NO41:重力調整器と宇宙寿司
ここは巨大宇宙ステーション
「コスモポリタン」多種多様な星系から集まった異星人でごった返す、まさに宇宙のるつぼだ。
それぞれの故郷の重力環境に合わせて設計された居住区がパッチワークのように広がり、行き交う誰もがそれぞれの重力調整器をピッタリと装着している。
特に賑わうのは、ステーションの中央に位置する「寿司横丁」
なぜかって? 寿司は、この宇宙ステーションにおける共通言語だからだ。
どんな星から来た異星人も、寿司の食感には一家言持っている。
「大将! いつものマグロ重力強化握り!」
威勢のいい声の主は、タコ型異星人、タコリーナだ。
彼女の故郷は地球の3倍近い重力を持つ惑星で、常に体が沈み込むような感覚の中で生きている。
だから、寿司ネタもシャリも、よりしっかりとした「噛み応え」を求める。
「へいへい、タコリーナさん! 今日もグンニャリとした食感がお好みで?」
カウンターの向こうで握るのは、地球人ケン
彼が握る寿司は、それぞれの異星人の重力環境に合わせて、シャリの握り具合、ネタの切り方、さらにはネタそのものの硬さに至るまで微調整されるのだ。
「フン! グンニャリじゃないわよ、大将! この弾力こそが至高の食感なの! あなたの握りはいつも最高だわ!」
タコリーナは器用に触手で寿司をつまみ上げ、満足そうに口に運ぶ。
その横では、細い体をしたゼリー状の異星人、プルプルが小刻みに震えていた。
彼の故郷はほとんど重力がない惑星で、地球の重力では体がバラバラになりそうになるらしい。
「あのぅ……ケンさん……わ、私は……エビのフワフワ握りを……」
プルプルの声は、今にも消え入りそうだ。
「あいよ、プルプルちゃん! いつもの空気みたいな食感で、ふわっと握るよ!」
ケンは、プルプルのために特別に開発した「微細気泡入りシャリ」を取り出し、まるで綿菓子を扱うかのように優しくエビを乗せる。
プルプルはそれをゆっくりと口に運び、目を見開いた。
「う、美しい……まるで夢の中にいるようです……」
その様子を見ていたタコリーナが呆れたように言う。
「アンタの食べ物、いつもすぐに形が崩れてるじゃない。ちゃんと食べた気しないわよ」
「形が崩れるのがいいんです! 口の中でスッと消えていくのが!」
タコリーナとプルプルの間に、寿司をめぐる熱い議論が繰り広げられた。
ケンはそんな二人のやり取りを微笑ましく見つめながら、次々と寿司を握っていく。
彼の店は、文字通り「重力の違いを超えて」人々を繋ぐ場所だった。
そんなある日のこと。ステーション全体を揺るがす緊急アナウンスが響き渡った。
「緊急事態発生! 重力調整装置に異常発生! 各居住区の重力バランスが不安定になっています! 全員、最寄りの避難所へ!」
ケンは顔色を変えた。重力調整装置の異常? それはつまり、異星人たちにとって死活問題だ。
「大変だ! みんな、すぐに避難所に!」
店内はパニックに陥った。
タコリーナは体が軽くなりすぎて触手が宙を舞い、プルプルは体が急に重くなったせいでカウンターにへたり込んだ。
「大将! 私の体がフワフワしすぎよ! こんなんじゃマトモに歩けないわ!」
「ケンさん! 私の体が…まるで岩のようです…動けません…!」
ケンは焦った。避難所までたどり着けない異星人もいる。何とかしなければ。
その時、彼の目に飛び込んできたのは、カウンターに並べられた寿司ネタの数々だった。
(そうだ、これだ!)
ケンはひらめいた。彼は急いで、今まで異星人たちのために調整してきた様々な寿司ネタを手に取った。
「よし、みんな! 僕が今からスペシャルな寿司を握る! それを食べて、避難所まで行こう!」
「なんですって!?」
タコリーナが驚きの声を上げた。
ケンは、タコリーナのために、普段は絶対に握らない「超高密度マグロ軍艦」を握った。
ネタのマグロは普段の5倍の厚さ、シャリはカチカチに固めてある。
「タコリーナさん、これを食べて! 重くなった体でも、これならしっかりとした足取りで歩けるはずだ!」
タコリーナは恐る恐るそれを口に入れた。
すると、どうだろう。彼女の体が少しずつ安定していく。
「お、重い! でも、体がしっかりするわ! 不思議ね!」
次にケンは、プルプルのために、普段はありえない「カニカマ超軽量握り」を握った。
カニカマは極限まで薄くスライスされ、シャリは空気をたっぷり含ませて、まるで羽のように軽かった。
「プルプルちゃん、これを食べて! 体が軽すぎてフワフワするのを、少しだけ重くする効果があるんだ!」
プルプルはそれを口にし、驚きの声を上げた。
「あ、歩ける…! ふわふわしすぎないで、ちょうどいい浮遊感です!」
ケンは次々と異星人たちのために寿司を握った。
体が軽くなりすぎた異星人には重いネタを。
体が重くなりすぎた異星人には軽いネタを。
時には、複数のネタを組み合わせ、絶妙なバランスを作り出した。
「ギャラクシー星人さんにはウニとイカの反重力巻き!」
「クエーサー星人さんにはイビツな形のイクラ宇宙ドーム軍艦!」
店内にいた異星人たちは、ケンが握る不思議な寿司を食べ、それぞれの体に適した重力を得て、無事に避難所へと向かうことができた。
ケンは、最後に残ったシャリとネタで、自分用の寿司を握った。
「やれやれ、これで一安心だな」
彼が作ったのは、ごくごく普通の、どこにでもあるような「マグロの握り」だった。
地球の重力に最適化された、いつもの寿司。
彼はそれを口にし、至福の表情を浮かべた。
数日後、重力調整装置の異常は無事に復旧した。寿司横丁には、再び賑わいが戻っていた。
「大将! この前の寿司、本当に助かったわ! おかげで無事に避難できたわよ!」
タコリーナが感謝の言葉を述べる。プルプルも隣で深々と頭を下げた。
「ケンさん、本当にありがとうございました。あの時のカニカマ超軽量握り、忘れられません!」
ケンは照れくさそうに笑った。
「いやいや、君たちが無事で何よりだよ。でも、あの時の寿司はもう二度と作れないな。あれは緊急事態だったからこそ、生まれた奇跡の寿司だよ」
その言葉に、タコリーナはニヤリと笑った。
「あら、そう? でも、ちょっとだけ期待してるわよ、大将。またいつか、あの超高密度マグロ軍艦が食べられる日をね!」
プルプルも小さな声で言った。
「わ、私も……カニカマ超軽量握り…」
ケンは苦笑いしながら、いつものように寿司を握り始めた。
重力はそれぞれ違っても、寿司を通して繋がる絆は、この宇宙ステーションで確かに育まれている。
そして、彼らが求める食感の追求は、これからも続いていくのだろう。
もしかしたら、いつか本当に「奇跡の寿司」が定番メニューになる日が来るのかもしれない。




