NO36:ロシアンルーレット・グルメ
凍てつく風が吹き荒れる氷河惑星の地平線に、鈍色の探査機がゆっくりと近づいていく。
ハッチが開き、重厚なブーツを履いた兵士たちが次々と降り立った。
彼らの吐く息は瞬く間に白く凍りつき、視界を遮る吹雪の中で、兵士たちの顔には疲労と諦めがにじんでいた。
「くそっ、またこんな辺鄙な場所かよ」
小隊長のザックがヘルメット越しに悪態をついた。彼の隣で、ひときわ背の高い兵士、レオンがスコップを肩に担ぎ直し、ぼやいた。
「文句言っても腹は膨れねえぞ、ザック。それに、ここなら何か『当たり』が出るかもしれねえ」
レオンの言葉に、他の兵士たちから冷ややかな笑いが漏れる。彼らは知っていた。
この「冷凍コンテナ・ロシアンルーレット・グルメ」において、「当たり」は滅多に出ないことを。
数時間後、地中深くに埋もれていた巨大なコンテナが姿を現した。
兵士たちの間に、わずかな期待と、それ以上の不安が広がる。
「よし、開けるぞ!」
ザックの号令とともに、兵士たちが一斉にコンテナのハッチに群がる。
錆びついたロックがけたたましい音を立てて外され、分厚い扉がゆっくりと開いた。
中から吹き出す冷気が、兵士たちの顔を凍えさせる。
「おいおい、なんだこりゃ……」
最初に中を覗き込んだ新兵のコウが、呆然とした声を上げた。
コンテナの中には、びっしりと凍り付いた大量の砂が詰まっていた。
「まじかよ……!」
レオンが天を仰ぐ。ザックもまた、深い溜め息をついた。
「おまけに、砂かよ。これで今月の配給も期待できねぇな」
肩を落とす兵士たち。その中で、一人の男だけが、目を輝かせていた。
元・宇宙船整備士のシェフ、カイだ。
彼は、発掘された謎の食材を独創的な「フュージョン料理」に変える天才だった。
「これは……面白い! このきめ細かい砂は、もしかしたら凍結乾燥された古代の珪藻土かもしれない! これを使えば、究極のサクサク感を追求できるぞ!」
カイの言葉に、兵士たちは顔を見合わせた。彼の奇妙な発想には慣れているものの、さすがに砂を食料にするという発想にはついていけない。
「カイ、冗談はやめてくれよ。さすがに砂は食えないだろ」
ザックが呆れたように言うと、カイは真剣な顔で首を振った。
「馬鹿を言うな、ザック。食材に不可能はない! しかも、この砂には微量ながら未知のミネラルが含まれている可能性がある。これは大発見だ!」
そう言って、カイはせっせとコンテナから砂を運び出し始めた。
兵士たちは呆れながらも、彼の熱意に押し切られ、作業を手伝った。
その夜、兵舎にはいつもと違う異様な匂いが充満していた。
カイが砂を調理しているのだ。
ゴーグルの奥の目がらんらんと輝き、手際よく調理器具を操る。
「おい、本当に食えるのか、これ……」
レオンが心配そうにカイの調理を覗き込んだ。
カイは得意げに頷いた。
「心配ない。古代の珪藻土を高温で焙煎し、特殊な液体窒素で急速冷却することで、驚くべき食感が生まれる! そこに、今日発掘された『謎のキノコ』と『光る苔』を加えて……」
カイの言葉尻に、兵士たちの顔がひきつる。「謎のキノコ」は青紫色に発光し、「光る苔」は触れると微かに電気を帯びていた。
やがて、カイは完成した料理を大皿に乗せて運んできた。
それは、真っ黒なペースト状の物体の上に、蛍光色のキノコが乗せられ、その周りを淡く光る苔が彩る、およそ食欲をそそらない代物だった。
「さあ、名付けて**『星屑のサクサク・ゲオプテロン』**だ!」
カイが自信満々に差し出すと、兵士たちは顔を見合わせた。
しかし、空腹には勝てず、意を決して一口、口に運ぶ。
「……ん?」
最初に食べたザックが、訝しげな声を上げた。
「……あれ? 意外と、悪くない?」
レオンが恐る恐る口に入れる。すると、彼の顔に驚きが広がった。
「うわっ! なんだこれ!? サクサクを通り越して、もはやカチカチじゃねえか! でも、後から来るこの……キノコの独特の旨味と、苔の清涼感が……不思議と合う!」
兵士たちは次々と料理を口にした。最初は戸惑っていた彼らも、次第にその奇妙な味の虜になっていく。
「なんだか、体が軽くなってきたような……」
コウが呟くと、突然、ザックが立ち上がり、腰を振り始めた。
「おい、ザック! 何やってんだ!?」
レオンが驚いて叫ぶと、ザックは真顔で答えた。
「いや、分からん! 何だか急に、踊りたくなって……体が勝手に……止まらねぇ!」
次の瞬間、レオンもまた、腕を大きく振り上げて奇妙なステップを踏み始めた。
兵舎の中は、カイが作った奇妙な料理を食べた兵士たちの、意味不明なダンス会場と化した。
皆、笑顔で踊り狂っている。
カイは満足そうにその光景を眺めていた。
彼の生み出す料理には、食べた者を奇妙な衝動に駆り立てる副作用があることは、兵士たちの間ではもはや周知の事実だった。
ある時は歌い出し、ある時は宇宙の果てまで走り出したくなる衝動に駆られる。
しかし、誰も文句を言わない。この極寒の惑星で、彼らの心を温め、日々の単調な任務に彩りを与えてくれるのは、カイの奇妙な料理だけだったからだ。
翌日、発掘されたコンテナの中には、結局、食べられるものは何も入っていなかった。
しかし、兵士たちの顔には、昨晩の奇妙な料理とダンスの余韻が残っていた。
「ザック、昨日のダンス、最高だったぜ!」
レオンがザックに肩を組むと、ザックは照れくさそうに笑った。
「うるせえな、レオン。お前だって、変なステップ踏んでたじゃねえか」
カイは次の発掘現場へ向かう探査機の中で、新たなコンテナの情報を眺めていた。
彼の胸には、未知の食材と、それをどう調理するかという無限の可能性が広がっていた。
「次は、何が出るかな……。どんな『当たり』でも、『ハズレ』でも、最高の料理にしてやるさ」
カイはフッと笑い、窓の外に広がる凍てついた地平線を眺めた。
この氷河惑星での日々は、冷凍コンテナという名のロシアンルーレットであり、同時に、彼の尽きることのない探求の旅でもあった。
そして、兵士たちの唯一の楽しみは、明日、カイがどんな奇妙な「フュージョン料理」を生み出すか、その一点にかかっていた。




