乾燥室
今は指導なんてそうそう無いです。
昔も無かったらしいのですが、
FH70に実際に触れ、1週間が経つ頃には射撃準備〜撤去まで、一連の動作に慣れてきた。ある程度流れを掴めれば、あの呪文のような号令で戸惑う事も無くなる。もちろん、展示で見せてもらった動きの、倍以上時間をかけての話ではある。呪文の詠唱速度もゆっくりなので、まだまだ演練は足りないが。
日々の訓練の流れとしては、射撃準備→射撃のエア動作→撤去を1セットとして、午前午後で3セットずつの、計6セット行なっている。残った時間は座学や使用した火砲や資材の整備など。
訓練を終えれば食事を済ませて入浴や洗濯、靴磨きやアイロン掛けに座学の復習と、やる事は沢山ある。
一度の射撃準備〜撤去までの流れを通して行なうだけで、迷彩服は、汗でグショグショとなる。当然身体もベタベタになる。そのため、洗濯は念入りに実施する。本日も泥と汗に汚れた迷彩服を乾燥室に干し、ようやく1日のタスクが終わりを迎える。夜清掃までの短い時間、仮眠でもとろうかなんてぼんやりと思考する。とてつもなく忙しいが充実していると言えるだろう。
滝のような汗を流しながらも、今日も昨日と変わりなく午後の訓練を無事に終える。待望の、終礼の時間を迎えた。終礼の流れは、全体で連絡事項等を共有された後、各班に別れての班終礼が行なわれ、班終礼をもって課業が終わる。基本的には班長からひと言を頂いて終わるのが常なのだが、今日は班長の顔が険しい。どうやら何かあるようだ。
何時になく厳しい顔をした班長が口にしたのは、私の班の班行動についてだった。残念な事に皆、覚えがあり、顔を顰めてしまう。いや、1人だけ分かっていない者もいた。
新隊員教育中は、常に集団行動が求められる。同期全員からバディまで、人数には幅があるのだが、その中で班という単位の行動は1番スタンダードな物になる。
部屋は班単位で使用するし、食事、入浴、売店への買い物まで、基本的に屋外での活動は班員全員で取る事になる。これは、自衛隊が組織的に動く必要のある集団の為、他人と行動を供にする事を、普段の生活から訓練する役割を担っているのだ。
そして実際に班で行動する際もいくつかルールがある。例としては
・列を作り、その列を維持したまま移動する事。
・その列を指揮する人間がいる事。
・移動ルールを守る事。(通ってはいけない道、走って(歩いて)はいけない道、)
等がある。とはいえこれらは前期教育から変わらず求められて来た事であるので、今更言われるまでもない、のだが…。班員の中の1人にとってはそうではないらしい。
班長から伝えられた問題行動は、“移動時に歩調が合っていない事”この1点である。たったこれだけの、とても簡単な事なのだが、重要な事だ。
自衛隊では見た目を重要視する。見た目“だけ”と言っても良い。たとえ内部がどれだけ年季が入っていても塗装だけはしっかりされているFH70を見れば良くわかるという物だ。そのような組織で“歩調が合わない”なんて事があれば非常に大きな問題となるのも頷けよう。
とはいえ、疲労が溜まっている事もあり、“次から気を付ける”という自衛隊基準で見れば非常に寛容な処分で終わった。即座に“反省”を行なっていた前期教育と比べれば天と地程の差の対応である。
誰の歩調が合っていなかったのかは、本人以外は認識していたのだが、波風を立てないように、全員で気を付けるという事でその日は終わった。
しかし、班内で再度認識統一を行なった翌日の昼、2回目の指導が入ってしまった。内容は同じ物。昨日の今日でやらかした私達に対し、流石の班長もさぞブチ切れているだろうと思えば、班終礼時の班長は無表情であった。
『今日から課業後の時間、基本教練の自主練を行なう事。自分達でもう指導される事がないと思えるまで自主練を続ける事。』
告げられた言葉は、非常に意味深な内容である。あえて曖昧な伝え方をしているのだろう。
・課業後の時間のうち、どれだけを自主練に費やせばいいのか
・自分達の判断で自主練を終え、その後また指導があった時にはどうなるのか
これら2点が非常に悩ましい。もしかしなくとも、班長は非常にお怒りになっているのだと今更に気付いた。
その日からはただでさえ疲れた身体を限界まで酷使する生活が始まった。食事や入浴を終えるのが18:30頃。翌日の準備まで終えて19:30。そこから掃除の時間までずっと基本教練である。週に何度か課業外に新隊員全員の自習時間があるがそこ以外はずっと隊舎前で速足行進や駆足行進の練習である。他班の同期から笑われつつもひたすらに自主練に取り組む。
