を落とした。
「でもね、すみれはピアノばっかりで、
男との恋愛ほとんどしてこなかったでしょ」
すみれは黙っている。
「好きだって思ってもさ、
連絡もない男を待ってたって、それは無駄だよ」
氷がゆっくり溶ける音がする。
あおいは責めているわけではない。
ただ現実を言っているだけだった。
「男ってね、好きなら動くから」
その言葉は静かだった。
すみれは視線を落とす。
グラスの中の氷が小さく揺れている。
「……そうだね」
声は弱かった。
あおいは少しだけ表情を和らげる。
「ごめんね。きついこと言って」
すみれは首を振る。
「ううん」
それ以上の言葉は出なかった。
ピアノだけで埋まっていた時間が急に空くと、
世界が広すぎて怖くなる。
すみれはずっと音楽の中にいたから、
生活とか未来とか、後回しにできた。
でも今は、
音が止まった分だけ現実が押し寄せる。
あおいの言う「生活だから」は、冷たい言葉じゃなくて、
生きるための話なんだと思う。
立つ場所を探すための。
婚活の開始
地獄のティーオフ
音楽も生活、婚活も生活のため
あおいは笑いながら言った。
「すみれはさ、ピアノしかなかったでしょ」
「今、空いたぶんが怖いんだよ」
その言葉が、妙に当たっていた。
あおいは肩をすくめた。
「お金、安いよ」
すみれが顔を上げる。
「……安い?」
## 恋のレッスンは3,000円から?
すみれが思わず聞き返すと、
親友のあおいは勝ち誇ったような顔でスマホの画面を突きつけてきた。
「参加費ね。男性10000円、女性はなんと、3000円!」
「三千円……」
「そう。今のあんたの空っぽのプライドを埋めるのに、
これ以上お手頃なレッスンはないでしょ?」
あおいの指先が、予約画面をタップした。




