これはこれで悪くない
薄らと開いた視界に映ったのは、誰かが焚き火の火を投げ入れる手だった。
やけに視界は斜めっていて、自分の頭が傾いているな、と伊澄は思った。
「うはぁっ!?」
何気なく見上げた先に、透き通った顔のチロの横顔がいっぱいに広がった。白い髪が流れるように伊澄の鼻先をくすぐる。
一瞬、自分がどこにいるのか何をしていたのか分からず飛び起きた。
「やっと起きたか。無防備に寝るなんて、警戒心の欠けらも無いな」
半ば呆れたようなチロの声が、伊澄を飛び起きさせた。伊澄の心臓が、どきどきと音を立てて脈を打つ。いつの間にか寝ていたようで、今の今までチロが帰ってきていたことに気づかなかった。
しかも、チロの肩を借りて寝てた、その事実に驚きを隠せない。
いくらなんでも警戒心無さすぎだ、と気の緩みすぎた自分を伊澄は内心叱りつける。
本当に穴があったら入りたい、という気持ちはこの事なのだろう。
顔が熱くなるのを感じながら、伊澄は頭を強く振る。
落ち着け、落ち着け、と何度か息を吸っては吐くを繰り返し、声が震えないように伊澄は声を出した。
「仕方ないでしょ、私もさすがに疲れたの」
言い訳なのか、強がりなのか、よく分からない言葉を言った自覚はあった。
けれど、強がらなければ体裁が保てない気がしていた。
いや、既に体裁も何も無いか、と内心苦笑いを浮かべた。
距離を保ちながら、伊澄はチロを盗み見る。
チロは焚き火の火加減を調整しながら、川魚を焼いていたらしい。
辺りには香ばしい匂いが漂っている。
「いつの間に……」
「あのなぁ、食料取りに行ってくるって言っただろう。それすらも覚えてないのか」
あからさまに肩をがっくり落として呆れた様子のチロを、伊澄は無視した。
細い枝に刺さった焼けていそうな川魚に手を伸ばす。
香ばしい匂いを嗅いでたら、食欲が湧いてきた。あんなことを体験したのに、図太いことだと伊澄は思いながらかぶりついた。
食べ進めていくと、食欲が湧いてきてどんどん食べたくなってきて──無我夢中で食べた。
「おい、頂きますくら言え──少しは取っておけよ……?」
横目で見たチロはもうどうにでもなれ、といいたげに空を見上げていた。
いただきます、と口をもごつかせたまま伊澄は焼かれた魚を無我夢中で食べた。
チロが伊澄をじっとりと見始めた頃、お腹いっぱいだ、と伊澄が自分の腹を撫でていた。
小さくなった焚き火には、数本焼かれた魚が残っている。それをちびちびとチロが食べ始めた
横で、伊澄はぽつりと言った。
「誰かとこうしてご飯食べるの久しぶりなんだよね」
死ぬ前──は一人ご飯を食べていたし、幼少期もあまり誰か、親と食べた記憶はなかった。
食べたのかもしれないが、記憶に残ってないと言うのはそういうことなのだろう。
温かな家庭、と言うものに触れたことがない伊澄は、こうして他人と食べているのが不思議でならなかった。
「お前は、どういう環境にいたんだ」
口元に魚のカスを付けながらチロが言う。
伊澄はずっと、一人だったよ、と答える。本当にそうだった。誰かが伊澄の隣に居た試しがなかった。
昔は周りのせいにしていたが、今はどうでも良くなっている。
そういうものだ、と思ったから。
「ただ、誰かといるのはむず痒いなって話」
どうも落ち着かないと伊澄は思う。
落ち着かないけれど、悪くはないと少しだけ思った。




