落とされるなんて聞いてない
「あれー? そこなんかもっと、うわぁ、神様!? とかすごーい! とかあるでしょ!?」
どうやら伊澄の反応が気に食わなかったらしい自称神様──セリオスは、頬をふくらませて地団駄を踏んでいた。
今までここに来た人たちは、このセリオスに対してそういう反応だったみたいだ。
自称神様は伊澄にもそれを求めていたらしい様子が、やっぱりただの子供にしか伊澄には見えない。
それに伊澄は同じ反応を返すつもりは無かった。
ますます神様なんて存在は嘘だと、伊澄は口を開く。
「あの、私さっさと帰りたいんですけど」
え、とセリオスの動きが止まる。まるで、その言葉に傷つきました、とでも言いたげだ。
伊澄は構わずに続ける。
「ここにいる理由ないし、私はただ、静かに眠ってたいの」
たった一つの願いは、静かに眠ることただそれだけだ。
再び夢を見ないで眠るために、おーい、一度起きろーと伊澄は心の中で念じる。
しかし、起きる気配がない。むしろ、寝ているという感覚すらない。
どうなっているのだろう、と伊澄は天を仰ぐ。
「…………って、ここ夢でもないからね。それにさっきも言ったけど、ここはプルリオ、招いたのもボク」
話聞いてた? と怒った口調で言うセリオスに、伊澄ははぁ、と気の抜けた返事をした。
まるで話にならないよりも、伊澄は話すのが億劫になってきていた。
「あー、もうなんでもいいです。帰れれば」
伊澄は対話をそこそこに、出口を探して島の中を探索することにした。
それでもやはり、島は小さく直ぐに出口などないことを知った。
八方塞がりだな、と伊澄が肩を落とすと──。
「 無理だよ。分かってるくせに面白いこと言うね」
背筋がゾワッとするような冷たい声に、伊澄は身を固くして振り返る。
そこには表情を一切変えない、セリオスが立っていた。
子供のはずなのに、なんでこうも威圧感があるのだろう。
伊澄は底知れぬ恐怖を感じて、一歩ずつ後ずさる。だがすぐに、逃げ場などなくなり島の縁に立たされてしまった。
「ここはボクの世界だよ。それにちゃんとキミは死んでる。神様のボクが保証する」
ゆっくりと地面を滑るように、セリオスは伊澄に近づいてくる。
迫り来るセリオスに、伊澄は震えが止まらなかった。
「キミはもう、元の世界には帰れない。帰り方もないよ」
まるで罰を宣告される罪人のような気分だった。
ゆっくりと、着実に染み込む毒のように、セリオスが近づく度、伊澄の心の中に広がっていく。
「だけどね、そのままだとどこにも行けない。いきようがない」
ひたひた、とセリオスが歩く足音。足は震え、逃げ場のない伊澄は、ただ立ち尽くしていた。
手が届きそうなほど、顔をぐっとセリオスは伊澄に近づける。
吐息が、声が、体温が、伊澄に襲いかかる。
伊澄はもう逃げる気力さえなかった。震える唇は薄く開き、喉は締まって声さえ出ない。
──苦しい、苦しい。
そう伊澄は喘ぐだけだ。
「助けて欲しい、って顔してるね。だけど、無理だよ。キミは、誰にも助けて貰えない」
だからさ、とこの雰囲気に似合わずセリオスは、艶めかしく伊澄の頬を撫でた。なぞられた肌が泡立つ。
得体の知れない恐怖が、伊澄を飲み込んでいく。
「だからこそ、この世界に招いたんだ。……ほら」
とん、と普段だったら耐えられるような軽い力で肩を押された。体が傾き宙に投げ出される。崩れた足場が伊澄より先に、地上に向かって落ちていく。
「……い…………いやっ!!!」
咄嗟に伊澄は何かを掴もうと、手を伸ばした。
しかし、手は空を切り何も掴めない。
「行ってらっしゃーい!」
セリオスの呑気な声が、伊澄に最後に届いた。
まるでテーマパークのキャストのような笑顔付きだ。
「ちょっとっ、ふざけんなぁぁぁ…………!?!?」
伊澄の渾身の叫びは、青い空に響き渡った。




