第2話 日常的に、もう川では泳ぎません!
『もう川では泳ぎません』
その日、僕らは高校の夏休みを利用して、地元の川へ遊びに行くことにした。
メンバーは僕を含めて四人。芳賀、石塚、そして猫田──小学校からの腐れ縁で、気の置けない仲間たちだ。バーベキューセットを持ち寄り、肉も焼きそばも炭も準備は万全だった。
だけど、川に着いた瞬間──僕は、どこか違和感を覚えていた。
この河原は毎年、家族連れや大学生のグループ、町内の子供たちでにぎわっているのが当たり前だった。なのにその日は、どこを見渡しても……僕らしかいなかったのだ。
「誰もいねえじゃん。やったな、貸し切りだ!」
石塚がはしゃぐ。
「こういう日は肉もうまいぞ、なあ芳賀!」
「おう。独占っていいな、独占って!」
みんなは楽しげだった。僕も最初は、“ラッキーな偶然”だと信じたかった。
川は澄んでいて冷たく、夏の熱気を一気に冷ましてくれる。水中眼鏡を装着し、水の中を泳ぐのは本当に気持ちよかった。水草がゆらめき、光が水面から射し込む様子は美しく、まるで異世界にいるようだった。
しばらくすると、芳賀と石塚は先に水から上がって、焚き火の準備に向かった。
「おい、猫田もそろそろ上がれよー!」
「うん、もうちょっとだけー!」
僕は返事をして、水中でくるりと回った。深く息を吐いて浮きながら空を仰ぐと、真っ青な空が視界いっぱいに広がっていた。
──それなのに、なぜだろう。
突然、どうしても“あっち”へ行きたいという気持ちに襲われた。対岸の、少し奥まったあの場所。川の流れが深く、飛び込みができるような岩場がある、誰も行きたがらないスポット。
まるで、誰かに囁かれたかのように。
僕は、ゆっくりとそちらに向かって泳ぎ始めた。
理由なんてなかった。ただ、どうしてもそこから飛び込みたかった。
そして、僕は飛んだ。
空気を切る音。水面に叩きつけられる衝撃。そして、静寂。
水の底に向かって潜る。しかし、浮力に抗いきれず、それ以上は沈めない。そこで力を抜いて、浮上しようとした──その時だった。
ぬるり。
何かが、僕の背中に触れた。
──え?
ドン……。
何かが、のしかかってきた。
肩に重み。首に圧迫感。背中を押しつぶされ、上へ向かおうとする身体が、水の中で止まった。
息が、続かない。
水面が、手の届かない鏡のように遠くにある。
『猫田……?』
心の中で呼んだ。彼がふざけて乗っているのかと、最初はそう思った。
けれど──違った。
こんなにも冷たい何かが、こんなにも重い何かが、猫田のはずがない。
もがいてももがいても、押さえつける力は緩まなかった。
『離れろ、離れろよ!』
僕は苦しさのあまり、昔、祖母に教わった“払いの言葉”を口の中で唱えた。声は泡に変わって、消えていく。
──その瞬間だった。
ズルッ、と何かが抜けていく感覚。
そして、身体が一気に軽くなった。
ブワッと顔を出すと、熱い空気と、まぶしい太陽が視界に飛び込んできた。
「ゲホッ……ゲホッ!」
肺いっぱいに空気を吸い込んだ。岸へと泳ぎ着いた僕は、震える足で河原へ駆け戻った。
「猫田……お前、マジふざけんなよ!」
怒鳴りつけながら、焚き火の周りに目を向けたその時──僕の足が止まった。
猫田は、そこにいた。
芳賀と石塚と一緒に、火起こしをしていた。
「は?……今、川にいたの誰だよ?」
「え……?お前こそ何言ってんの?」
猫田は怪訝そうに僕を見る。僕はしばらく、何も言えずに立ち尽くした。
あれは──一体、誰だったのか。
その夜のバーベキューは、どこかぎこちなく、火を囲む四人の間に妙な沈黙が流れていた。
翌朝。
学校の校門をくぐると、猫田が走り寄ってきた。
「なあ、昨日の河原、ヤバかったみたいだぞ」
「……何が?」
「先週さ、あそこで水難事故があったって……。中学生くらいの男の子が、溺れて亡くなったらしい」
僕の中に、昨日の感触が蘇る。
背中にのしかかった、あの冷たい重み。
息ができず、水面に届かないもどかしさ。
──あれは、助けを求めていたのか。
それとも、引きずり込もうとしていたのか。
答えはわからない。
ただ、ひとつだけ言えることがある。
もう、僕は二度と川では泳がない。
澄んだ水面の下に、何がいるのか──わかってしまったから。
【あとがき】
この時は、本当に息が苦しくて死ぬかと思いました。あと、3秒、遅かったら窒息していたかもしれません。この時、川って怖いと思い、やはり泳ぐならプールの方が良いと思い、それからはお金がかかってでも命の方が大切なのでプールで泳ぐようにしています。魚釣りも辞めました。またここの場所は内緒です。