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傷だらけの出会い


「あんたたち、何してんの!」


伊澄はわざと大きな音を立てて、狼の群れの前へ躍り出た。

すると、群れは虚をつかれ弾かれたように後ろを振り返る。


一際大きな狼が一歩前に出る……恐らくこの群れのボスだろう。

黄ばんだ牙は鋭く、目にある一文字の傷は名誉の負傷だろうか、勲章のように存在感を放っていた。


歴戦の勇者、とも呼べそうな狼がこちらにくるな、すっこんでろと言いたげに伊澄を睨みつけた。


伊澄が見下しているはずなのに、見下ろされているような感覚に陥る。

だけど、後には引けなかった。


伊澄にだって、引けない時がある。それが今なだけだ。


(少しでも気をそらさせたら上々……)


一瞬の隙を突かれたら一貫の終わりだろう。伊澄の細い首なんて、あの牙で一撃だ。容赦ない一撃が伊澄の首を噛みちぎって絶命する未来しか見えなかった。


だけど…………と伊澄はゆっくり革手袋に手を掛けた。

自分には、人外の力が宿っている。脅しくらいにはなるかもしれない。

それに、この手で掴んだら狼こそひとたまりも無いはずだ。


一触即発の空気の中、にじり寄る狼の動きに伊澄は神経を研ぎ澄ませた。

一歩間違えれば伊澄も、大怪我じゃ済まない。

数分が数十分のような時の流れを、伊澄は感じ取っていた。


背中に冷や汗が流れた瞬間、痺れを切らしたかのように狼が、伊澄目掛けて飛びかかる。

その一瞬を、伊澄は逃さなかった。素早く革手袋を外し身を翻す。


背中に僅かな狼の毛を感じる。

ぎりぎり躱せたのは、この足首が隠せるくらいの長さのローブのおかげだろう。

おかげでこちらの動きは悟られなかったとも言える。


伊澄はぐるりと一回転し、素手で狼の背中に触れた。

手のひらに伝わる、硬い毛の感触。熱いくらいの狼の体温が伝わってくる。


(ごめんね……)


やるかやられるかの二択しかないと分かっていながらも、伊澄は唇をかみ締めた。

その手に力を込めて、伊澄は狼の背中を掴んだ。


きゃいん……!!! という狼の悲鳴が森の中に響いた。それはボスの悲鳴と、じゅ、という焼けるような音。

伊澄は痛々しい悲鳴に、屈せずに狼を遠くへ投げ飛ばした。


狼の背中がいとも簡単に、浅く半月型に溶けていた。骨が見えてないから、肉だけが溶けたのだろう。


狼は蹲り頭を垂れている。すでに次の攻撃を仕掛ける気力も無さそうだ。

周りの仲間たちもボスの不甲斐ない姿に、耳を伏せしっぽを丸めていた。


戦意喪失にさせられたなら、これでいいと伊澄は肩の力を抜いた。


少ししか触れていなかったのが幸いして、そこまで致命傷ではなさそうだ。

命までとるつもりは無い。むしろ、戦意喪失くらいがちょうどいい。


「この場から去りなさい。今すぐに!!!」


森中に響き渡るような声で伊澄が叫ぶと、一目散に狼たちは散っていった。

ボスを守るかのように真ん中にして去っていく姿に、仲間の絆の強さを感じた。


「大丈夫……? 酷い怪我ね……」


狼の気配が去った後、伊澄は膝を付いて傷ついた灰色の狼に触れる。

爪で引き裂かれたのだろうか、目の上がぱっくりと開いている。赤黒い血は固まりかけているが、深い。更に首には何度も噛み付かれたような痕があった。

本気で息の根を止めようとしたのだろう。


伊澄は自身の目の上と、さらに首元を触る。自分が傷ついたわけじゃない。

だけど、なんだか痛む気がしたのだ。


眉を寄せ表情を歪ませた伊澄は、身にまとっていたローブで狼の体を包んだ。

その間も一切目を開かない、荒い息をしている狼にただ祈る。


「死んじゃ、だめだよ。もう少し、頑張って」


そう呟いて、伊澄は家路を急いだ。



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