NO39:クローン兵の晩餐
銀河の果て、名もなき惑星の食堂に、ストームトルーパーたちがぞろぞろと入ってくる。
真っ白な装甲服に身を包んだ彼らは、一見すると皆同じ顔、同じ体格。
しかし、テーブルに着く彼らの間には、奇妙な空気が漂っていた。
「おい、今日の晩飯、なんだと思う?」
一人のトルーパーが、隣に座った仲間に肘で小突く。彼はJT-867、通称「ジェイト」。
「さあな、どうせいつもの合成栄養ペーストだろ? 俺はもう飽き飽きだぜ、JT」
と応じたのは、JT-868、通称「ハチロク」。
彼もまたジェイトと瓜二つの顔を持つ。
「ちげーよ! 俺は今日の昼、帝国軍の新型レーション、デザート味だったんだぞ! 訓練中にひっそり食ったんだ!」
ジェイトが声を潜めて自慢げに言うと、ハチロクは目を見開いた。
「なにィ!? デザート味だと!? 俺はいつものシリアルだぞ!」
彼らはクローン兵だ。カミーノで生まれ、過酷な訓練を経て帝国軍の兵士となった。
遺伝子レベルで同じ彼らにとって、唯一にして最大の個性の違い、それは食の記憶だった。
「だーかーら、言ったろ? クローンは完全に同じじゃないって。生まれる場所も、配属される部隊も、そこで与えられる食事も全部違うんだよ」
と、彼らのテーブルにやってきた古参兵、CT-210、通称「ニイマル」がため息をつく。
ニイマルは、どこか疲れたような表情をしていた。
彼もまた、ジェイトたちと瓜二つの顔だが、目元に深い皺が刻まれている。
「でもニイマル先輩、俺たちって結局、**『クローン兵』**じゃないですか」
ハチロクが納得いかない顔で言う。
「違うんだよ! お前ら、まだ新兵だからピンと来ねえんだ。あのな、例えば俺はな、配属されて初めての食事で、とんでもなく美味い宇宙カツカレーってのを食ったんだ。あれは忘れられねえな…」
ニイマルは遠い目をする。
「宇宙カツカレー!?」
ジェイトとハチロクが同時に叫ぶ。
「ああ、とろっとろのルーに、サクサクのカツ! あれを食ってから、俺はカツカレーのことしか考えられなくなった。おかげで、どんなミッションも乗り切れたってもんだ」
その時、食堂の扉が開き、厨房から給仕ドロイドがワゴンを押して現れた。
ドロイドは無機質な声で告げる。
「本日の夕食は、合成栄養ペースト、プレーン味となります」
食堂中に、落胆のため息が広がる。
ジェイトはガックリと肩を落とし。
「ああ、やっぱりかよ…」
と呟いた。
「くそっ! 俺は今日こそ、ウワサの惑星タトゥイーン風ジャンクフード盛り合わせが食えると思ってたのに!」
ハチロクが地団駄を踏む。
「タトゥイーンのジャンクフード? あんなもん、食えるか!」
ニイマルが眉をひそめる。
「俺はな、一度でいいから、故郷カミーノのシーフードシチューってやつを食ってみたいんだよ。訓練所の教官が、あれは絶品だっって言ってたんだ」
クローン兵たちは皆、与えられた合成ペーストを無言で口に運ぶ。
彼らの間には、それぞれが抱える「食の記憶」が生み出す、奇妙な壁が立ちはだかっていた。
その晩、彼らはそれぞれのベッドに戻った。
隣り合うベッドに横たわるジェイトとハチロクは、しばらくの間、天井をじっと見つめていた。
「なあ、ハチロク」
ジェイトが静かに口を開いた。
「なんだよ、ジェイト」
「俺、今日、新型レーションのデザート味食ったって言ったろ?」
「ああ…」
ハチロクの声には、まだ羨望が混じっていた。
「あれ、実は…砂の味がしたんだ。なんか、変なザラザラしたやつが混じってて…」
ハチロクは沈黙した。そして、おもむろに上体を起こし、ジェイトの顔を覗き込んだ。
「マジかよ、ジェイト! 俺、ずっとデザート味って聞いて、羨ましかったんだぞ! うわー、マジかー…」
ハチロクはガックリと肩を落とし、枕に顔を埋めた。
「でもな、ハチロク。お前が食ったって言ってたシリアルは、俺からしたらとんでもなく美味そうだったぜ? 俺、昔からシリアルが大好きなんだ」
