見つけてくれた
真っ黒く影のように染ったその手が、伊澄の足を、腕を、腰を這い上がって逃がさない。首をゆるゆると締め付けて、伊澄は息が出来なかった。
全てが闇に覆われる。
「だれ……か……」
伊澄の乾いた唇から、情けない声が出た。
闇に引きずり込まれないように、と手を伸ばして誰かに助けを求める。
誰かが助けてくれるなんて、ありはしないと分かっているのにも関わらず。
抜け出せない場所から、助けを求めるなんて他力本願もいいところだ。
だけど、求めずには居られないのは。
滲む伊澄の視界が、閉ざされる。
──ずるい、ずるい。みんなは、どうして私と違うの?
──どうして、私だけ……
──どうして、わたしは……こうもダメなの?
完全に音も光も遮断された空間。
その中で、ピッタリと伊澄の背中に何かがくっついてきた。
胸の前に回された、黒い無数の腕が伊澄を離さなかった。耳元で囁かれるのは呪いに近い言葉たちだった。
あどけない声は、幼い子供を思わせた。その声が伊澄の耳元で、吐き続ける。
──どうしてあなたは、ひとりじゃないの?
──必要ない、人間でしょう?
──本当は、死にたいなんて思ってないくせに。
──本当は……。
「………………るさい」
あどけない声が、頭の中を反響して伊澄は耳を塞ぐ。その行為が無駄だったとしても、そうする他なかった。
囚われたまま、ここに留まるくらいなら。
──何も、聞こえない方が楽だから。
「うるさい、もう黙ってよ!」
「………………イスミッ!!!」
その声が聞こえた瞬間、弾かれたように伊澄は顔を上げた。
差し出された手を、無意識に取ると力強く引き上げられる。
温かい、手。自分のものより硬い手はとても頼もしく見えた。救いの手は、きっとこういうのを言うのだろう。
伊澄はどこか自分には勿体ないかもしれない、と思ってしまった。
けれど、一度その手を取ったら手を離せなかった。
引き上げられた先、目の前がぱっと開けて明るい星空が見えた。
星空を背に、一人の人影がくっきりと浮かび上がる。
流れる髪が、天の川のように空によく映える。
「アルス……」
弱々しく呟いた伊澄の声が届いたのか、アルスはふ、と口元を緩めた。
「なんて情けない顔してるんだ? らしくもない」
「………………うるさいな、女の子にはいろいろあるのよ」
笑われたことに対して、伊澄は強がりつつも悪態をつけた。
あぁ、こんなにも見つけてくれたことが嬉しいなんて知らなかった。
「で、あいつはなんだ?」
アルスは伊澄の腕を引いて、後方に飛び退く。
地面を滑り相手との距離をとって、前方を睨みつけていた。
その視線の先には、濃くて黒い霧を纏った何かが居た。
それは半円を帯び、こちらを向いているようにも見える。
およそ、生き物とは呼べないものと対峙するアルスの額に汗が滲む。
伊澄は今ハッキリ、その姿を見た。
背後に迫っていたなにかの正体はこれだろう。
けれど、その目ではっきり捉えても正体は依然分からないままだ。
と言うよりも、謎は深まるだけだった。
「私にも分からない。けど、中で声を聞いた」
「声? まさか、人がいるのか?」
多分、と伊澄が答えるとありえない、とアルスは言った。
確かにあの中に、人がいるとは思えなかった。
しかも、幼い子供が。
けれど、その声をはっきり伊澄は聞いていた。




