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NO4:終末レシピ:#047β

 薄暗いシェルターの奥、埃っぽい端末が鈍い光を放っている。

 壁には無数のケーブルが絡みつき、僅かな振動が「ラボ」と呼ばれるこの空間を満たしていた。

 モニターに映し出された文字は、「終末レシピ:#047β」。終末戦争から200年、人類最後の食を再現するプロジェクトは、ついに最終段階を迎えていた。


 かつての地球を覆い尽くしていた膨大な「食」のデータの中から、選ばれた最後のピース。それは、最も普遍的で、最も当たり前だったはずの、「パン」の記録だった。


 「ノア、準備は?」


 主任研究員のシオンが、無精髭を撫でながら若い助手に声をかけた。

 シオンの声には、長年の研究で培われた疲労と、しかし確かな期待が滲み出ていた。

 ノアは黙って頷き、クリーンルーム内のカプセルから取り出した最後の「素材」を手に取った。

 それは、灰色に変色し、ほとんど原形を留めていない小さな固形物だった。

 終末戦争の混乱の中で奇跡的に残された、たった一つの「パン」の残骸。


 そのDNA情報を元に、200年の歳月と、莫大な資源を費やして、この日のために復元された、希望とも絶望ともつかない塊。


 「これを……本当に食べるんですか?」


 ノアの声には、微かな震えがあった。

これまで、様々な「再現食」を試してきたが、  

 どれも成功とは言えなかった。しかし、今回の「パン」は、これまでで最も正確なデータに基づいて復元されたものだった。


 シオンは薄く笑った。


 「もちろんだ。我々の祖先が、どんな絶望の中でも食べ続けた『食事』だ。この味を知らなければ、未来を語る資格はない」


 培養装置から取り出した、わずかに残された小麦の遺伝子情報と、戦争後も生き残った数少ない菌類を掛け合わせ、緻密な計算と、幾度もの失敗の末に完成した「パン」は、見た目はひどく不格好だった。

 焦げ付いたような黒い部分と、不気味なほど白い部分が混在している。


 まるで、終末戦争の傷跡をそのまま形にしたかのようだ。しかし、解析データはこれが、かつて地球上に溢れていた、ありふれた「パン」であると示していた。

 その不完全な姿こそが、むしろリアルさを物語っていた。


 シオンは慎重にそれをスライスし、プレートに乗せてノアに手渡した。

 ノアの手が僅かに震える。二人は向かい合い、深く息を吸い込み、そして、ゆっくりと目を閉じた。数秒の沈黙の後、ゆっくりと「パン」を口に運んだ。


 硬い。まず最初に感じたのは、それだった。まるで石を噛んでいるかのような固さ。

 次に、かすかな酸味と、底知れない苦みが舌を襲う。それは、単なる不味さとは異なる、生命の根源を揺さぶるような、深い苦みだった。


 そして、最後に残ったのは、得体の知れない土のような風味。

 まるで、戦争で荒廃した大地そのものを食べているかのようだ。


 「……これが、パン」


 ノアが呟いた。その声には、信じられないという感情と、途方もない失望が入り混じっていた。

 シオンはゆっくりと目を開き、その顔には諦めと、しかし、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。


 「ああ、そうだ。これが、終末を生き抜いた我々の祖先が、最後に食べた味だ」


 シオンは残りの「パン」を一口で飲み込んだ。その表情は、まるで何かの真理に到達したかのように穏やかだった。


 「分かったぞ、ノア。これで、未来のレシピが決まった」


 「え? どういうことですか?」


 ノアが訝しげに尋ねると、シオンは端末に向き直り、キーボードを叩き始めた。

 その指の動きは、先ほどまでの重苦しさとは打って変わって、軽快で確信に満ちていた。


 「我々は、この味を忘れてはならない。そして、未来永劫、この味を二度と再現してはならない。これこそが、人類が食を通じて得た、最後の教訓だ」


 モニターには、新たなプロジェクト名が表示された。その文字は、シェルターの薄暗闇の中で、希望の光のように輝いていた。


 プロジェクト:#001∞


 人類、二度とパンを作らざるべし

シェルターの奥深く、人類は「絶望の味」を記憶し、そして、二度と同じ過ちを繰り返さないという決意と共に、新たな「食」への渇望を、静かに育み始めたのだった。

 



 かつての「パン」が象徴する、ありふれた日常と、それがいかに尊いものであったか。その苦い教訓は、新たな文明を築く人類の、根源的な指針となるだろう。


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