NO57:呪われた古城の晩餐会
朽ちかけた古城に響くのは、風の唸りと、時折の話し声だけだった。
かつての栄華は見る影もなく、壁は剥がれ落ち、蜘蛛の巣があらゆる隙間を埋め尽くしている。
城に暮らすのは、領主の遠縁にあたるアメリア、執事のセバスチャン、そして見習い料理人のフィン。
呪いによって城は朽ち、領民は離れ、残ったのは彼ら三人だけだった。
「セバスチャン、本当にこのレシピしかないの?」
アメリアが埃まみれの古文書を指さした。
そこには、インクが滲み、ほとんど読めない文字で「領主の愛した至高の晩餐」と記されている。
「はい、アメリア様。この城に残された唯一の、そして最も重要な記録です」
セバスチャンが深々と頭を下げる。
フィンが心配そうに呟いた。
「でも、こんな状態で、本当に作れるんですか?食材だって、まともに手に入らないのに……」
「できるわ!」
アメリアは強く言った。
「この城の呪いを解くには、きっと領主様の愛した料理を完璧に再現するしかないのよ!」
それから数日、彼らはレシピの解読に挑んだ。
「『黄金の林檎』?林檎なんて、どこにもないじゃない!」
アメリアが叫ぶ。
「それに、『妖精の吐息』って何よ!?」
フィンが首を傾げる。
「もしかして、これは隠喩表現かもしれませんな」
セバスチャンが冷静に分析する。
「『黄金の林檎』は、ひょっとすると特別な調理法を施したジャガイモかもしれません」
「ジャガイモ!?」
アメリアとフィンは顔を見合わせた。
食材探しも困難を極めた。
城の庭には雑草が生い茂り、まともな野菜すら見つからない。
セバスチャンがどこからか持ってきたのは、しおれたキャベツと、かろうじて食べられそうなキノコだけだった。
「これは……本当に『至高の晩餐』になるのでしょうか……」
フィンが弱々しく言った。
「諦めないで、フィン!」
アメリアが彼を励ます。
「レシピには『情熱こそが最高のスパイス』って書いてあったわ!私たちには情熱があるじゃない!」
セバスチャンが静かに付け加えた。
「そして、我々には卓越した代用品を見つける能力があります」
調理が始まった。
レシピには「太陽の光を浴びた鶏」とあったが、彼らが用意したのは、骨と皮ばかりの痩せた鶏だった。
「太陽の光を浴びた鶏肉って、スーパーで売ってるやつじゃないですかね?」
フィンが困惑した。
「この城にスーパーはないわ!」
アメリアが怒鳴る。
「では、太陽の光に見立てて、窓際で日光に当ててみましょう」
セバスチャンが提案した。
鶏肉は窓際に置かれ、やがて表面が乾燥してカピカピになった。
「これ、本当に美味しいの?」
フィンが不安そうに尋ねる。
「大丈夫よ!きっと、昔の人は今よりもっとワイルドだったのよ!」
アメリアは無理やり自分を納得させた。
「『妖精の吐息』、つまりはふわふわのスフレですね!」
セバスチャンが自信満々に言った。
しかし、彼らが手に入れたのは、賞味期限が切れかけた卵と、湿気た小麦粉だけだった。
フィンが懸命に泡立てるが、卵白は一向に固まらない。
「ダメだ、泡立たない!」
フィンが嘆く。
「まさか、妖精の吐息って本当に妖精が吐いた息だったりして……」
アメリアが冗談めかして言った。
「では、アメリア様、一度大きく息を吐いてみてください」
セバスチャンが真顔で言う。
アメリアは言われた通りに大きく息を吐いた。
その瞬間、信じられないことに、卵白がわずかに盛り上がった。
「え、今、ちょっと膨らんだ!?」
アメリアとフィンは驚き、セバスチャンは満足げに頷いた。
結局、それは単なる気のせいだったが、そのおかげで彼らは粘り強く泡立て続けた。
そして、ついに晩餐の時が来た。
食卓には、しおれたキャベツを煮込んだスープ、カピカピになった鶏肉、そして、どう見てもスフレには見えないぺしゃんこの卵料理が並んだ。
「さあ、召し上がれ!」
アメリアが自信満々に言った。
フィンがおそるおそるスープを一口飲む。
「……うっ」
フィンが顔をしかめる。
「どうしたの、フィン?」
アメリアが尋ねる。
「いや、あの、なんていうか……土の味がします」
アメリアもスープを口にする。
「……確かに、ちょっと、ワイルド」
セバスチャンが静かに鶏肉に手を伸ばす。
「なるほど。これは新しい食感ですな。砂漠の干し肉のようです」
その時、城の壁から、ゴゴゴ……と音がした。
「な、何!?」
アメリアが驚く。
城の壁の一部が剥がれ落ち、そこから一冊の
古びた本が転がり出てきた。
「これは……!」
セバスチャンが本を拾い上げる。
それは、彼らが参考にしていたレシピとは全く別の、新しいレシピ本だった。
本のタイトルは、『領主の愛したゲテモノ料理集』。
「げ、ゲテモノ……!?」
アメリアが絶句する。
その本には、こう書かれていた。
『黄金の林檎:腐った林檎をさらに熟成させたもの。』
『妖精の吐息:森の奥深くで採取した、カビの一種。』
「……私たちは、一体何を作っていたの……?」
フィンが呆然と呟いた。
そして、レシピ本の最後のページには、こう記されていた。
「このレシピは、呪いにより不味くなる。呪いを解くには、本当に美味しい料理を作ること」
アメリアは立ち上がった。
「いいわ!だったら、今度こそ、本当に美味しい料理を作ってやるわ!普通の、美味しい料理をね!」
その日から、城の食卓には、普通の、しかし心温まる料理が並ぶようになった。
やがて、城の呪いは少しずつ解け始め、朽ちかけた壁に、ほんのりと緑が芽吹き始めたという。
呪われた古城の晩餐会は、不味い料理の饗宴から、美味しい料理への情熱を生み出すきっかけとなったのだった。
そして、フィンは立派な料理人に、アメリアは城の再建に尽力し、セバスチャンは相変わらず真顔で、彼らを支え続けた。
めでたし、めでたし。




