13章 有明のマンションもう一人のピアニスト
4月1日のことだった。早瀬あざみと神山拓也、
そして「一音目」の真実。この物語の新たな核となる部分を、
さらに研ぎ澄ませて整えました。
四月一日、もう一人のピアニスト
有明の三十階のマンションの朝は、音から始まる。
夜景の残光が消えきらないうちに、
妹の早瀬あざみはピアノの前に座る。
カーテンは、ほんの少しだけ開ける。
姉であるすみれと決定的に違うのは、その「窓の開け方」だった。
すみれは知っている。
すべてを開け放つと、外の世界が近すぎるのだ。
協奏曲の冒頭。
あざみは、脳内にオーケストラの響きを完璧に再現する。
指揮者の合図。弦の立ち上がり。木管の深い呼吸。
自分の一音目は、そこに“割って入る”
ためのものではない。溶け込む場所を静かに探す音だ。
**世界二位。芸大二年生。二十歳。**
そんな記号は、練習室には持ち込まない。
順位は、舞台という扉をこじ開けるための鍵でしかない。
鍵は一度開けてしまえば、その役目を終える。
あざみは、音を急がない。
急げば、必ず自己が前に出すぎることを知っているからだ。
協奏曲は、独りよがりな主張を何よりも嫌う。
「聴いている人間が多いほど、音は嘘をつけない」
それを最初に教えたのは、大学の教授ではなかった。
――神山拓也は、演奏に口出しをしない。
指使いも、曲の解釈も、テンポについても何も言わない。
代わりに、演奏が終わったあとに、ただ一言こう告げるのだ。
「今の一音目。入る場所、違った気がする」
あざみは静かに、鍵盤へと指を下ろした。
理由は言わない。答えも示さない。
だからこそ、あざみは自力で「正解」を手繰り寄せるしかない。
神山は、音楽を「趣味の世界」だと断じる。
だが、そこには一切の軽薄さはない。
彼の言う「趣味」とは、
人生の余白を埋める慰みなどではなく、
生そのものを支える強固な柱なのだ。
「音楽って、
生活をより良くするためにあるんじゃないんですか?」
そう問われた夜、すみれは答えに詰まった。
自分にとっての音楽は、
評価であり、絶え間ない競争であり、
唯一の居場所だった。
人生を豊かにするものではなく、
失えばすべてが終わる――そんな、
崖っぷちの生存競争でしかなかったのだ。
神山は、それ以上の追及はしなかった。
彼が提供した三十階の部屋は、あまりにも特別だった。
完璧な遮音。圧倒的な天井高。
そして、
ただ一音を置くだけで空間が震える、贅沢な鍵盤の鳴り。
花梨のフローリングに、
夜にだけ許される極限の静寂。
「音楽は、環境によってその可能性を規定される」
――それが彼の持論である『環境可能論』だった。
そこにあるのは、機能美と冷徹さの同居だ。
柔らかい木材は音を吸い、奏者を甘やかす。
だが、硬質な花梨は音を鋭く跳ね返す。
それは、奏でる音の一粒たりとも逃さないという執着であり、
同時に「響きの濁り」を一切許さない、
冷厳な審判としての床でもあった。
徹底された生活感の排除。
そこは「安らぐための家」ではない。
音楽を純粋に研ぎ澄ますための「生産スタジオ」としての機能が、
あらゆる情緒に優先されている。
三十階という高度が生み出す遮音性は、
下界の喧騒――生活の雑音や、
卑俗な経済の汚れ――を完全にシャットアウトする。
しかし、それは同時に、奏者を社会という安全圏から切り離し、
孤独の深淵へと放り出すことをも意味していた。
すべては、弾く人間が「自分自身」とだけ向き合うための、
剥き出しの条件。
その部屋には、かつて姉がいた。
早瀬すみれ。
今のあざみが座るその椅子に、かつては彼女が座り、
そしてその硬質な床に音を撥ね返され続けていたのだ。
あざみは、姉の話をしない。
神山も、しない。
それが、二人の暗黙の了解だった。
姉の代わり、という言葉を使えば、すべてが壊れる。
だから、あざみは“後釜”であることを自分に許さない。
「同じ場所でも、音は違う」
神山は、そう言った。
評価ではない。事実だ。
昼は芸大。
講義、アンサンブル、分析、課題。
スケジュールは相変わらず過密だった。
周囲は、あざみを「世界二位」として見る。
一位でも、二位でも、三位でも、
そこに本質的な差はない。
一位、二位、三位の間にあるのは、
実力ではなく、審査員の好みだ。
そして、その好みは一貫している。
**シンプルであること。**
身体の構造も、立ち姿も、舞台での線も、
余計な主張をしないこと。
音より先に意味を語らないこと。
妖艶さや色気は、評価されない。
強すぎる個性は、扱いにくいからだ。
音楽以外の意味を、
勝手に連れてきてしまう。
聴く前に物語が立ち上がり、