ジェイトは少し照れくさそうに言った。
ハチロクは顔を上げ、じっとジェイトの目を見つめた。
二人の顔は全く同じはずなのに、その瞳の奥には、それぞれ異なる「食の記憶」が、淡い光を宿しているように見えた。
翌日、訓練場で。
「おい、ジェイト! ハチロク! 新兵ども!」
ニイマルが声をかける。
「はい、ニイマル先輩!」
二人が姿勢を正す。
「お前ら、今日の晩飯、期待しとけよ。司令官がな、特別に**『宇宙最高級グルメビュッフェ』**を用意したってよ!」
ジェイトとハチロクの顔が輝いた。
「マジっすか!? シーフードシチューっすか!?」
ジェイトが目を輝かせた。
「タトゥイーンのジャンクフードっすか!?」
ハチロクが前のめりになる。
ニイマルは満足げに頷いた。
「ああ、好きなもん、好きなだけ食えるらしいぞ! これで、お前らの食の記憶も、上書きされるってもんだ!」
その日の晩、食堂はかつてないほどの賑わいを見せていた。
豪華な料理が並べられたビュッフェ台の前には、興奮したクローン兵たちが長蛇の列を作っている。
「うおおお! これが宇宙カツカレーか!?」
ニイマルが歓喜の声を上げる。
「うっひゃー! シーフードシチューだ! 美味そう!」
ジェイトが目を輝かせている。
「ジャンクフード盛り合わせ! 最高だぜ!」
ハチロクも興奮を隠せない。
皆が思い思いの料理を皿に盛り、幸せそうに口に運ぶ。
その光景は、まるで長年の夢が叶ったかのような、満ち足りたものだった。
しかし、その幸福な時間は長くは続かなかった。
突如、食堂のスピーカーから、司令官の威厳ある声が響き渡った。
「兵士諸君! 今、緊急の連絡が入った。帝国の新たな任務だ! 食事は速やかに終了し、各自、指定された待機場所へ移動せよ!」
食堂は一瞬にして静まり返った。兵士たちは、皿に残った料理に未練がましい目を向けながら、ぞろぞろと立ち上がる。
「うそだろ…」
ジェイトが呟いた。
「まだ、一口しか食ってねえのに…」
「俺もだ…」
ハチロクが顔をしかめる。
「タトゥイーンのジャンクフード、あと五種類は食うつもりだったのに…」
ニイマルは、フォークに刺さった宇宙カツカレーを虚ろな目で見つめていた。
「…結局、宇宙カツカレー、一口も食ってねえよ…」
数時間後、宇宙船の貨物室。
緊急ミッションのために集められたクローン兵たちは、それぞれ持ち場についていた。
ジェイト、ハチロク、そしてニイマルも同じ貨物室に配置されている。
「くそっ! あんなに楽しみにしてたのに、結局食えずじまいかよ!」
ハチロクがぶつぶつと文句を言っている。
「仕方ねえよ、ハチロク。これが俺たちの運命なんだ」
ニイマルは諦めたように言う。
その時、ジェイトが突然、何かを思い出したように叫んだ。
「あ! 待てよ! 俺、食ったぞ!」
「何をだよ、ジェイト?」
ハチロクが訝しげに尋ねる。
「あのデザート味のレーション! 今日、宇宙船に乗る直前に、こっそり食ったんだ!」
ハチロクは目を見開いた。
「マジかよ!? 砂の味がしたって言ってたやつか!?」
「ああ、でもな…」
ジェイトは少し口ごもり、照れたように続けた。
「今日のは、ちょっと美味かった…気がする。なんか、甘かったような…」
その瞬間、ニイマルが、貨物室の奥に積み上げられた物資の山を指差した。
「おい、あれ、見ろ!」
ジェイトとハチロクがニイマルの指差す方を見ると、そこには大量の帝国軍レーションの箱が積まれていた。
そして、その箱の一つには、大きくこう書かれていた。
「新型レーション:デザート味(試供品) ※砂入り」
ジェイトは自分の手のひらを見つめ、ハチロクは頭を抱え、ニイマルは遠い目で宇宙を見つめていた。
クローン兵にとって、唯一異なるはずの「食の記憶」は、結局のところ、ただの「思い込み」でしかなかったのだ。




