剣を振りたがり剣士をおさえるのは大変
翌朝、私たちはのんびりとした田舎道を抜け、小さな村に到着した。
名前はたぶん、ウルグ村。──いや、ウルク? グルク? えっと、まあ、地図では点みたいな場所。
家の造りは簡素で、屋根はわら。野菜畑があちこちに広がっていて、農具を担いだ村人たちがちらほらと。
「……あー、いいねこの空気。“モンスターよりカボチャの成長が心配”系の村だ」
私がそう呟くと、フェリスが鼻で笑う。
「油断してると足元掘られるやつね。わかるわかる」
「俺はもう“抜刀しそうなやつ”がいないだけで平和に感じる……」
ベルドが肩の荷物を下ろしながら言った。
「ふふ。畑仕事、してみたくなりますね」
ユノが微笑む。
──で、構えそうなやつ(刃真)はというと、村の入口でいつの間にか“警戒モード”に入っていた。
「……」
「構えるなよ!? この村には敵いないからね!? 」
私は慌てて止めに入る。
ていうか、本人は構えてないつもりでも、“構えのプレリュード”みたいな姿勢になってるのが怖い。
そんな騒ぎをよそに、村の中央──広場に入ると、ざわざわと人が集まってきた。
パーティーの誰かが勇者の紋章を見せたらしい。さすがに、すぐに歓迎ムードに変わる。
「おお、勇者様方……!」
「よくぞお越しくださいました!」
「食べ物はあんまり出せませんが……水ならたっぷりあります!」
みんな笑顔で迎えてくれて、それだけでこっちの気持ちも和らいだ。
そんな中、村のまとめ役っぽい初老の男性が、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「その……大変厚かましいとは存じますが……一つ、お願いがございまして……」
「どうぞ。言ってください」
私が返すと、老人は困ったように眉を下げた。
「最近、畑に“群れた小鬼”が現れるようになりまして……」
「ゴブリンか」
フェリスが即答する。まー大体そう。
「それが、数こそ少ないのですが、出てくるたび畑を荒らして……それに、昼間から堂々と……」
「それはたしかに厄介ですね」
「昨日は、飼っていた家畜を一頭、持っていかれました……」
ユノの表情が曇った。
私は一つうなずいてから、パーティーを振り返る。
「どうする? 報酬はたぶん出ないけど……訓練も兼ねて、やっとく?」
すると、ベルドがニッと笑う。
「いいじゃん。“全員で連携して戦う”っていうの、一回やっとこうぜ」
「そうね。“一撃必殺”じゃなくて、連携重視で行くなら──」
フェリスも肯定。
でも、私はある男の視線を感じた。
振り返ると、刃真がじっとこっちを見ていた。
いや、“見ていた”というより“構えるタイミングを測っていた”。
「ダメです」
私は人差し指を立てて言う。
「今回は連携訓練回です。一人で戦闘を終わらせないこと。わかりましたね?」
「…………」
返事がない。こいつ、納得してないな?
思わずユノが、にこにこしながら口添えした。
「刃真さん、今日は“みんなで頑張る日”ですよ? 一撃だけで終わっちゃうのは、また今度で」
「うん、そうそう。また今度で斬ってね? 今回はちょっとだけセーブでお願いね?」
「……善処する」
「こわっ! “斬らない”にそんな躊躇い感じたの初めて!!」
私は頭を抱えながら、空を見上げた。
──青空。
敵は雑魚。
仲間は元気。
刃真は……まあ、ギリ我慢する予定。
たぶん、今日こそ“ちゃんとした冒険パーティーらしい戦い”ができる──はず。
……できるといいなぁ。
*****
──畑に、小鬼が現れた。
ギギャギャと鳴き声をあげ、ナイフや棍棒を手にわらわらと草むらから出てくる。
合計、九体。
「作戦通りでいくよ! みんな、配置について!」
「了解!」
「任せろ!」
私は正面から立ち、ベルドが盾を構えて隣へ。
フェリスは横で詠唱を開始し、ユノは後衛で回復の準備。
──そして、刃真は。
遠巻きに敵の動きを見つめていた。
手は、剣にかかっていない。
けれど、その目は、既に“構えの前段階”だった。
(……来るか?)
私は一瞬だけヒヤッとしたが──刃真は、動かない。
小鬼たちが飛びかかってきた瞬間、私は剣を振る。
ベルドが盾を叩きつけ、フェリスの火球が走る。
──その最中。
敵の一体だけ。
こちらを見ていなかった。
仲間を囮に、背後へ回り込もうとしていた。
ユノの真後ろに──
そのとき。
音が、消えた。
──ズバッ。
それは、本当に一音だけだった。
気づいた時には、小鬼の一体が、斜めに裂かれて倒れていた。
ユノは、ギリギリで振り向き、呆然と立ちすくんだ。
後ろに、刃真が立っていた。
剣はすでに納められている。
「……一振り、使ったか」
フェリスがぽつりとつぶやく。
「ユノ、狙われてたの……」
私も状況を把握し、思わず息を吐いた。
戦闘は──残りの敵を全員、私たち四人で倒して終わった。
私は剣を収めながら、火の匂いが立ちこめる畑を見回す。
刃真は、ずっと黙ったまま、静かにこちらを見ていた。
「……ありがとうございます。はざまさんっ!」
ユノが小さく言ったその言葉に、刃真はほんのわずかだけ、まぶたを伏せた。
たぶん──それが、この人なりの“返事”。
一振りしか剣を振らない男。
でもその一太刀があることで、私たちは──やっぱり、安心できるんだと思う。