表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/68

炎の中で


逃げる隙もないまま、伊澄は火と煙に巻かれた。あっという間に火の手が周り炎が辺りを包み混む。

ここまで一気に燃えるのか、と伊澄は思った。

が、チロがいる手前、既で踏ん張りを効かせる。ここで伊澄がパニックを起こしたら、誰もチロを助けられない。


小学生の頃していた避難訓練の経験を思い出して、咄嗟に身を屈める。

煙は上へ上へ向かって昇っていく。下の方には空気がまだあるが、一刻の猶予も許されない。


「まずい、このままじゃ……」


二人とも仲良く炎に焼かれるだろう。

迫り来る炎の熱が、伊澄の肌を撫でていく。滲む汗も直ぐに沸騰しそうな暑さがそこまで来ていた。


咄嗟に口を袖で覆って、チロを強く抱き締める。


(チロだけでも……逃がさないと……)


死ぬつもりは無いが、チロをここで殺すつもりはもっと無かった。

げほげほと咳き込みながら、伊澄が薄い酸素を吸い込んでいると、突然チロが暴れだした。


「まっ、て……! チロ!」


なだめようとする腕を振りほどき、チロは伊澄の体にのしかった。

チロの鋭い爪が服を突き破り、肩に食い込む。あまりの痛さに、伊澄は炎の熱を忘れてチロを押しのけようとした。


しかし、チロは更に爪を食い込ませる。


「やめて、チロ……!」


伊澄は何が何だか分からなかった。

怪我をしていたチロの何処にこんな力があったのか、どうして自分にのしかかり爪を立てたのか。

伊澄は……裏切られたような気がした。


(あぁ、そうか……私はチロを仲間だと思ってたのか)


炎に目を焼かれたから涙が出るのか、チロに裏切られて悲しいから涙が出るのか分からなかった。


ただ、ただ、涙が伊澄の頬を撫でる。

全てが熱かった。熱くて、身が焼かれそうだ。

ただ、血が流れるチロが触れている場所が、一番熱い。


「どうして、なの? 私のこと、嫌い……?」


チロの目に炎が映る。それは、チロの心の中を覗き込む、そんな気分だった。

伊澄が計り知れない得体の知れないなにかが、蠢いているようで、背中がぞくりとした。


「あぁ、人間。俺は、お前たち──お前のことが、嫌いだ」


地を這うような、低い低い声。

その声に伊澄の世界が静まり返った。炎が爆ぜる音も、その向こうで叫ぶ男たちの声も聞こえない。


聞こえるのは、チロから発せられる呼吸の音。

伊澄はチロから目が離せなくなってしまっていた。目を見開いた伊澄の目に、チロの鋭い牙が映る。


黄ばんだその歯で、どれくらいの獲物を狩ってきたのだろう。

口の端から垂れる涎が、獰猛さを際立たせた。


「こんなところまで来て、まさか今度は火に焼かれるとは思ってもみなかった」


やれやれだ、とチロは自分の運命を呪うかのような言葉を吐いた。


「それに、人間などにチロとか言うふざけた名前を付けられるとはな。本当に、不快極まりない」


今にもかぶりつかれそうな距離で、チロと伊澄の鼻先が触れ合う。

獣の匂いが、伊澄の鼻を刺激する。陽だまりのような優しい匂いはもうしない。


するのは、伊澄を食い殺さんとする匂いだけ。

伊澄は震える体を無理やり押さえつけながら、チロの顔を見あげた。


「貴方、ただの狼じゃないのね? 何者?」


涙を引っ込めて強く伊澄は下唇を噛んだ。痛みで打ち消さなければ、いつまでも泣いてしまいそうだった。

そんな弱い自分は、要らない。


そんな想いで、伊澄はチロを強く睨みつけた。







いつも読んでいただきありがとうございます!

本当に嬉しいです!作者の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