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NO51:敗者のコーンミール


 西日の差し込む薄暗い掘っ立て小屋で、カイは膝を抱えて座っていた。

 手の中にあるのは、水で練られただけのコーンミール。


 故郷では家畜の餌にすらならないような代物だ。泥水のようなそれに、スプーンを差し込む気力も湧かない。


 「くそっ……」


 唇から漏れたのは、乾いた呪詛の言葉だった。

 数日前まで、カイは誇り高き兵士だった。


 いや、将軍、と言っても過言ではない。

 幾多の戦場を駆け抜け、勝利を掴んできた。


 人々は彼を「鋼鉄のカイ」と呼び、畏れと尊敬の眼差しを向けた。

 だが、今はどうだ?


 「全て、終わったんだな」


 隣に座っていた老兵、ハルが静かに呟いた。  

 ハルはカイの副官だった。

 幾度となくカイの無謀な突撃を諫め、その命を救ってきた男だ。


 そのハルの顔にも、深い疲労と絶望が刻まれている。


 「終わったさ。何もかも」


 カイは自嘲気味に笑った。


 「俺の誇りも、故郷も、仲間たちも……」


 数日前、彼らは最後の戦いに挑んだ。

 圧倒的な敵の軍勢に対し、カイたちは勇敢に立ち向かった。


 誰もが勝利を信じていた。

 カイ自身も、心の中で「今回も勝つ」と疑わなかった。

 しかし、結果は惨敗だった。


 故郷は焼き払われ、多くの仲間が命を落とした。

 生き残ったのは、わずか数十人。

 そして、彼らは今、こうして敵地の片隅で息を潜めている。


 「しかし、カイ殿」

 

 ハルがゆっくりと顔を上げた。


 「まだ、終わってはいませんよ」


 カイはハルを見た。

 その瞳には、かつての輝きはない。

 ただ、虚ろな光が宿るだけだ。


 「何を言ってるんだ、ハル。見てみろよ、このザマを。俺たちは敗者だ。負け犬なんだ」


 「負けた、と認めるのはまだ早い。我々が生きている限り、希望はあります」


 「希望? どこにそんなものがある? 俺たちは何も持っていない。武器も、食料も、そして……」


 カイは言葉を切った。そして、絞り出すように続けた。


 「そして、心もだ」


 ハルは黙ってカイの肩に手を置いた。

 その手は震えていた。


 「わかっています。辛いでしょう。私も同じ気持ちです」


 ハルの声は、かすかに震えていた。


 「ですが、カイ殿。あなたはまだ、生きている。それだけが、今の我々の唯一の希望なのです」


 カイはハルの言葉に、何も返すことができなかった。

 ただ、冷え切ったコーンミールを呆然と見つめる。


 その時、小屋の入り口が開き、一人の若い兵士が顔を覗かせた。


 「将軍、ハル副官。見回り、交代します」


 その声に、カイははっと顔を上げた。

 まだあどけなさの残る顔だが、その目には強い意志が宿っている。


 彼もまた、家族を失い、全てを奪われた一人だ。

 それでも、彼は任務を全うしようとしている。


 「ああ、ご苦労」


 ハルが優しい声で答えた。


 若い兵士は、カイの傍らに寄り添うように座った。

 そして、無言で自分のコーンミールを差し出した。


 「将軍、どうぞ」


 カイは驚いて兵士を見た。

 兵士のコーンミールは、カイのものよりも量が少ない。

 明らかに、自分の分を分けてくれているのだ。


 「お前……」


 「大丈夫です。俺はまだ若いんで、腹は減りません」


 兵士はにかっと笑った。その笑顔は、ひどく幼い。


 カイは言葉を失った。

 自分は全てを失ったと思っていた。

 心まで失ったと。


 だが、目の前のこの若者は、たとえ全てを失っても、他者を思いやる心を失っていなかった。


 「……ありがとう」


 カイは震える手で、そのコーンミールを受け取った。

 そして、ゆっくりとスプーンを差し込み、口に運んだ。


 味気ない。何の味もしない。だが、そのコーンミールは、これまでのどんなご馳走よりも、温かく、そして、深い味がした。

 それは、敗者のコーンミールではなかった。それは、希望の、再生の、コーンミールだった。


 「ハル……」

 

 カイは静かに言った。


 「まだ、やれるかもしれないな」


 ハルは何も言わず、ただ深く頷いた。

 彼の目にも、わずかな光が宿り始めていた。


 「俺たちは、まだ終わっていない。確かに、全てを失った。だが、まだ、仲間がいる。そして……」


 カイは若い兵士の顔を見た。


 「まだ、未来がある」




 若い兵士は、ニコリと微笑んだ。その笑顔は、西日の中で、かすかに輝いていた。


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