この頃には、歩調の合わない班員に対して直接注意をする場面が増えて来た。しかし、彼は変わらなかった。勿論、私達もミスをしない事などなく、私達の何かしらのミスを得意気に指摘してくるのである。
班の中で彼の年齢が一人だけ高かったことも影響していた。彼は一人だけ25歳入隊で社会経験があった。対して他の班員は全員18~19歳、高卒での入隊だ。彼が18~19の時、私達は小学6年〜中学1年生だ。それを考えると子どもの様に思えたのかもしれない。それだけ年の離れた人間から間違いを指摘され謝るに謝れないようになってしまっても、あるいは仕方ない事かもしれない。無論、納得はできないが。
そんな生活を続けて2週間が経つ頃、数少ない癒やしの時間、週末の外出を控え浮かれた空気が漂う金曜の終礼で事は起こった。
2週間も経って未だに改善の見られない、むしろ悪化しているとも言える班の状況に業を煮やした班長が、外出禁止を言い渡したのである。
誰のせいでこうなったのかと言えば、乱れ歩調の彼に大きな責任があるだろう。とはいえ彼と上手くコミュニケーションができなかった皆にも問題が無いわけではない。歩み寄る必要もあっただろう。然程大きな声ではなかったが、良く通る声で班長はそのような事を口にした。
当然、気に食わない。当事者からすればコミュニケーションだので解決できるレベルはとうに過ぎている。だが、ここで反論する事などできない。班長がそう言ったのだからそうなのだ。もしここで反論などすれば外出禁止が確定してしまう。まだ、外出禁止と言われはしたが決定ではないのだ。
皆が揃って神妙な顔をする。とりあえず“はい”と返事を返し、続く班長からの言葉を待つ。私は外出ができなくても問題はないのだが、ここは皆に合わせて神妙な顔をしてみせた。
結局、乱れ歩調の彼へ班員で謝罪を行ない、彼から許しを得る形で話は決着した。気持ちよくひと通りのお説教を終えた班長は随分と満足そうにしているが、皆は憤懣やるかたないだろう。勿論そんな事はおくびにも出さないが。反抗的な態度を出す事の無意味さを、入隊からの数ヶ月で嫌というほど思い知らされているのだ。
班長と乱れ歩調の彼の様子から察するに、彼が班長に助けを求め、本日のお説教が発生したと考えられる。
班長と彼は同じ25歳で、おそらく過度なシンパシーを感じているのだろう。全く持って納得できないが、謝罪も行なった事だし、一先ず解決した事に満足するしかない。
と思っていたのだが、夜の清掃と点呼を終え、後は消灯を迎えるだけという段になって、私は班長から消灯後に乾燥室へ来るように呼び出しを受けた。
新隊員が消灯後に活動するなど言語道断なのだが、班長からの呼び出しとあればバックレる訳にもいかない。初めての異常事態に際し、若干パニックになりながらもベッドの上で消灯を待った。ラッパが成り終えると、そっと音を出さぬように部屋から抜け出し乾燥室へと入った。
乾燥室は、大人数の洗濯物を乾かせる様に、温風を発生させるための機械が稼働しており、部屋中に響く大きな音がする。この部屋の中で多少声を出しても外に漏れる事はない。夜間に話をするのであればうってつけの場所なのだ。
ここで私は真の意味での陸上自衛隊の上下関係を叩き込まれた。“顔は止めておいてやる”なんて漫画の様なセリフを実際に聞くとは思わなかった。
どうやら班終礼での班長のお説教時、私は神妙な顔をしていたと思っていたが、不満タラタラの顔をしていたらしい。陸上自衛隊で勤務する上でそんな事では困るだろうと、教育的指導を買って出てくれたという次第だそうだ。
経済的な事情で、任期満了金がどうしても欲しい私は、こんな事があっても辞める訳には行かないのだ。
満足のいく指導を終えた班長が、乾燥室を後にする。1人になった室内は変わらずに機械の音が響いていた。指導の途中、視界が滲んでいたが部屋を出る頃にはもう乾いていた。しっかり乾燥してくれた様である。
班員同士で揉め始めると、泥沼と化します。足を引っ張り合い始めたら修復はとても難しいので、早めに改善に努めましょう。基本は班長陣へ早期に相談する事が望ましいですが、乱数で解決しないパターンを引く事もあるのでここは祈祷力が試されます。
2話目頃から文体の揺れやテンションの波がありますがこれは疲労に依るものです。特にFH70の戦闘訓練が身体にキています。




