なにか来る
セントロにいちばん近い、宿場町にたどり着いた。
日は傾きかけた夕暮れの橙色に、立ち並ぶ真っ白な家々が染まっている。西洋風の綺麗な街並み。どこかの青い海辺が似合いそうな建物群だが、ここは山奥だ。
それでも、海の代わりに広い空がある美しい場所だった。
セントロに近づくにつれて、白い建物が増え人の数も自ずと比例していく。伊澄と同じような
格好をした人たちの姿がちらほら見受けられる。
どうやらここは旅人たちにとって最後の休息の地らしかった。
ここで英気を養って、セントロを目指すのだろうと伊澄は思った。
その中の一つ、安い宿をとった。もちろん、伊澄とアルスは部屋は別々だ。
隣同士の部屋に立ち、伊澄はドアノブに手をかける。
「じゃあ、また後で」
あぁ、とアルスが短く答えたのを聞いて、伊澄は部屋へと体をねじ込んだ。
すぐに扉を閉めて、扉に背を預ける。
「あーあ……なんか気まずいなぁ……」
ずるずるとその場に座り込んだ伊澄は、自身の膝に額を預けて項垂れる。
こんなつもりじゃなかったのに、とつぶやきながら。
──────────────────
どれくらい時間が経っただろう。
扉の前で項垂れたまま、動けずにいた。かなり前に、アルスが部屋を出ていく音は聞こえていた。それから帰ってきた気配は無いので、出かけているらしかった。
それが少しほっとしてしまって、伊澄ははぁ、と何度目か分からないため息をついた。
動きたくないと拒否をする自分の体を鞭打って、伊澄は立ち上がる。
すっかり外は真っ暗で、開け放たれているベットと机だけが置かれている質素な部屋が月明かりに照らされている。
「…………少し、外の空気吸ってこよ……」
このまま部屋に籠っていても、気が滅入るだけだ。そう考えた伊澄は、扉のノブを回した。部屋を出て、宿屋を後にする。
宿屋の外はガス灯だろうか、火の明かりが風に揺れていた。
路上には、ぼんやりと暖かい火の光に照らされたカフェテラスが幾つも並び客が食事をしていた。
お店から漂ういい匂いに、伊澄の鼻が擽られる。お店によって出している料理が違うのだろう。肉の焼ける匂いが充満している。
どこかしこから流れてくるいい匂いだが、伊澄はあまり食欲がなかった。
その匂いから離れるように、その場を離れ喧騒から遠ざかる。
細い道を抜けて、村はずれにたどり着くと星空がいっそう綺麗に見えた。
「都会でなんて星は見えなかったもんな……」
都会は眠らない街だったから、街全体が暗くなることなんてありえなかった。
相当田舎に行かなければ、星空なんて満足に見られなかったのが常だったから。
それが今では空がよく見える。ざわついていた心が落ち着くような気がして、いつまでも伊澄は空を見ていた。
───その時だった。
「──逃げろ、まずいものが来る!!!」
そう言って、駆け込んできたのは昼間街道で噂話をしていた農夫だった。汗を大量にかきながら走ってきたのに、顔色は真っ青だ。
寒くないはずなのに、がたがた震え伊澄に縋り付くように崩れ落ちる。
「な、何……!?」
誰かにこうして縋りつかれるのは初めてで、伊澄はオロオロしてしまった。
ただ、縋り付く力が強すぎて振りほどけず、伊澄は自分を落ち着かせながら農夫に声をかけた。
「ど、どうしたの、何があったの?」
伊澄の震える声に、農夫は目を見開きながら答えた。
「な、なんか怪物が、俺たちを襲ってきた……。あいつは……もう、俺は……俺は!」
ぶるぶると大きく体を震わせて、口から泡を吹くように農夫はうわ言を言い続けた。
その言葉は要領を得なかったが、何か得体の知れないものがいることだけは、伊澄には伝わってきた。