音が、その後追いになる。
スポンサーが嫌うのは、
そういう制御できない余白だった。
とくにスポンサーが求めるのは、
**徹底したシンプルさ。**
清潔で、均整が取れていて、
誰の期待にも過剰に引っかからない顔立ち。
どんな音楽にも、無理なく乗る顔立ち。
それが「夢」になり、
観客が安心して拍手できるからだ。
あざみも、すみれも、
その「シンプル」を備えていた。
それは才能というより、
選ばれるための前提条件だった。
誰がどの音を美しいと感じたか。
どの表情に物語を見たか。
その積み重ねが、順位という数字になる。
あざみは、その現実をよく知っていた。
だからこそ、数字だけで人を測る視線に、
どこか慣れてしまってもいた。
距離がある。
敬意とも、嫉妬ともつかない視線。
あざみは、慣れている。才能というものは、
人を近づけない。だから彼女は、
夜になるとこの要塞のような部屋に戻るのだ。
夜、神山が来ることは稀だ。来ても、長居はしない。
冷蔵庫の中身を確認し、空調を一度だけ調整し、
ピアノの位置をほんの数センチ直す。それだけだ。
「今日は、何弾く」
「協奏曲です」
「何番」
「ラフマニノフ」
「重いな」
短い会話。
彼は、聴きながらスマートフォンに目を落とすこともある。
だが、あざみは知っている。本当に音がズレたときだけ、
彼は顔を上げるのだ。
神山にとって、音楽は「情熱の避難所」だった。
仕事で合理を尽くし、現実で冷徹な判断を重ねた末に辿り着く、
情熱だけが嘘をつかない場所。
だから、彼は支援する。あざみが成功しているからではない。
彼女の情熱が、まだ涸れずに続いているからだ。
あざみは彼に恋をしているわけではない。
だが、深く信頼している。
期待されすぎず、測られすぎない。それでいて、
一歩の逃げも許されない。
協奏曲の終楽章。オーケストラの厚みが増し、
ピアノがその波を割って前に出る瞬間。
あざみはそこで初めて「主役」になる。
だが、それは刹那の輝きだ。すぐにまた、
全体の調和へと埋没していく。
弾き終えたあと、神山は言った。
「今のは、前に出すぎなかった」
褒め言葉ではない。けれど、あざみは少しだけ、
肺の中の空気を緩めた。
世界二位、ソリスト、芸大二年生。
それらは単なる肩書きに過ぎない。
今、この部屋で鳴っていたのは、
誰かと共に音楽を紡ぐ人間の「生きた音」だった。
神山は時計を見た。「今日は、ここまででいい」
あざみが鍵盤から手を離すと、
夜景の向こうに街の灯が広がっていた。
そのどこかで、姉は別の人生を生きている。
あざみは、
比べない。比べた瞬間に音が濁ることを知っているから。
この部屋で、この人の前で、
今の音を出せている。それで、十分だった。
あざみは、姉のすみれのことを考えない日はなかった。
たった二人の姉妹。親を早くに亡くし、
家族と呼べるのは互いしかいない。
それでも、姉はいつも遠かった。
ピアノがあったからだ。
幼い頃から、すみれの人生は鍵盤の上に集約されていた。
朝起きて弾き、学校から帰って弾き、夜更けまで弾き続ける。
あざみがテレビを見ていても、
姉はヘッドホンを外しはしなかった。
会話は少なかったが、不満はなかった。
音が鳴っている限り、家という形は壊れずに済んでいたからだ。
世界コンクール三位。
その知らせを聞いた客席で、
拍手を浴びる姉の姿をあざみは鮮明に覚えている。
「姉は遠くへ行くのだ」――そう直感した。
誇らしさと、置いていかれるような焦燥。
そのどちらもが本物だった。
ソリストとして舞台に立ち、オーケストラと渡り合い、
海外を飛び回る。
姉は輝いていた。そして同時に、激しく消耗していた。
結果が出ない年が続き、スポンサーが去り、
最後に残ったのは「次はどうする?」という乾いた問いだけだった。
そして姉は、三十階のマンションを出た。
今、すみれが住んでいるのは、下町の古いアパートだ。
駅から徒歩十五分。街灯もまばらな二階建ての、
隣人のくしゃみさえ透けるような薄い壁の部屋。
ピアノはない。あるのは、電子ピアノだけだ。
かつてオーケストラの頭上を飛翔していた音は、
今はヘッドホンの内側、
すみれの脳内だけに閉じ込められている。
すみれは、神山の知人が経営する音楽教室で働いている。
子供向けの基礎。大人向けの趣味。
「ドからファまで」「リズムを正確に」
月謝は安く、キャンセルは多い。
世界三位だった彼女の過去を知る保護者はほとんどおらず、
知っていても「すごいですね」と他人事のように微笑むだけ。
その言葉が、
かつての彼女にとってどれほどの重みを持っていたかを、
あざみだけが知っている。
姉は笑って答える。
