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それでも離れない


「目が覚めたみたいでよかった。あ、お水飲める?」


凝り固まった体をぐぐぐ、と伸ばし伊澄は立ち上がった。

狼は部屋の隅に移動し、一定の距離を保つ。視線は伊澄から離さない。


(かなり警戒されてる)


痛いくらいに背中に感じる視線に、伊澄は参ったなぁと心の中で頭を抱えた。

しかし、そんな気配をおくびにも出さなようにした。


こちらが怖がれば、相手だって怖がるだろうと思ったのだ。

時間をかけて信頼してもらおう、と伊澄は空いているお皿に水を汲み、狼の前に差し出した。


狼は伊澄から視線をようやく外すと、皿の中の水を凝視している。


「まさか、毒が入ってるとか思ってる? 大丈夫、入ってないから」


革手袋もしているし、毒は入ってない。

なにより皿が壊れていないから、毒なんて入りようが無いはずだ。


伊澄は少し胸がドキドキしながら見守っていると、狼はゆっくりと舌を出して飲み始める。

いつしか、それは豪快になっていき、床に水が飛び散った。


よっぽど喉が渇いていたのだろう。

皿にあった水を一気に飲み干し、まだ足りない、と目で訴えかけてくる。


「分かった、分かった。今持ってくるから」


伊澄はその気配を察して、無意識に笑みを浮かべた。


「あっ…………」


そのことに気づいて、伊澄は足を止めた。

震えながら、伊澄は自分の頬を触る。

この世界に来て、眠れるようにはなった。前の生活よりも自分本位に生活出来ている。

そのせいか、肌の調子だって少し良くなってきていた。


だけど。


「私、今笑った……?」


笑うことを、しばらく忘れていた。

伊澄は笑う、というものを感じたことがほとんど無かった。


あるのは怒りだけだったのだ。

上司に、世界に、神様──セリオスに対して。


「私、まだ笑えたんだ…………」


笑うことなんて、ないと思っていたのに。

不意に笑えたことに、伊澄は驚いた。


「ふふふ……なんか……可笑しい」


何がおかしいのか、自分でもよく分からなかった。

けれど、笑えると思えたら笑ってしまうだけだ。


笑い続ける伊澄を狼は不思議そうに見上げた。

小首まで傾げて、怪訝そうに眉を顰める。

随分、表情豊かな狼だ。


「チロにそっくり……そうだ、あなたのこと、チロって呼ぶね」


困った時、こうやって小首を傾げていたのを思い出して、温かい気持ちになる。


いいよね、と言うと更に狼は小首を傾げ、伊澄はまた笑ってしまった。


──────────────────


その狼は回復力が凄まじかった。さすが野生、と言うべきなのか、伊澄には分からなかったが、三日後には足取りはとてもしっかりしていた。


傷口もほぼ塞がり、ほぼ野生へ帰れる状況なのでは……と考え始めていた。

ただ問題はどこへ返すか……だ。

このままこの森の近くに放したら、同じことの繰り返しかもしれない。


あの群れにまた襲われないとは限らないからだ。

どこか遠く……とも考えたが、伊澄はこの世界の地理や状況を全くと言っていいほど知らない。


情報を得ようにも、近隣の住民には嫌われていて得られそうにない。


「助けたはいいものの、困ったなぁ…………」


今日も、赤い実をもぎ取りながら一定の距離を保ったままの狼を盗み見る。

ちょこん、と言うよりも存在感が遥にあるその狼は礼儀正しくこちらを見ていた。


警戒と言うよりも、観察されている気分だ。

悪い気はしないが、なんだかむず痒くなり伊澄は目の前の収穫に無理やり意識を集中させた。




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