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NO58:空中要塞の保存食


 分厚い鋼鉄の壁に囲まれた居住区は、今日も食欲をそそる香りで満たされていた。

 しかし、誰もがその香りに浮かれることはない。


 ここは、地球を侵略する異星人との終わりなき戦いを続ける空中要塞「ヴァルハラ」。

 そして、この香りの正体は、今日も兵士たちの命を繋ぐ「空中要塞保存食」、通称空要保存食だった。


 「うっわ、今日の昼飯、またこれかよ…」


 そう呟いたのは、第3強襲部隊の兵士、ジャックだ。

 彼の目の前には、茶色いペースト状の物体が乗せられたトレイがあった。


 見た目は正直言って、食欲を減退させる。


 隣に座るベテラン兵士のジョンが、慣れた手つきでそれを口に運ぶ。


 「文句言うな、ジャック。これでも上出来な方だぞ。初期の空要保存食なんて、鉄の味がしたもんだ」


 「鉄の味って…それもう食べ物じゃないでしょ!」


 ジャックは顔をしかめる。

 しかし、ジョンは懐かしむように遠い目をした。


 「ああ、懐かしいな。あの頃は、『鉄分補給!』って言いながらみんなで無理やり食ってたもんだ。おかげで便秘になるやつが続出してな…」


 「それ、笑い事じゃないですから!」


 その時、食堂のスピーカーから、司令官の声が響いた。


 「全兵士に告ぐ。現在、我々は敵の奇襲攻撃により、予期せぬ航路変更を余儀なくされている。最短でも、あと72時間は着陸できない見込みだ。食料の配給は、この空中要塞保存食のみとする。各自、節度を持って食すように」


 食堂はざわめきに包まれた。

 72時間、つまり丸3日。


 空要保存食だけで過ごすのは、兵士たちにとって精神的に堪えることだった。


 「うわー、まじかよ。デザートの配給もなしってこと?」


 「あの乾燥ミートバーさえもなしなんて…」


 あちこちから不満の声が上がる。

 ジョンはため息をついた。


 「まあ、仕方ない。これも任務だ」


 その日の夕食も、翌日の朝食も、昼食も、すべて空要保存食だった。

 兵士たちの間には、徐々に疲弊の色が濃くなっていった。


 「なあ、ジョンさん。この空要保存食って、一体何でできてるんですか?」


 ジャックが恐る恐る尋ねる。

 ジョンは少し考え込んだ後、答えた。


 「昔、開発部から聞いた話じゃ、栄養価の高い藻類と、あとは…食用昆虫の粉末だったか?」


 「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 ジャックは盛大に叫んだ。

 食堂にいた他の兵士たちも、その言葉に顔色を変える。


 「ちょっと待ってくださいよ!昆虫って…ゴキブリとかですか!?」


 「いやいや、まさか。ちゃんと食用に育てられたやつだよ。ほら、クリケットとかワームとか…」


 ジョンが説明を続けるほどに、兵士たちの顔色は悪くなっていく。


 「…もう無理。吐きそう…」


 「俺、もう一口も食えない…」


 そんな空気が充満する中、突然、食堂の入り口から声が響いた。


 「皆さん、お静かに!」


 そこに立っていたのは、この要塞の食料管理を担当するシェフ、ゴンザレスだった。

 彼は白衣に身を包み、いつもは温厚な表情をしているが、今は珍しく真剣な顔をしている。


 「皆さん、確かにこの保存食は見た目も味も、決して最高の出来とは言えません。しかし、これがあるからこそ、皆さんは戦い続けられるのです!」


 ゴンザレスの熱弁に、兵士たちは静まり返る。


 「そして…実はこの保存食、ただの保存食ではありません!」


 ゴンザレスはにやりと笑った。

 兵士たちは、その言葉に戸惑いを隠せない。


 「これは…宇宙に浮かぶ空中要塞にいる皆さんのために、私が特別に開発した**『宇宙の恵み!七変化グルメペースト』**なのです!」


 「ななへんか…?」


 ジャックが呟く。


 「そうです!例えば、乾燥野菜を混ぜれば即席シチュー!香辛料を加えればスパイシーカレー!そして…」


 ゴンザレスは、懐から小さな袋を取り出した。


 「これを加えれば…なんと!宇宙最強のプリンになるのです!」


 兵士たちはざわめいた。

 プリン?あの茶色いペーストが?


 ゴンザレスは自信満々に、保存食にその粉末を混ぜ、かき混ぜ始めた。

 みるみるうちにペーストはクリーム色に変わり、甘い香りが漂い始める。


 「さあ、お食べなさい!」


 そう言って差し出されたプリンを、恐る恐るジャックが口にする。


 「…甘い!美味しい!まさか、あの空要保存食がこんな味に!?」


 食堂には驚きと喜びの声が響き渡る。

 兵士たちは、ゴンザレスの魔法にかかったかのように、プリンを次々と口に運んでいく。


 ジョンもまた、驚いた顔でプリンを味わっていた。


 「まさか、あの鉄の味がした保存食がここまで進化していたとはな…」


 全員がプリンを堪能し終わった頃、ゴンザレスは満足げに言った。


 「どうですか?これがあれば、あと72時間どころか、720時間でも耐えられるでしょう!」


 兵士たちは口々にゴンザレスを称賛した。

 要塞内の雰囲気は、一気に明るくなった。


 その夜、ジャックはジョンと二人きりで当直についていた。


 「それにしても、ゴンザレスさんのプリン、本当に美味かったですね!」


 ジャックが感心したように言うと、ジョンは苦笑いした。


 「ああ、美味かったな。だがな、ジャック。実はな…」


 ジョンは声を潜めて、ジャックの耳元に囁いた。


 「あのゴンザレスの『七変化グルメペースト』、昔っから要塞に常備されてる**『非常用栄養補助剤』**を、それっぽくネーミング変えただけなんだぜ」


 「…………は?」


 ジャックは固まった。


 「おまけに、あの『宇宙最強のプリン』の粉末も、ただのバニラエッセンス入り甘味料だ。俺たちはまんまとゴンザレスの術中にハマったってわけだ」


 ジャックは、自分のトレイに残ったプリンの残骸をじっと見つめた。

 先ほどまで感じていた感動が、音を立てて崩れていく。


 「な、なんてことだ…俺たちは…ゴンザレスさんに騙されて…」


 ジャックはがっくりと肩を落とした。

 しかし、ジョンは肩をポンと叩く。


 「まあ、騙されたおかげで、みんな元気になったんだ。それに、どんなに不味いものでも、美味しく食べられる工夫は大事ってことさ。な?」


 ジョンはニヤリと笑った。

 ジャックは、複雑な表情でプリンの残骸を見つめながら、それでも少しだけ、ゴンザレスへの感謝の気持ちが芽生えていることに気づいた。


 「…確かに、そうですね。まあ、美味かったし、結果オーライ、ですかね」


 そう言って、ジャックは残っていたプリンを一口で頬張った。

 その顔には、先ほどまでの絶望ではなく、かすかな笑みが浮かんでいた。


 空中要塞「ヴァルハラ」は、今日も遥かな宇宙の彼方を飛び続ける。

 そして、兵士たちは今日も、ゴンザレスの「魔法」にかけられながら、空要保存食を美味しく食べ続けるのだった。


 ゴンザレスの「魔法」は、兵士たちの士気を保つために必要不可欠だったようです。



 あなたの部隊にも、こんなユニークな工夫をする人がいますか?


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