表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/60

NO48:死霊術師の不味いスープ


 漆黒の森の奥深く、朽ちた古城の片隅に、忌み嫌われる死霊術師ネクロムの隠れ家はあった。

 彼の名は村人から畏れられ、呪われ、そして何よりも「不味いスープ」の主として知られていた。


 もっとも、そのスープを口にした者はネクロム自身以外には存在しないのだが。


 「うむ……今日のスープも、なかなかの仕上がりだ」


 ネクロムは、湯気の立ち上る土鍋を覗き込み、満足げに呟いた。

 とは言っても、その顔はいつも土気色で、満足しているのかどうかも判別しにくい。


 彼は大きな木製のスプーンで、どろりとした灰色がかった液体をすくい上げ、ゆっくりと口に運んだ。


 「ぐっ……おぇえっ!」


 案の定、ネクロムは激しくむせた。

 目尻には涙が滲み、顔はさらに青ざめる。


 「……しかし、この苦みがたまらないのだよな。生を実感させてくれる」


 彼は震える声でそう言い訳し、再びスプーンを口に運ぼうとする。

 その瞬間、隠れ家の扉が勢いよく開いた。


 「ネクロム! お前、またそんなものを飲んでいるのか!」


 そこに立っていたのは、ネクロムの数少ない友人……と本人は思っている……で、自称「正義の味方」を名乗る聖騎士、アルベールだった。全身を白銀の鎧で包み、眩いばかりの光を放っている。


 「おお、アルベールか。相変わらず騒がしい奴め。見ての通り、私は今、至福の時を過ごしているのだ」


 ネクロムは眉一つ動かさず、平然と答える。


 「至福だと!? その腐ったような匂い、何度嗅いでも慣れんわ! 村人たちがお前のせいで食欲不振に陥っているぞ!」


 アルベールは鼻をつまみながら叫んだ。


 「ふむ、それは気の毒なことだ。だが、私の生命維持には必要不可欠なのだよ、このスープは。材料の選定から調理法まで、門外不出の秘奥義が詰まっている」


 ネクロムは得意げに胸を張る。


 「秘奥義だと? 材料は森で拾った謎のキノコと、どこの誰とも知れない骨、それに賞味期限切れのスライムの粘液だろうが!」


 アルベールの言葉に、ネクロムはピクリと反応した。


 「な、なぜそれを……」


 「何度かお前の隠れ家を探索した際に、偶然目にしたんだ! それに、あのスライムの粘液は、森の生態系を乱すから使うなとあれほど……」


 アルベールは呆れたように首を振る。


 「ぐぬぬ……しかし、このスープ以外に私の生命を繋ぎとめるものはないのだ。以前、試しに村の食堂で食事をした際など、どうにも胃が受け付けなくてな……」


 ネクロムは遠い目をして語る。


 「当たり前だ! 普通の料理が食えない体になっているんだろ! それに、お前、最近顔色が良くなっているぞ。その不味いスープのせいではないはずだ」


 アルベールの指摘に、ネクロムはごくりと唾を飲み込んだ。


 「そ、そんなことはない! 相変わらず不味い! 不味くてこそ、私の魂は研ぎ澄まされるのだ!」


 ネクロムは焦ったようにスープをかきこむ。  

 しかし、その顔は以前よりも明らかに生気が宿っていた。


 「おい、隠し事をしているな? 白状しろ、ネクロム。お前、何か別のものを口にしているだろう」


 アルベールは鋭い眼光でネクロムを睨みつけた。

 ネクロムは視線を泳がせ、口を開きかけるが、言葉が出ない。


 その時、隠れ家の奥から、か細い声が聞こえてきた。


 「ネクロムおじちゃーん、今日のデザートはまだ?」


 アルベールが振り返ると、そこには愛らしい少女が立っていた。

 小さな花柄のエプロンをつけ、手には使い古された絵本を抱えている。


 「あ、アリス!? なぜここに!?」


 ネクロムは慌てふためき、土鍋を隠すように少女の前に立つ。


 「おじちゃん、約束したでしょ? 今日はプリン作ってくれるって」


 アリスは首を傾げ、ネクロムを見上げた。


 「プリンだと!? ネクロム、お前、まさか……」


 アルベールは驚愕の表情でネクロムとアリスを交互に見た。ネクロムは観念したようにため息をつく。


 「……その通りだ。最近、このアリスという孤児を拾ってな。彼女、普通の料理しか食べられないものだから、色々と試行錯誤しているうちに、私も少しずつ普通食が食べられるようになってきたのだ」


 ネクロムは気まずそうに目を伏せた。


 「だから最近、顔色が良かったのか! まったく、お前という奴は……」


 アルベールは呆れながらも、どこか安堵した表情を浮かべた。


 「でも、おじちゃんのスープはやっぱり不味いよ。焦げた泥水みたい」


 アリスは率直な感想を述べ、ネクロムはがっくりと肩を落とした。


 「ははは! 見ろ、ネクロム! 子供は正直だな!」


 アルベールは大笑いした。ネクロムは頬をひくつかせながらも、土鍋のスープをそっと遠ざける。


 「だ、だが、このスープは私の原点……」


 「もう十分だろう。お前には、もっと美味しいものが待っているはずだ」


 アルベールはアリスの頭を優しく撫でた。

 アリスはにこりと笑い、ネクロムの手を引いた。


 「おじちゃん、早くプリン作ろう! 私、お手伝いするよ!」


 「お、おお……分かった。では、今日は特別に、極上のプリンを作ってやろう」


 ネクロムはぶつぶつ言いながらも、アリスに連れられて台所へ向かう。


 その日、隠れ家からは甘く香ばしい匂いが漂い、アルベールは満足げに頷いた。

 不味いスープは、土鍋の中で静かに、そしてひっそりと冷めていく。


 もう、誰もそのスープを「ネクロムの生命を繋ぐ唯一の糧」とは呼ばないだろう。

 


 なぜなら、ネクロムの生命を繋ぐ新たな糧は、すでにそこにあったのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