命を懸けて構える男をスカウトしたら、想像以上に重かった
「ねえ、あの剣士……さっきの人。やっぱり、ただ者じゃないよね」
村の井戸端で水をくみながら、私は小声で言った。
声をかけた相手はフェリス──魔導士で、私の右腕。冷静で頭の回るタイプだ。
「やっと気づいた? 今朝の一撃、空間が歪んでたわよ。あれ、斬撃っていうより現象災害よ」
「だよね!? 私、ああいうの初めて見たんだけど!」
刃真。
村の人たちはそう呼んでいた。
昼間は薪を割ったり、畑を手伝ったり、子どもに剣の持ち方を教えていたり。
ぱっと見、ただの無口で真面目な好青年。
でも、その剣気だけは、まるで猛獣の息みたいに張り詰めていて。
「──スカウトしてみようかな」
「……正気?」
「うん」
フェリスは軽く眉をひそめた。
「いや、確かに強いのは認めるわ。でもあの人、絶対なんか“おかしい”わよ。構えたまま数時間動かないとか、生活に支障あるでしょ。剣はすごいけど……絶対一緒に旅するタイプじゃないよ」
「うーん……でも、剣振るの一回だけだから。たぶん、移動中は静かだよ?」
そうこうしてる間に、ちょうど本人が通りがかった。
木材の束を背負って、無言で歩いている。まるで空気の一部みたいに静かだった。
「──ねぇ、ちょっと待って!」
私は駆け寄って声をかけた。
振り返った彼の目は、やっぱり静かで、でも“濁ってない”。
「あなた、すごく強いでしょ? だったらお願い、一緒に来てくれない?」
「……どこへ?」
「魔王を倒しに。私は神殿に選ばれた“勇者”なの」
少しの沈黙。
そして彼は、言った。
「……その旅に、俺の“一撃”は必要か?」
……え?
今、なんて言った?
「いや、普通“はい”とか“いいえ”じゃない? え、なにそれ……?」
私は動揺しながらも、もう一度彼を見た。
彼はまっすぐ、まるで責めるような真顔で言った。
「俺は一戦につき、一振りしか剣を振らない。その一撃は、命を懸けるに値する時だけに振る。
……必要ないなら、行かない」
……ギアが違う。命の懸け方が違いすぎる。
いや、命“懸けすぎ”じゃない!?
会話のスケール感が合わない。
ギアが違う。命の懸け方が違う。
いや、命“懸けすぎ”じゃない!?
「……一振りだけって、本気で言ってるの?」
私は思わず聞き返した。
「冗談に聞こえるなら、まだ死を知らないってことだ」
即答だった。冷たくも怒ってもいない。ただ、異様に静かな声。
刃真はしばらく沈黙したあと、ぽつりと口を開いた。
「……俺は、“外しても”“かわされても”死を選ぶ。
つまり、自分で自分の退路を絶ってる。
客観的に言えば──使いにくいと思うぞ?」
言い方は淡々としていたけど、そこにこもるものは明らかだった。
それは、自嘲じゃない。
“本気?で覚悟を決めた者が言う、冷静な現実”だった。
それでも、私は即答した。
「……大丈夫。それでも私は、あなたを“使いたい”わけじゃない。
“共に”戦いたいの」
重い。
一言一言が、鋼鉄みたいに重い。
「……あの、食後のお散歩みたいなテンションで旅してるこっちの立場って……」
小声でフェリスがぼやいたけど、私は聞こえないふりをした。
いや、わかるけどね。私だって若干引いてるよ。
でも──それでも、私の中に、確かな直感があった。
この人は、本物だ。
理屈も信仰も通り越した、“覚悟の塊”。
そんな人が、もし私の隣に立ってくれたら──
「……いるよ。あなたの一撃が、絶対に必要な場面が」
私は言った。
「これから先、魔王軍と戦うなら……命を懸けた一撃が、どうしても必要な時がある。
だから、お願い。私たちと一緒に来て」
刃真はしばらく沈黙した。
風が、畑を抜ける。村の奥で子どもたちの笑い声が聞こえた。
彼は、そっと目を伏せて、それから静かにうなずいた。
「わかった。
……ただし、俺は“斬る”時だけ動く。
それ以外は、斬らない。振らない。振れない」
「うん、それでいい」
私は頷いた。たぶん、軽すぎるくらいに。
でも、それがきっと、あの人の“覚悟”に応える唯一の答えだと思った。
それから数日後、玖条刃真は正式に私たちのパーティーに加入した。
初日の夜、ユノが嬉しそうにこう言った。
「……なんだか、安心感ありますね。はざまさん、ずっと構えてますけど」
「そうね……背中にいると、無性にプレッシャーを感じるわ」
フェリスが引きつった顔で答える。
「ただの空気の圧で眠れない」とベルドは文句を言ってた。
でも私は、思った。
この人の一振りが、本当に“命懸け”で振られる瞬間。
その時が来たら、私たち全員、たぶん──笑って死ねるなって。
*****
翌朝。
村の朝霧がまだうっすら残る中、私たちは焚き火のそばに集まっていた。
食事の支度はユノ担当。焼きたてのパンとスープの香りが漂う。
……けど、全員の意識は一人に集中していた。
玖条 刃真。
昨日の“一閃”以来、みんなの目が明らかに変わっている。
でもまあ、まだ“名前もロクに知らない男”だしね。
「……ってことで、出発前に自己紹介しとこっか!」
私が手を叩いて場を仕切ると、まずは私から名乗った。
「改めて! 私はアリシア・ブレイヴハート。神殿から選ばれた“第七勇者”で、この旅のリーダーやってます! 剣と回復、バランス型!」
「フェリス・ミレディ。火と風の魔導士。理屈と効率が命。無駄な動きは嫌い」
「よろしく」
フェリスはそっけなく言いながら、刃真をじっと見つめていた。多分、興味津々。
「ベルド・クレイマン。重装盾士。防御担当。好きな言葉は“ドンと来い”」
「……あと、あんたの後ろにはもう立ちたくない。プレッシャーで胃が死ぬ」
「お、おう……」私は思わず笑った。
「ユノ・グレイです。神官で、回復魔法を使えます。あの……はざまさん、昨日の一撃、とても綺麗でした」
ユノの声はいつも通り小さくて優しい。でも、ちゃんと届いていた。
刃真は、ゆっくりと頷き──言った。
「玖条 刃真。……剣士。
一戦につき、一振りだけ剣を振る。以上」
空気が一瞬、ピンと張った。
フェリスがスープを飲む手を止め、
ベルドは「やっぱ胃に悪ぃな……」と呟き、
ユノはそっと笑って「そういうところも……素敵です」と言った。
私は、彼をまっすぐ見た。
「ありがと。これからよろしくね、刃真」
「……ああ。必要とされる限り、斬る」
それが、彼なりの“よろしく”だった。
──こうして、だいたい明るくて、ひとりだけ覚悟の重さが違うパーティーは、村を出発した。
やっぱり、不安しかない。