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NO26:亜空間食堂、本日も異文化交流中


 「へい、大将!いつもの頼むぜ!」


 ドワーフのバルガスが巨大なジョッキをカウンターに叩きつけ、店内中に響く笑い声を上げた。亜空間食堂のカウンターは、今日も多種多様な種族で賑わっている。


 きらめく鱗を持つレプティリアン、繊細な角を光らせるエルフ、そして毛むくじゃらの肌を持つヴルカヌスの商人。


 この店は、宇宙のどこにも属さない「亜空間」にぽつんと浮かぶ、文字通りの異文化交流の場だ。


 「わかってるって、バルガス。ちょっと待ってな」


 白いコックコートを着た俺、ケンジは笑顔で答えた。地球出身の俺がこの店を始めてから、もう十年になる。


 最初は戸惑いの連続だったが、今ではどんな珍しい食材が持ち込まれても、大抵のものは美味い料理に変える自信がある。


 それが、この店「亜空間食堂」の流儀だ。


 奥の厨房から、今日のスペシャルメニューの香りが漂ってくる。

 今日の持ち込みは、ヴルカヌスの商人が持ってきた「虹色キノコ」と、レプティリアンの漁師が獲ってきたという「深海イカ」。正直、最初はちょっと引いた。


 虹色キノコは見るからに毒々しいし、深海イカは触手にごつい吸盤がびっしりだ。

 だが、宇宙の食材は見た目と味が一致しないこともしばしば。


 「ケンジさん、虹色キノコのソテーはもうできましたか?あの鮮やかな色が食欲をそそるんですよ!」


 フロア担当のリーファが、期待に満ちた目で厨房を覗き込んできた。

 リーファはエルフの中でも珍しい料理好きで、この店の味見役でもあり、時には俺の料理のインスピレーションを与えてくれる貴重な存在だ。


 彼女の細身の身体のどこに、あれだけの食欲が隠されているのか不思議でならない。


 「ああ、もう少しだ。深海イカのピカタと一緒に出せるように調整してる。虹色キノコは、下処理をしっかりすれば甘みが増して美味いんだ」


 俺は手際よく、虹色キノコをバターでソテーし、芳ばしい香りを立たせる。

 深海イカは、薄切りにして特製のスパイスをまぶし、小麦粉をはたいてから熱した油で揚げ焼きにする。


 ジュウジュウと美味しそうな音が厨房に響き渡る。


 その時、店の扉が音もなく開き、一人の客が入ってきた。顔全体を覆うフードを深く被り、その素性が全くわからない。

 しかし、その身のこなしにはどこか威厳があり、店内の賑やかな雰囲気に一瞬の静寂が訪れる。


 「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 リーファが少し緊張した面持ちで尋ねる。フードの奥から、低く、しかしよく響く声が返ってきた。


