表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

NO47:白旗ごはん


 焦げ付くような空腹が、胃を蝕んでいた。乾いた喉はもう何日も水を求めている。

 土埃にまみれた顔を上げた先に広がるのは、焼け焦げた村の残骸と、地平線まで続く焦土。僕たちは、負けたのだ。


 「もう、終わりか……」


 誰かが力なく呟いた。

 声に力はなく、ただ絶望だけが滲んでいた。


 僕たちの部隊は、この数週間の激戦でほとんど壊滅状態だった。

 食料も尽き、弾薬も底をついた。何よりも、戦う気力が、心の底から枯れ果てていた。


 「隊長……どうしますか」


 震える声で尋ねたのは、まだあどけなさの残る新兵だった。

 彼の顔は煤と涙でぐちゃぐちゃになっていた。隊長は何も言わない。


 ただ、遠くの丘をじっと見つめていた。その視線の先には、敵の旗が風に揺れている。

 しばらくの沈黙の後、隊長はゆっくりと立ち上がった。


 その手には、白く汚れた布切れが握られている。


 「……降伏する」


 その言葉は、僕たちの耳には現実感なく響いた。降伏。

 それは、僕たちが最も恐れ、決して口にすることのなかった言葉だ。


 「ですが、隊長! まだ戦えます!」


 新兵が叫んだ。だが、彼の声はすぐに他の兵士たちの力ない「もう無理だ……」という呟きに掻き消された。


 隊長は僕たちの顔を一人ひとり見つめ、そして静かに言った。


 「これ以上、無駄な血を流す必要はない。生きて、帰るんだ」


 隊長の声は、僕たちの凍りついた心に、わずかながら温かいものを灯した。

 僕たちは、隊長の言葉に従った。


 白い布切れが風になびく。それは、僕たちの敗北を、そして新たな始まりを告げる白旗だった。

 敵兵に囲まれ、僕たちは武装解除された。抵抗する気力など、僕たちには残っていなかった。


 敵兵の表情は、僕たちと同じ人間とは思えないほど冷酷に見えた。

 これからどうなるのだろう。拷問? それとも、即座の処刑? 不安と恐怖が、再び僕たちの心を覆う。


 「おい、お前ら! こっちだ!」


 敵兵の一人が、荒々しい声で僕たちを促した。

 連れて行かれたのは、焼け残った村の広場だった。


 そこには、大きな鍋がいくつも並べられ、湯気が立ち上っている。

 そして、鼻腔をくすぐる、何とも言えない芳ばしい匂い。


 「これは……?」


 誰かが呆然と呟いた。僕たちの視線は、鍋の中へと吸い寄せられた。

 そこには、白い湯気の中に、信じられない光景が広がっていた。


 「飯だ。食え」


 無愛想な声と共に、目の前に差し出されたのは、木の器に山盛りになった白い米だった。

 ツヤツヤと輝く一粒一粒。湯気と共に立ち上る、あの懐かしい匂い。


 僕たちは、一瞬言葉を失った。

 何日ぶりの、いや、何週間ぶりのまともな食事だろうか。


 戦闘が始まってから、僕たちが口にしてきたのは、乾パンと保存食ばかりだった。

 温かい食事など、夢のまた夢だった。


 「食っていいのか……?」


 新兵が震える声で尋ねた。

 隊長は黙って器を受け取ると、ゆっくりと米を口に運んだ。


 その瞬間、隊長の目から、一筋の涙が流れ落ちた。

 僕も、隊長に続いて米を口にした。


 口の中に広がるのは、米本来の優しい甘みと、ふっくらとした食感。

 温かい米が、冷え切った僕たちの体にじんわりと染み渡っていく。


 「うまい……」


 誰かが嗚咽を漏らした。

 僕も、もう止まらなかった。

 次から次へと米をかき込んだ。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、ただひたすらに食べた。


 周りの兵士たちも同じだった。

 皆、無心で米を口に運び、中には声を上げて泣いている者もいた。


 敵兵たちは、そんな僕たちをただ静かに見つめていた。

 その表情には、先ほどの冷酷さはなく、どこか複雑な感情が入り混じっているように見えた。


 満腹になった頃には、僕たちの心は、いくらか落ち着きを取り戻していた。

 まだ、戦いは終わっていない。

 これから、捕虜としての生活が始まるだろう。


 厳しい道のりが待っているに違いない。

 しかし、この白旗ごはんは、僕たちに生きる希望を与えてくれた。

 絶望の淵で、僕たちは、人間としての尊厳を、そして生きることの喜びを、この一杯の米から教えられた。


 「隊長……」


 「なんだ」


 「僕、生きててよかったです」


 新兵の言葉に、隊長は静かに頷いた。


 「ああ。生きていれば、またこうして温かい米が食える」


 僕たちは皆、空になった器を握りしめ、夜空を見上げた。

 あの満腹感は、僕たちが降伏を選んだことの、何よりの証拠だった。


 白旗は、ただの降伏の合図ではなかった。

 



 それは、僕たちが再び人間らしい生活を取り戻すための、最初の一歩だったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