「ありがとうございます」
誇りを抱えたまま、生活という名の現実に頭を下げる、
その痛々しい声をあざみは想像してしまう。
「大丈夫だよ」「ちゃんと食べてる」「仕事もある」
電話口で繰り返される言葉。
だが、その声の奥にある「諦念」があざみには聴こえていた。
ソリストだった人間が、
音楽教室の時給で生計を立てることがどれほど過酷か。
あざみはそれを具体的な数字で知っている。
家賃、光熱費、楽譜代。
生活は、音楽ほどロマンチックではない。
「今度、会いに行くね」
そう言うたびに、あざみの胸は詰まる。
行ったところで何ができるわけでもない。
金を渡せば姉は拒み、仕事を紹介しても笑って断るだろう。
「ピアノしか、できないから」
それが誇りなのか、呪いなのか、あざみには判別がつかない。
ただ、このままでは姉が静かに削り取られていくことだけが
分かっていた。
音楽は人を救う。
だが、舞台を失った音楽は、人をこの上なく孤独にする。
あざみは、世界二位のソリスト。
すみれは、下町の音楽講師。
同じ血が流れていても、
二人の人生が交差することはない。
あざみはその残酷さを誰にも言えず、
ただ姉のことを想い続ける。
それが、たった二人の姉妹に残された、唯一の役割だった。
すみれは、今の自分の姿では、あざみに合わせる顔がなかった。
それは単なる劣等感ではない。
嫉妬だけでもない。もっと粘りつくような、
言葉にすれば自分自身を嫌悪してしまう種類の感情だった。
妹は、正しい場所にいる。
正しい年齢で、正しい評価を受け、
正しい支援と努力を積み上げている。
世界二位、芸大二年生、三十階のマンション。
そのすべては、かつて自分が手にし、
そして指の間から滑り落ちていったものだった。
だからこそ、今の自分がどうしようもなく惨めだった。
かつて三十階のマンションから
世界を見下ろしていたすみれにとって、
この「地上の重力」はあまりに湿り気を帯びて重く、
彼女の自尊心をじわじわと蝕んでいく様子が痛いほど伝わります。
「外に放たれない音」という比喩を軸に、
より情緒的で、かつ「生活の生々しさ」を際立たせる形で校閲しました。
下町のアパートは、どこまでも古びていた。
玄関の鍵を開けた瞬間に立ち上がるのは、
生活という名の澱のような匂いだ。
染み付いた湿気と、安価な洗剤、そして、
時を止めて腐心したような古い木の匂い。
かつて贅沢が肌の一部にまで馴染んでいたすみれにとって、
その空間は生理的な拒絶を伴うものだった。
かといって、
今の彼女に他の選択肢を探すだけの経済的な余力はない。
二階の角部屋。
壁は紙のように薄く、隣室のテレビが流す笑い声が、
無神経に彼女の境界を侵食してくる。
夜更けに漏れる自分のくしゃみさえ、気を使って殺さねばならない。
部屋に鎮座しているのは、無機質な電子ピアノだ。
ヘッドホンという枷をつけなければ、
音を出すことさえ許されない。
かつて、ホールの隅々にまで自在に音を放ち、
何千という観客の呼吸を支配していた自分が、
今はたった一音さえも外に漏らすことができない。
その「閉塞」こそが、
彼女から何らかの決定的な輝きを奪い去ってしまった。
音楽教室での日々は、かろうじて彼女の命を繋いでいる。
だが、削り取られていく誇りまでは守ってくれない。
子供たちに指の形を教え、
大人の生徒に「無理しなくていいですよ」と愛想笑いを浮かべる。
不意にキャンセルが続く午後は、月謝の袋を並べ、
今月を生き延びるための端数を計算する。
彼女がかつてソリストとして喝采を浴びていたことを知る者は、
ここにはほとんどいない。
たとえ知っていたとしても、
その過去をわざわざ掘り起こすほど、
他人の人生は暇ではないのだ。
「先生、すごいですね」
たまに投げかけられるその無邪気で残酷な賞賛が、
今の彼女には、
死者に手向けられる枯れた花のようにしか思えなかった。
下町のアパートは、古い。
玄関を開けると、すぐに生活の匂いがする。
湿気と、洗剤と、少し古い木の匂い。
贅沢が肌に染みたすみれには耐えられない。
かといって、金銭的に他を探すこともできない。
二階の部屋。
壁は薄く、隣の住人のテレビの音が聞こえる。
夜遅くにくしゃみをすると、気を使って息を殺す。
ピアノは電子だ。
ヘッドホンをつけなければ、音を出せない。
かつて、
ホールいっぱいに音を放っていた自分が、
今は音を外に出さない。
それだけで、何かが決定的に変わってしまった気がした。
音楽教室での仕事は、生活を支えてくれる。
だが、誇りまでは支えてくれない。
子どもにスケールを教え、
大人に「無理しなくていいですよ」と言う




