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NO33:雲上の食料争奪戦


 「おい!今日の夕飯、また豆スープかよ!」


 空中戦艦「フライング・ダッチマン」号の食堂に、ギザギザ眉毛の機関兵、ボブの怒鳴り声が響き渡った。


 テーブルを囲む兵士たちの視線が一斉に集まる。彼らの皿には、薄っぺらい豆スープと、いつもの硬いビスケットが乗っていた。


 「仕方ないだろう、ボブ。補給艦がまた敵の奇襲でやられたんだ。これで三週連続だぞ」


 向かいに座っていた、いつも冷静沈着な通信士、アリスがため息をつきながら言った。


 彼女の顔には疲労の色が濃い。


 「ったく、この空中戦艦、飛ぶ棺桶じゃなくて『腹減り棺桶』に名前変えろよ!」


 ボブはビスケットを投げつけんばかりの勢いで皿に叩きつけた。


 食料不足は深刻だった。備蓄は底を突き、配給は日に日に減っていく。

 兵士たちの間には、ピリピリとした空気が漂い始めていた。


 特にひどかったのは、最後の肉が配給された日のことだ。


 「あれはひどかったわね。たった一枚のハムを巡って、ジェイクとトムが殴り合いになったんだから」


 隣に座っていた衛生兵のメアリーが、その時のことを思い出して身震いした。


 「しかも、そのハム、ほとんど脂身だったらしいぜ」


 ボブが吐き捨てるように言った。

 その夜、艦長室では、司令官のブラッドリーが頭を抱えていた。


 「このままでは士気が保てん。何とか食料を…」


 彼の目の前には、最後の食料備蓄の報告書が置かれていた。そこに書かれていたのは、衝撃的な事実だった。


 『残された食料:米、一粒』


 「……は?一粒だと?冗談だろう!」


 ブラッドリーは目を疑った。しかし、何度見直しても、そこに書かれているのは「一粒」の文字だけだった。


 翌朝、緊急の全兵士集会が開かれた。兵士たちはざわつきながら集まってくる。


 「諸君、残念ながら、我が『フライング・ダッチマン』号の食料は、完全に底を尽きた」


 ブラッドリーの言葉に、兵士たちはどよめいた。


 「しかし、ご安心いただきたい!奇跡が起きた!たった一粒ではあるが、米が見つかったのだ!」


 ブラッドリーは厳かに小さなガラスの小瓶を取り出した。

 その中には、光り輝くように、たった一粒の白い米が鎮座していた。兵士たちは息をのんだ。


 「この一粒を、どうするか……」


 ブラッドリーは言葉を選びながら続けた。


 「公平を期すため、この米の所有権を巡って、諸君にはあるゲームに参加してもらう!」


 兵士たちの顔に、緊張と期待が入り混じった表情が浮かんだ。


 「ゲームとは、精神力勝負だ!一週間、一切の食料を摂らず、最後まで理性を保ち、正気を保っていた者こそが、この聖なる一粒の米を食す権利を得る!」


 兵士たちは顔を見合わせた。一週間絶食……それは拷問に等しい。

 絶食生活が始まった。初日はまだ皆、冗談を言い合っていた。


 「なあ、ボブ。お前、何か幻覚見えてないか?俺は今、目の前に巨大なカツ丼が見えるんだが…」


 ジェイクが虚ろな目で呟いた。


 「馬鹿言え!俺はもっとでかい、とろけるようなステーキの山が見えてるんだよ!」


 ボブがよだれを垂らしながら反論した。

 二日目になると、兵士たちの会話は食料のことばかりになった。


 「あー、母親が作ってくれた味噌汁が飲みたい…」


 「俺は、故郷の新鮮な魚介が恋しい…」


 三日目には、完全に皆の顔から生気が失われた。食堂には重苦しい沈黙が漂っていた。

 誰かが空腹のあまり唸り声を上げると、それが伝染するように他の者も唸り声を上げる。


 「ううぅぅ……」


 アリスがガタガタと震え始めた。


