あれはいきもの?
けれど、逸らしても仕方なのないほど、被害は甚大だった。
あちこちで起きている二次被害の火災に、人々は逃げ惑っていた。
小さな子供が逃げ場を失って、その場で泣いている。
見るからに物心がつき始めた年頃の女の子だ。クマのぬいぐるみを腕にきつく抱えて泣いている。
大粒の涙を流し、その声は目の前の燃え盛る炎を前にかき消されていた。
「おかぁさぁん…………!」
その声が、伊澄の心の中に反射する。
まるで、幼い頃の自分の声が聞こえてくるようだった。
──お母さん、待って、行かないで。
──お願い、置いていかないで。
涙で歪む視界の向こうに、もうはっきりと覚えていない母の背中が見える。
今では声も、顔も覚えていないその人は、伊澄の顔を見ずにその腕を振り払った。
──他の人に自慢できない娘なんて要らないの。
──あーあ、期待しただけ損したわ。
そう言って、幼い自分は。
母親から見放されたのだ。
悲痛な叫びが、置いていかれる悲しさがありありと伝わってくるようだった。
目の前の彼女は、置いていかれた。愛しているのに、好きだったのに、連れて行って貰えなかった。
その痛さが、伊澄を捉えて離さない。
──ごめんなさい、私がいけない子だから。
「ゆるしてください、おかあさん」
「………………み? …………イスミ!」
「……………………? あ、何………………?」
口をついて出た言葉に、伊澄は気づかなかった。
ぽろぽろとこぼれ落ちる言葉が、アルスに届いたか分からないが、伊澄の様子に眉をひそめる。
「どうした、夢でも見てたみたいに呆けて」
心配とは無縁の淡々とした声に、伊澄は我に返った。
「いや……なんでもない」
親のことを思い出していたなんて……言えなかった。
ろくでもない伊澄のろくでもない親のことなんて、アルスは知らなくていい。
いつの間にか、泣いていた幼子の隣にはこの町の住民であろう男たちが集まり、瓦礫をどかしていた。
やがて、一人の女性が助けられる。
抱きつく少女と土埃まみれの女性──母親であろうその人と強く抱擁していた姿に背を向けた。
伊澄はその姿が眩しくて、見ていられなかった。
「アルス、ここは大丈夫そうだよ。もう行こう」
伊澄は延々と続く、黒い道に眼を向けて歩き出す。
アルスは何も言わず、少し後ろをゆっくりとついてきた。
無言のまま歩くと、町の中心の広場らしきところに出た。
広場と言ってもそんなに広くはなく、円形にくり抜かれたような空間だった。
そしてそこには松明を持った住民たちに囲まれる、黒い固まりが鎮座していた。
どうやら睨み合いが続いているらしい。
住民たちの、お前のせいで! 町を破壊しやがって! と怒号が飛び交う。
まさに教科書に載っているような、異様な光景だ、と伊澄思った。
黒い塊の足元、にはあの黒い液体がした垂れ落ちていて、煙を発している。
どうやら、石畳でさえも溶かしているようだ。
住民たちはその光景を突きつけられて、僅かにしり込みをした。
常軌を逸している。人間である伊澄たちの想像の範疇を超えている存在だと改めて思い知らされる。
(本当になんなの、あれ…………)
理解が追いつかない。否、理解が出来ない。
今まで会った、知り得たものとはまるで違う理に生きる者。
「というより、あれ生き物?」
そう。伊澄はあれは、生き物ではないと感じた。




