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NO43:酒場のパン、弾丸の音


 「おい、ジェイク! まだか!?」

 

 耳をつんざく銃声の合間を縫って、バーテンダーのハリーが叫んだ。

 カウンターの陰に身を潜めながら、彼は空になったショットグラスを壁に向かって投げつける。


 もちろん、何の意味もない。ただの苛立ちの表明だ。

「わかってるよ、ハリー! パンは急げないんだ!」

 

 厨房からは、ジェイクの呑気な声が返ってくる。

 外では相変わらず銃撃戦が続いている。


 ギャングの抗争か、それとも保安官の介入か。

 どちらにせよ、この酒場「乾いた喉」は、今や戦場のど真ん中にあった。

 

 窓ガラスは砕け散り、壁には無数の弾痕が刻まれている。

 客たちは皆、テーブルの下やカウンターの陰にへばりつき、ガタガタと震えていた。


 そんな中、厨房から漂ってくる香ばしい匂いは、ひどく場違いだった。


 「パンだと? 冗談だろ、ジェイク! 俺たちは今、死ぬかどうかの瀬戸際なんだぞ!」


 ハリーが叫ぶ。


 「だからこそだよ、ハリー。人間、いつ死ぬかわからないんだ。最後に美味いパンを食って死にたいだろ?」


 「誰もそんなこと望んでねぇよ!」

 

 ジェイクは、この酒場の片隅でパンを焼くのが日課だった。

 店の評判は「酒も飲めるし、美味いパンもある」という、西部では珍しいものだった。


 しかし、まさか銃撃戦の最中にまでパンを焼くとは、ハリーも思わなかった。

 一際大きな爆発音が響き、店の奥の壁に大きな穴が開いた。

 外から土煙が吹き込み、客たちの悲鳴が上がる。


 「畜生! もう駄目だ!」ハリーが絶望的な声を出す。


 「いや、まだだ!」

 

 厨房から、白い粉まみれになったジェイクが顔を出す。

 その手には、こんがりと焼きあがったばかりの大きな丸いパンが抱えられていた。


 熱気が立ち上り、芳醇な小麦の香りが店中に広がる。


 「できたぞ、焼きたてだ!」


 ジェイクは得意げにパンを掲げる。

 その瞬間、銃声がピタリと止んだ。

 店の中にいた全員が、固唾を飲んでジェイクとパンを見つめる。外からも、何かが止まったような静寂が漂ってくる。


 「……何だ、この匂いは?」


 店の外から、野太い声が聞こえた。どうやら、抗争の真っ只中にいた者たちも、この香りに気づいたらしい。


 「パンか? パンを焼いているのか!?」

 

 恐る恐る、店の入口から一人の男が顔を覗かせた。

 その男は、いかにも悪人面で、手にはまだ銃を握っている。


 「おい、兄ちゃん! そのパン、ちょっと見せてみろ!」

 

 男に続いて、続々と他のギャングたちが店に入ってくる。

 彼らもまた、銃を構えたまま、パンの香りに誘われるようにして集まってくる。


 「焼きたてですよ。いかがですか?」


 ジェイクはにこやかに答える。

 ギャングの一人が、警戒しながらパンに近づき、鼻をくんくんと鳴らした。


 「う、美味そう……」

 

 別のギャングが、ゴクリと唾を飲み込む。

 やがて、店の外から保安官の一団も現れた。


 彼らもまた、店から漂ってくるパンの匂いに誘われたのか、銃を下げて様子を伺っている。


 「保安官さんたちも、いかがですか? 今なら、熱々ですよ」


 ジェイクが提案する。

 保安官の一人が、困惑した表情で同僚を見る。


 「パン……か」

 

 結局、その日、「乾いた喉」では、ギャングと保安官が銃を置かせられ、焼きたてのパンを頬張ることになった。

 ジェイクが丹精込めて焼いたパンは、冷え切った彼らの心を、文字通り温かく溶かしていく。


 「こんな美味いパン、初めて食ったぜ……」


 ギャングの一人が涙ぐむ。


 「ああ、俺もだ……」


 保安官も同意する。

 その光景を見て、ハリーは頭を抱えた。


 「おいジェイク! お前、一体何やってんだ!」


 「ん? 美味しいパンをみんなに振る舞っているんだよ、ハリー。争いなんて無意味だろ? パンを食べて、みんな仲良くなればいいんだ」

 

 結局、この抗争は、パンによって呆気なく終結した。

 そして、「乾いた喉」は「パンが繋ぐ平和の酒場」として、伝説になったという。


 「でも、パンの代金はちゃっかり請求したんだろ、ジェイク?」


 ハリーが呆れて尋ねる。




 「もちろんさ、ハリー! 商売だからね!」

 ジェイクは満面の笑みで答えた。


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