NO47:白旗ごはん
焦げ付くような空腹が、胃を蝕んでいた。乾いた喉はもう何日も水を求めている。
土埃にまみれた顔を上げた先に広がるのは、焼け焦げた村の残骸と、地平線まで続く焦土。僕たちは、負けたのだ。
「もう、終わりか……」
誰かが力なく呟いた。
声に力はなく、ただ絶望だけが滲んでいた。
僕たちの部隊は、この数週間の激戦でほとんど壊滅状態だった。
食料も尽き、弾薬も底をついた。何よりも、戦う気力が、心の底から枯れ果てていた。
「隊長……どうしますか」
震える声で尋ねたのは、まだあどけなさの残る新兵だった。
彼の顔は煤と涙でぐちゃぐちゃになっていた。隊長は何も言わない。
ただ、遠くの丘をじっと見つめていた。その視線の先には、敵の旗が風に揺れている。
しばらくの沈黙の後、隊長はゆっくりと立ち上がった。
その手には、白く汚れた布切れが握られている。
「……降伏する」
その言葉は、僕たちの耳には現実感なく響いた。降伏。
それは、僕たちが最も恐れ、決して口にすることのなかった言葉だ。
「ですが、隊長! まだ戦えます!」
新兵が叫んだ。だが、彼の声はすぐに他の兵士たちの力ない「もう無理だ……」という呟きに掻き消された。
隊長は僕たちの顔を一人ひとり見つめ、そして静かに言った。
「これ以上、無駄な血を流す必要はない。生きて、帰るんだ」
隊長の声は、僕たちの凍りついた心に、わずかながら温かいものを灯した。
僕たちは、隊長の言葉に従った。
白い布切れが風になびく。それは、僕たちの敗北を、そして新たな始まりを告げる白旗だった。
敵兵に囲まれ、僕たちは武装解除された。抵抗する気力など、僕たちには残っていなかった。
敵兵の表情は、僕たちと同じ人間とは思えないほど冷酷に見えた。
これからどうなるのだろう。拷問? それとも、即座の処刑? 不安と恐怖が、再び僕たちの心を覆う。
「おい、お前ら! こっちだ!」
敵兵の一人が、荒々しい声で僕たちを促した。
連れて行かれたのは、焼け残った村の広場だった。
そこには、大きな鍋がいくつも並べられ、湯気が立ち上っている。
そして、鼻腔をくすぐる、何とも言えない芳ばしい匂い。
「これは……?」
誰かが呆然と呟いた。僕たちの視線は、鍋の中へと吸い寄せられた。
そこには、白い湯気の中に、信じられない光景が広がっていた。
「飯だ。食え」
無愛想な声と共に、目の前に差し出されたのは、木の器に山盛りになった白い米だった。
ツヤツヤと輝く一粒一粒。湯気と共に立ち上る、あの懐かしい匂い。
僕たちは、一瞬言葉を失った。
何日ぶりの、いや、何週間ぶりのまともな食事だろうか。
戦闘が始まってから、僕たちが口にしてきたのは、乾パンと保存食ばかりだった。
温かい食事など、夢のまた夢だった。
「食っていいのか……?」
新兵が震える声で尋ねた。
隊長は黙って器を受け取ると、ゆっくりと米を口に運んだ。
その瞬間、隊長の目から、一筋の涙が流れ落ちた。
僕も、隊長に続いて米を口にした。
口の中に広がるのは、米本来の優しい甘みと、ふっくらとした食感。
温かい米が、冷え切った僕たちの体にじんわりと染み渡っていく。
「うまい……」
誰かが嗚咽を漏らした。
僕も、もう止まらなかった。
次から次へと米をかき込んだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、ただひたすらに食べた。
周りの兵士たちも同じだった。
皆、無心で米を口に運び、中には声を上げて泣いている者もいた。
敵兵たちは、そんな僕たちをただ静かに見つめていた。
その表情には、先ほどの冷酷さはなく、どこか複雑な感情が入り混じっているように見えた。
満腹になった頃には、僕たちの心は、いくらか落ち着きを取り戻していた。
まだ、戦いは終わっていない。
これから、捕虜としての生活が始まるだろう。
厳しい道のりが待っているに違いない。
しかし、この白旗ごはんは、僕たちに生きる希望を与えてくれた。
絶望の淵で、僕たちは、人間としての尊厳を、そして生きることの喜びを、この一杯の米から教えられた。
「隊長……」
「なんだ」
「僕、生きててよかったです」
新兵の言葉に、隊長は静かに頷いた。
「ああ。生きていれば、またこうして温かい米が食える」
僕たちは皆、空になった器を握りしめ、夜空を見上げた。
あの満腹感は、僕たちが降伏を選んだことの、何よりの証拠だった。
白旗は、ただの降伏の合図ではなかった。
それは、僕たちが再び人間らしい生活を取り戻すための、最初の一歩だったのだ。