 「……ここでは、どんな料理が提供されるのだ?」


 「はい。当亜空間食堂では、お客様が持ち込まれた食材を、私どものシェフが工夫を凝らして調理させていただきます。もちろん、当店でご用意している食材もございます」


 リーファは流暢に説明する。フードの客はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


 「ならば、一つ頼みたい。……“故郷の味”を、再現することは可能か?」


 店内に、ざわめきが広がった。故郷の味。それは、宇宙を股にかける者たちにとって、最も切実で、そして最も難しい願いの一つだ。


 故郷を離れて久しい者にとって、その味は記憶の中にしか存在せず、再現は不可能に近い。

 俺は厨房から顔を出し、その客をじっと見つめた。フードの隙間から見えた、わずかな肌の色は、これまでの客のどの種族とも違う。


 「……どんな食材を、お持ちですか?」


 俺は問いかけた。客は無言で、腰に下げていた小さな袋を取り出した。

 袋の中には、乾いた葉のようなものと、土のようなものが少量入っているだけだった。


 「これだ。私の故郷で、『記憶の葉』と『大地の砂』と呼んでいたものだ。これらを使って、私の故郷の料理を再現してほしい」


 俺は袋を受け取った。記憶の葉は、何の変哲もない枯れ葉に見える。大地の砂も、ただの土だ。


 しかし、この宇宙には、見た目では判断できない食材がいくらでもある。

 俺は、その葉を一枚取り出し、香りを嗅いだ。微かに、甘く、そしてどこか懐かしい香りがした。


 大地の砂は、指で触ると、確かに土のような感触だが、その奥に微かな鉱物のような煌めきを感じる。


 「……承知しました。少し、お時間をいただけますか?」


 俺はそう言って、再び厨房に戻った。バルガスやリーファ、他の客たちが心配そうに俺を見つめている。


 故郷の味の再現は、俺にとっても挑戦だ。


 俺はまず、記憶の葉を水に浸してみた。すると、葉はみるみるうちに水分を吸い込み、鮮やかな緑色によみがえった。

 そして、その葉から、さらに甘く、そして複雑な香りが立ち上ってきた。


 この香りは……まるで、地球のハーブの一種、バジルに似ている。

 だが、それだけではない。もっと深みのある、複雑な香りがする。


 次に、大地の砂を少量舐めてみた。土の味がする。しかし、その奥に、ごく微かに、塩味と、何とも言えない旨味が感じられた。

 これは、ただの土じゃない。


 俺は考えた。この葉と砂を使って、どうすれば「故郷の味」を再現できるのか。記憶の葉の香りを活かし、大地の砂の旨味を引き出すには……。


 「ケンジさん、どうします?もし難しければ、無理にとは言いませんが……」


 リーファが心配そうに声をかけてきた。


 「大丈夫だ、リーファ。……俺には、閃いた」


 俺は確信を持って答えた。

 俺はまず、記憶の葉を細かく刻み、香りを最大限に引き出す。大地の砂は、少量のお湯で溶かし、濾して不純物を取り除いた。


 その液体は、まるで濃厚なだしのようだった。


 俺は、刻んだ記憶の葉と、大地の砂から作っただし、そして少量の野菜と肉を合わせて、煮込み始めた。


 地球のシチューにも似た、トロリとしたスープを作り上げていく。食材の分量や火加減を微調整しながら、何度も味見をする。


 「……これだ!」


 最後に味見をした瞬間、俺は思わず声を上げた。脳裏に、どこか遠い異国の風景が浮かび上がるような、そんな懐かしい味がした。


 俺は完成した料理を、深々とフードを被った客の前に差し出した。

 客は静かにそれを受け取ると、ゆっくりとフードを上げた。


 その顔は、真っ白な肌に、水晶のような透き通った瞳を持つ、見たことのない種族だった。  

 その瞳が、湯気立つ料理に注がれる。


 そして、客はゆっくりと、スプーンで一口すくって口に運んだ。

 その瞬間、客の水晶のような瞳から、一筋の雫が零れ落ちた。


 「……これだ。この味だ。……故郷の、あの丘の夕暮れの味がする……」


 客は震える声で呟いた。その言葉に、店内の全ての視線が集まる。バルガスも、リーファも、他の客たちも、皆、固唾を飲んで見守っていた。


 「私の故郷は、既に滅んで久しい星だ。故郷の味は、もう二度と口にできないと諦めていた。だが、まさか、この場所で……」


 客は、残りのスープをゆっくりと、そして大切そうに味わっていた。その表情は、悲しみと、そして深い安堵と喜びが混じり合っていた。


 「大将!すげぇぜ!」


 バルガスが、興奮したように叫んだ。リーファも、瞳を潤ませながら俺を見つめている。


 「おかえりなさい、お客様」


 俺は、静かにそう言った。


 客はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見つめた。その水晶の瞳に、感謝の光が宿っていた。


 「……ありがとう。この味を、私は生涯忘れないだろう」


 客は、ゆっくりと立ち上がると、再びフードを深く被り、静かに店を後にした。

 客の姿が見えなくなると、店内に大きな歓声が上がった。


 「ケンジさん、本当にすごいです!あの人の故郷の味を再現するなんて!」


 リーファが興奮冷めやらぬ様子で俺の手を取った。


 「ああ、今回は最高の挑戦だったよ。でも、結局のところ、料理の知恵なんて、宇宙のどこへ行ってもそんなに変わらないもんだ。大事なのは、持ち込まれた食材の可能性を信じることと、そして……その食材を口にする人の、心に寄り添うこと、かな」


 俺は、少し照れながら答えた。確かに、あの葉と土は、俺の知る地球の食材とは全く違うものだった。

 だが、そこに込められた「故郷」という思いは、どんな星の、どんな種族にとっても同じなのだと、改めて感じさせられた。


 「しかし、あの客の正体は何だったんだ?あんな種族、見たことねぇぞ」


 バルガスが首を傾げた。


 「さあな。だけど、この亜空間食堂では、そんなことはどうでもいいことだろ?」


 俺はニヤリと笑った。この店は、宇宙の狭間で、様々な種族が持ち寄る食材と、交錯する料理の知恵、そしてそれぞれの故郷への思いが、交錯する場所。


 そして、今日、また一つ、忘れられない物語が生まれた。


 「さあ、みんな!次はどんな珍しい食材を持ってきてくれるんだい?俺はいつでも、最高の料理を用意して待ってるぜ!」


 俺の声が、再び活気を取り戻した亜空間食堂に響き渡った。




 宇宙のどこかの星で、また新たな「故郷の味」を探す旅人が、この亜空間食堂の扉を叩く日を夢見ながら、俺は今日も厨房に立つ。


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