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NO50:浮遊厨房の秘め事


 「くそっ、またこの揺れか!」


 ゴン、と額を天井のパイプにぶつけた料理長、ジャックは悪態をついた。

 ここは「天空のオデッセイ号」の厨房。


 地上数百メートルを浮遊するこの豪華飛行船で、彼はたった一人、料理の腕を振るっていた。


 「今日のメインはふわとろオムライスだって言ったろ! こんな揺れじゃ卵が飛び散るっつーの!」


 フライパンの中で、かろうじて形を保っているオムレツの卵液がプルプルと震えている。

 ジャックは脂汗を流しながら、片手でフライパンを揺れに合わせて微調整し、もう片方の手で必死に天井のパイプを掴んでいた。


 「もう! ジャックったら、またそんなところで叫んでるの?」


 厨房の入り口からひょっこり顔を出したのは、フロア担当のベティだ。

 彼女の真っ赤なエプロンと、いつもと変わらない笑顔が、ジャックの苛立ちに拍車をかける。


 「ベティ! お前はいいよな、客席は揺れが少ないんだから! こっちは常に嵐の中だぜ!」


 「あら、そう? でもお客様は、ジャックのふわとろオムライスを心待ちにしてるわよ?」


 「うぅ……わかってるよ、わかってるさ!」


 ジャックは大きく息を吐いた。

 この船の料理は、彼にしかできない。

 

 なぜなら、この船の安定性そのものが、彼の料理に依存しているからだ。


 「おい、いつものやつ、頼むぞ!」


 背後から声がした。振り返ると、船長が仁王立ちで立っている。

 船長はいつも渋い顔をしているが、ジャックの料理だけは心から楽しみにしている、数少ない理解者だ。


 「わかってますよ、船長。これがないと、船がまっすぐ飛んでくれませんもんね」


 ジャックはニヤリと笑い、棚の奥から古びた木箱を取り出した。

 中には、使い込まれたすり鉢とすりこぎ、そして何種類ものスパイスの瓶が入っている。


 その中でもひときわ存在感を放っているのが、真っ黒でゴツゴツとした、石のような塊だった。


 「これですよ、これ。『気流安定の秘塩』。これを入れないと、オムライスも船も、まともに安定してくれないんですから」


 ジャックはそう言って、その秘塩をすり鉢に入れ、ゴリゴリとすり始めた。

 厨房に広がる独特の香りに、ベティが目を丸くする。


 「ジャック、それって本当に塩なの? なんか、地球の裏側の土の匂いがするんだけど……」


 「バカ言え! これだから素人は困る! この香りが、気流を整え、船体を安定させるんだよ!」


 実際、この秘塩を料理に使うようになってから、船の揺れは格段に減った。

 特にオムライスは、その効果が顕著で、どんなに荒れた気流の中でも、卵はふわふわ、ライスはしっとりとした最高の状態で提供できるようになったのだ。


 「しかし、この秘塩も残り少なくなってきましたねぇ」

 

 船長が腕を組みながら言った。


 「そうなんですよ。気づいたら、小瓶に入ってた物なんで、どこで手に入るのか……」


 ジャックが頭を抱えていると、ベティがひらめいたように言った。


 「もしかして、あのこと関係あるのかしら?」


 「あのことって?」


 ジャックは顔を上げた。


 「ほら、ジャックがいつも、オムライスを作る前に、自分の頭をゴンってぶつけるじゃない? あれって、もしかして、気流が悪い時だけぶつける癖、とか?」


 ジャックは一瞬固まった。


 「……は? なに言ってんだお前?」


 「だって、いつも天井のパイプにぶつかってるじゃない! あれって、ジャックが船の揺れを感じ取って、無意識にやってるのかと!」


 「ち、違うわ! あれは単なる不注意だ! 不注意でぶつけてるだけだ!」


 ジャックは必死に否定したが、船長が腕を組み、納得したような顔で頷いている。


 「なるほど、そういうことだったのか! あの秘塩の成分は、料理長の頭をぶつける衝撃と、その後の『痛い!』という叫び声に含まれる微弱な脳波が、空中のエネルギーと共鳴して生成される、と!」


 「ちょっと待ってください船長! そんな馬鹿な話があるかっ!」


 ジャックは顔を真っ赤にして叫んだ。

 しかし、船長は聞く耳を持たない。


 「よし! これからはオムライスの注文が入るたびに、料理長には頭をぶつけてもらうぞ! 『秘塩生成儀式』だ!」


 「ふざけるなーっ!」


 結局、その日以来、「天空のオデッセイ号」の厨房からは、ふわとろオムライスを作る度に、「ゴン!」「痛いっ!」というジャックの叫び声が響き渡るようになった。


 そして、その度に、船は不思議なほど安定し、お客様は最高のオムライスを味わうことができたという。




 ジャックの孤独な戦いは、今日もまた、盛大なヘッドバンギングと共に続いていくのだった。


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