無口の剣士、呼びかけないとご飯も忘れる
日は落ち、野営の時間になった。
草地に火を囲むように円を描いて座る私たち。
その輪の外、ひときわ空気の異なる場所に──ひとりの剣士がいた。
剣士は、焚き火の向こうで、
構えていた。
しかも、マジの“あの構え”。
姿勢、呼吸、殺気……すべてが、あの戦闘時と一緒。
**“外敵来たら即斬るモード”**を焚き火のそばで発動するという、史上最も緊張感ある見張りスタイルだった。
「……はざま、それ、ずっとやんの?」
「……ああ。見張りだからな」
「構えながら見張る必要ある!?」
「敵が来たら、即応できる」
「知ってた!!」
私がツッコミを入れてる間にも、焚き火を挟んでいるのに、なんか火のあたたかさが感じにくい。
こいつ、マジで“熱気を切ってる”んじゃないの?
「ねえ、焚き火ってこんなにプレッシャーあったっけ……」
ユノが肩をすぼめる。
「シチュー煮えない気がする……見られてて」
「いや、そこは煮えろ!? 俺の今日の全力なんだからな!」
ベルドが手際よく鍋をかき回す。でっかい鍋に、じゃがいも、にんじん、肉。地元のハーブもちょっと入ってる。
「さすがベルド。戦えない時は飯で貢献するの精神」
「言い方な!」
笑いがこぼれる。やっぱりこういうのが、パーティーの醍醐味だ。
「……いい匂いです。あったかいのって、なんか幸せですね」
「うん。旅先で食う“なんか普通”って、なんでこんなにうまいんだろ」
「“普通”が一番贅沢って言うしな」
私たちは、木の器に注がれたシチューを囲みながら、今日一日を振り返っていた。
「それにしても……構えてる剣士が見張りって、普通じゃないよね」
「今さらだけどな」
シチューを囲む火の輪の、すぐ外。
刃真は──まだ構えていた。
斜めの体勢、片膝をわずかに曲げ、視線は森の暗がりへ。
背筋も意識も、ずっと“戦場”のままだった。
「……おいおいマジかよ。まだやってんのかあの人」
「え、食べてないよね……?」
「……お腹すいてないの……?」
さすがに誰かが声をかけるかと思っていたけど、みんなちょっと遠慮してるのがわかった。
私も、最初は見てただけだった。
でも──なんか、違うなって思った。
……普通に呼んであげなよ。
この人、たぶん“戦い方”しか知らないからって、輪からに逃げてるだけじゃない?
だから、勇者としてじゃなく、ただの“仲間”として──私は立ち上がる。
「はざま」
声をかけると、彼は少しだけ動いた。
けど、構えは解かない。
「警戒はありがたいよ?でも、休む時は休もうよ」
「……まだ敵が──」
「来たら、その時に構えればいいよ。いまは、休む時間なんだから」
少し間が空いて、それでも彼が動かなかったから。
私は、もう一歩だけ近づいて、ふふんと笑った。
「ご飯、できたよ。シチュー。ベルドが作ってくれた」
すると。
ピクリ、と肩が揺れて──
彼の構えが、ふっとほどけた。
静かに息を吐いて、鞘に戻された剣は、もう“斬る気配”をまとっていなかった。
「……わかった」
「よろしい」
私は軽く笑って、火の輪に戻る。
刃真も、ほんの少しぎこちない動きで、私たちの輪の中に加わった。
「はいこれ。あったかいうちにどうぞ」
ベルドが差し出した器を、刃真はしばらく見つめたあと──ゆっくりと、受け取った。
口をつけて、ひと口。
「……うまい」
たった一言だったけど。
それだけで、ちょっと場がほぐれた気がした。
「そういや、ていうか今日さ──」
私は火を見ながら、ふと思い出して言った。
「水も飲んでなかったよね」
「……そうだったか?」
「うわ、気づいてなかったの!? やっぱり“生きる意志”薄いよこの人!」
「エネルギー足りてんの!?」
みんなで笑っていると、刃真がポツリとこぼす。
「今日は……うまく斬れたから、少し腹が減っただけだ」
「いや、だから怖いって!!」
フェリスが突っ込む。私は笑いながらも、ちょっとだけ安心してた。
剣ばっかりじゃなくて、“ご飯もうまい”って、そういう感覚がちゃんと残ってる。
きっとこの旅のなかで、少しずつでも──この人も、変わっていくんだ。
場面転換──森の奥、暗き祭壇にて
黒い森の、そのまた奥。
月明かりすら届かぬ、古の石碑に囲まれた広場。
その中心に、ひとりの女が立っていた。
まるで人形のように整った顔立ち。
金糸の髪に黒のローブ。唇は赤く、しかし表情は微笑のまま凍っていた。
「──斥候、三体とも戻らず。かぁ」
彼女は、ゆるく指を動かし、宙に浮かぶ水晶を覗き込む。
そこには、ほんの数秒──刃真の構えと、斬撃の“空白”が映っていた。
「ふうん……」
まるで、たい焼きの尻尾が無かった程度の“気の抜けた”声で、彼女は笑う。
「じゃあ、次は……そうね」
指を鳴らす。
森の奥から、無言のままぞろぞろと影が現れる。黒装束の魔族たち。十、二十、三十……。
「ちゃんとした“部隊”を送ってあげるのだわ」
その声に感情はない。
けれど、どこか“期待”だけが残っていた。
まるで、遊び相手をようやく見つけたかのような。
──魔王軍四天王・ビビアン。
その名は、まだ誰も知らない。