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NO27:無法者のコーヒー豆


 荒野の真ん中、燃え盛る焚き火のそばで、男はひっそりとコーヒー豆を煎っていた。

 夜の闇が全てを包み込み、遠吠えが時折聞こえるだけの静寂の中、パチパチと薪が爆ぜる音だけがやけに大きく響く。


 男の名は、ジェイク。つい先日、銀行強盗の濡れ衣を着せられ、保安官たちに追われる身だ。無実の罪だ。


 しかし、誰一人として耳を傾けてくれる者はいなかった。

 彼の目は、疲労と絶望に深く沈んでいたが、その奥にはまだ、微かな光が宿っているように見えた。


 「ちくしょう、また追いつかれちまうのか……」


 ジェイクは低く呟き、手のひらで顔を覆った。ざらつく髭の感触が、彼の荒んだ生活を物語る。


 持っていたコーヒー豆は、彼が故郷を出る時に母親が持たせてくれたものだ。

 豆はもう残り少ない。この豆が尽きれば、彼の心も完全に折れてしまうような気がした。


 ゆっくりと豆を挽き、湯を沸かす。湯気が立ち上り、芳ばしい香りが夜の空気に溶けていく。


 「おい、ジェイク!」


 突然、背後から声がした。ジェイクは瞬時に飛び上がり、腰のガンに手を伸ばす。

 そこには、彼の古くからの相棒、ベンが立っていた。ベンは彼の無実を信じ、共に逃亡していたのだ。


 「ベンか、びっくりさせやがって」


 ジェイクは安堵のため息をついた。

ベンは疲れた顔で焚き火のそばに座り込む。

 

 「保安官たちがすぐそこまで来てる。このままじゃ、もう逃げきれねえぞ」


 ジェイクは黙ってベンにコーヒーを淹れた。黒く、苦い液体がカップに注がれる。

 ベンはカップを受け取ると、一口飲む。


 「くっそ苦いな! でも、この苦さが今は心地いいぜ」


 ジェイクは自分のカップをゆっくりと傾ける。


 「ああ、そうだ。この苦さが、俺たちを明日へと連れていくんだ」


 二人はしばらくの間、無言でコーヒーを飲んだ。遠くで馬の蹄の音が微かに聞こえる。

 追手が迫っていることを、改めて悟らせる音だった。


 「ジェイク、どうする? このままじゃ、捕まるだけだ」


 ベンが震える声で言った。

ジェイクは静かに目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

 彼の目に、決意の光が宿っていた。


 「ベン、お前はここから西へ行け。俺は東へ向かう」


 ベンは驚いてジェイクを見た。


 「何を言ってるんだ!? バラバラになるなんて……」


 「これが最善だ。奴らは俺だけを追ってる。お前まで巻き込むわけにはいかない」


 ジェイクは力強く言った。


 「それに、いつか必ず、俺の無実を証明してみせる。その時まで、生き延びるんだ」


 「でも……」


 ベンは言葉を詰まらせた。


 「約束してくれ、ベン。どんなことがあっても、生きていろ」


 ジェイクはベンに手を差し出した。ベンはその手を取り、固く握り返した。


 「わかった、ジェイク。お前もだぞ。必ず生き延びろ!」


 夜が明け始めた頃、ベンは西の空へ、ジェイクは東の空へとそれぞれ馬を走らせた。


 ジェイクは振り返らなかった。ただ前だけを見つめて、ひたすら馬を走らせた。

 彼の口元には、苦いコーヒーの味がまだ残っていた。


 その苦さが、彼の心に確かな覚悟を刻み付けていた。


 数週間後、ジェイクは遠く離れた町で、一人の老弁護士に出会った。

 その弁護士は、彼の話に真剣に耳を傾け、彼の無実を信じてくれた。


 数ヶ月にわたる骨の折れる調査と、幾度となく訪れる絶望の淵を乗り越え、ついにジェイクの無実が証明された。


 真犯人が捕まり、彼の名は晴れたのだ。

ジェイクは、あの夜のコーヒー豆を思い出した。あの苦みが、彼に諦めない心と明日への覚悟を与えてくれたのだ。


 彼の心には、希望という名の新しい豆が蒔かれた。しかし、ベンとは二度と会うことはなかった。

 



 ベンがどこかで生きていることを願うばかりだった。ジェイクは自由になった。

 だが、胸の奥には、友との再会を願う、もう一つの苦みが残っていた。


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