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NO56:略奪者のジャム


 薄暗い塹壕の中、兵士たちの顔には疲労と飢えの色が濃く浮かんでいた。

 何日もまともな食料にありついていない彼らにとって、次に襲撃する村からの略奪は、生きるための唯一の希望だった。


 「おい、聞いてくれ!」


 物資調達班のリーダーであるゴリラのような体格の男、ドムが興奮気味に叫んだ。


 「次の村、かなりの食料があるらしいぞ!特に、甘いジャムが大量にあるって話だ!」


 その言葉に、兵士たちの間に微かなざわめきが広がった。

 ジャム。甘いもの。彼らの乾ききった心に、一筋の光が差し込んだようだった。


 「ジャムだと?この戦場でそんなもの、贅沢品にもほどがあるだろ!」


 皮肉屋のレオンが吐き捨てるように言った。

 しかし、彼の目もまた、僅かに輝いているのをドムは見逃さなかった。


 「いいか、これは命令だ!ジャムは最優先で確保しろ!特にイチゴジャムだ!」


 ドムの言葉に、兵士たちは困惑した。

 食料なら何でもいいはずなのに、なぜジャム、しかもイチゴジャムにこだわるのか。


 「ドムさん、どうしてそんなにジャムにこだわるんですか?」


 最年少の兵士、ピートが恐る恐る尋ねた。

 ドムは遠い目をして、ゴツゴツした指で顎を撫でた。


 「昔、俺のばあちゃんがよく言ってたんだ。『戦争中は、甘いものが一番の薬だ。特にイチゴジャムはな』ってな。なぜか、知らんがな!」


 兵士たちは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

 しかし、ドムの言葉には、不思議な説得力があった。


 彼らは再び、甘いジャムへの期待を胸に、次の作戦へと向かった。


 村はあっけなく陥落した。

 略奪品は山と積まれ、兵士たちは餓えを満たすために我先にと食料に群がった。

 

 その中で、ドムはひときわ目を輝かせ、ジャムの入った木箱を抱えていた。


 「やったぞ!イチゴジャムだ!ほら、お前たちも食え!」


 ドムは瓶を開け、躊躇なく指ですくい取ると、そのまま口に運んだ。

 彼の顔は至福に歪んだ。


 「う、うまい!ばあちゃんのジャムには敵わねぇが、これでも十分だ!」


 他の兵士たちも次々とジャムを口にした。

 その瞬間、彼らの顔から疲労と警戒の色が消え、まるで子供のような無邪気な笑顔がこぼれ落ちた。


 「なんだこれ、すげぇ甘い!」


 「本当に心が和むな…」


 レオンもまた、無言でジャムを舐め続けていた。

 彼の目尻には、ほんの僅かだが、涙が浮かんでいるようにも見えた。


 その夜、兵士たちはジャムを肴に、普段はしないような昔話に花を咲かせた。


 故郷の家族のこと、子供の頃の夢、そして、戦争が終わったら何をしたいか。

 彼らの間には、一時的ではあるが、確かな平和が訪れていた。


 翌朝、夜明けと共に彼らは再び戦場へと向かった。

 しかし、前日とは少しだけ違っていた。


 彼らの顔には、かすかな笑みが浮かび、心の中には、甘いジャムの思い出が、小さな光のように灯っていた。


 数週間後、彼らは激しい戦闘の末、敵軍に包囲されてしまった。

 弾薬も食料も底を尽き、絶望的な状況だった。


 「もうダメだ…」

 

 ピートが震える声で呟いた。

 兵士たちの間には、諦めの色が広がり始めていた。


 その時、ドムがおもむろにリュックから何かを取り出した。

 それは、あの時のイチゴジャムの瓶だった。中身はもうほとんど残っていない。


 「おい、まだこれがあったぞ!」


 ドムは残りのジャムを指ですくい取ると、ピートに差し出した。


 「ほら、食え。ばあちゃんが言ってたろ?甘いものは最高の薬だってな」


 ピートは震える手でジャムを受け取り、ゆっくりと口に運んだ。

 甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、彼の全身に温かいものが巡るのを感じた。


 「…美味しい」


 ピートの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、恐怖や絶望ではなく、温かい記憶と、まだ生きていることへの感謝の涙だった。


 その様子を見た他の兵士たちも、ジャムの残りを分け合った。一人一口。

 その甘さは、彼らの心に再び希望の光を灯した。


 「よし、まだやれる!」


 レオンが立ち上がり、声を上げた。彼の目には、かつての皮肉屋の影はなく、ただ強い意志が宿っていた。

 その後の戦闘は、奇跡的としか言いようがなかった。


 彼らは、わずかなジャムが与えてくれた力を胸に、最後の力を振り絞って戦い、ついに包囲網を突破したのだ。


 後日、彼らは安全な場所で休養を取っていた。

 ドムは空になったジャムの瓶を眺めながら、満足そうに微笑んだ。


 「結局、ばあちゃんのジャムが一番だったな」


 レオンが隣でクスリと笑った。


 「そうだな。でも、あの時のイチゴジャムも悪くなかったぜ。特に、あの絶望的な状況で食った一口はな」


 ピートがそれに続いた。


 「あのジャムのおかげで、僕はまた頑張ろうって思えました」


 彼らはもう、略奪者ではなかった。

 あのジャムが、彼らの心を一瞬だけ和ませ、そして、生きる希望を与えてくれたのだ。




 戦場に甘いジャムは不釣り合いだと思っていたが、まさに彼らの心を救ったのはそのジャムだった。


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