 「アリス、大丈夫か!?」


 メアリーが心配そうに声をかけた。


 「だ、大丈夫じゃないわ!幻覚が見えるの!天井から巨大なプリンが降ってきそうに…」


 四日目には、ついに脱落者が出始めた。


 「もうダメだ…俺は…俺は…!」


 ジェイクが突然立ち上がり、窓ガラスに頭をぶつけようとした。


 「俺はあのカツ丼を食うんだー!」


 慌てて他の兵士たちがジェイクを捕まえ、拘束した。彼はそのまま医務室に運ばれていった。


 五日目には、残る兵士はボブ、アリス、そしてメアリーの三人だけになっていた。

 彼らは、もはやまともに会話もできない状態だった。


 「ひもじい…ひもじいよう…」


 ボブが床に這いつくばって、弱々しい声で呟いた。


 「わたしは…わたしはもう…おにぎりが…食べたい…」


 アリスは涙を流しながら、空中に手で三角の形を作っていた。

 メアリーは、ただ一点を見つめていた。その視線の先には、艦長室に飾られている、豪華なフルーツの絵があった。


 六日目。三人とも、完全に意識が朦朧としていた。


 「み、水…」


 ボブがかろうじて声を絞り出した。


 「お、お肉…」


 アリスが、虚ろな目で天井を仰いだ。


 メアリーは、もう何も話さなかった。

 ただ、ヨダレを垂らしながら、フルーツの絵を凝視している。


 そして、七日目の朝。ブラッドリーが食堂に入ると、そこにいたのは、倒れ伏したボブとアリスだった。

 メアリーだけが、かろうじて椅子に座っていた。しかし、その表情は完全に生気を失っていた。


 「諸君…ついに、この時が来た…」


 ブラッドリーは厳かに、ガラスの小瓶に入った一粒の米を取り出した。


 「最後まで残ったのは…メアリー衛生兵だ!おめでとう!」


 ブラッドリーはメアリーに小瓶を差し出した。しかし、メアリーは微動だにしない。

 ブラッドリーは首を傾げた。


 「メアリー衛生兵?聞こえているかね?」


 その時、メアリーがゆっくりと顔を上げた。その目には、確かに光が宿っていた。

 しかし、その光は、米への執着ではない、別のものだった。


 「艦長…」


 メアリーが、か細い声で言った。


 「あの…あのフルーツの絵…」


 「ん?ああ、あれかね。私が個人的に飾っているものだが…それがどうかしたかね?」


 ブラッドリーは戸惑った。


 「…本物、でしたよね…?」


 メアリーの言葉に、ブラッドリーは目を丸くした。そして、はっとして、慌ててフルーツの絵に駆け寄った。

 

 絵には、確かに立体的なフルーツが描かれている。リンゴ、バナナ、ブドウ…そして、その奥には、小さなミカンの房が隠されている。

 

 ブラッドリーが絵の縁を触ると、わずかな隙間があった。彼はそこに指を差し込み、ゆっくりと絵を横にスライドさせた。


 すると、絵の後ろから、隠し収納が現れた。その中には、所狭しとばかりに、大量のレーション、缶詰、そして新鮮なフルーツが詰め込まれていた。


 「え…あ、あああ…」


 ブラッドリーは顔面蒼白になった。

倒れていたボブとアリスが、その光景を見て、ゆっくりと起き上がった。

 彼らの目にも、徐々に光が戻っていく。


 「艦長ぉおおおおおおお!!!」


 三人の絶叫が、空中戦艦「フライング・ダッチマン」号に響き渡った。

 ブラッドリーは、その日から、一週間、食堂の片隅で豆スープとビスケットだけを食べるという罰を受けた。



 

 そして、彼が隠していた食料は、皆で美味しく頂いたのだった。もちろん、最後の一粒の米も、大切に皆で分け合った。文字通り、一粒を。


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