NO25:タイムループ食堂
2077年5月15日。
「今日の夕食は、昨日と同じく混ぜご飯か…」
リュウは疲れた声でつぶやいた。彼の目の前には、いつもと変わらない、温かい混ぜご飯の入った食器が置かれている。
隣に座るコウキは、もう慣れきった様子で黙々とスプーンを動かしていた。
ここは、最前線から少し離れた基地の食堂だ。
「仕方ないだろ、リュウ。どうせ明日も明後日も、永遠に5月15日なんだから。俺たち、昨日と同じ混ぜご飯を食べる運命なんだよ」
コウキは顔も上げずに言った。彼らのいるこの世界は、数ヶ月前から奇妙なタイムループに囚われている。
毎日同じ日が繰り返され、彼らの記憶だけが積み重なっていく。
リュウは深いため息をついた。
「本当に嫌になるな。戦闘も、飯も、全部同じ。俺たち、一体いつになったらここから出られるんだ?もううんざりだよ…」
「さあな。でも、この食堂だけは、唯一の救いだよな。昨日と同じって言っても、昨日の食材の切れ端で作ってるから、全部が全部同じってわけじゃない」
コウキの言葉に、リュウはハッとした。確かに、この食堂の食事だけは、毎日少しずつ変化している。
もちろん、食材は限られているし、基本的なメニューは変わらない。それでも、調理兵たちが昨日までの「食材の切れ端」を使って、様々な工夫を凝らしているのだ。
「ああ、そうだな。昨日の肉の切れ端と、今日の野菜の切れ端で、また違う味になるんだもんな。昨日と全く同じ混ぜご飯じゃないって思うと、少しだけマシに思える」
リュウは少しだけ顔をほころばせた。このタイムループの中で、唯一の予測不能な要素。
それが、この食堂の料理だった。
翌日、また5月15日。
「今日の混ぜご飯は、なんか香ばしいな。昨日とは違う味がする」
リュウが混ぜご飯を一口食べると、いつもとは違う風味を感じた。
「ああ、昨日の残りのパンの耳を焦がして細かく混ぜたらしいぞ。イシカワさんが言ってた。『どうせ捨てちゃう切れ端なら、何か使えるだろ』ってさ」
コウキは楽しそうに言った。食堂の奥からは、調理兵たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「また無茶してるな、あいつら…。でも、そのおかげで、俺たちは昨日とは違う味を楽しめるんだもんな」
リュウは苦笑したが、その顔はどこか嬉しそうだった。この閉塞した日常の中で、ささやかながらも変化がある。
それが彼らを支えていた。
ある日は、昨日の肉の小さな切れ端を細かく刻んで、ご飯に混ぜ込んだ「特製チャーハン」が出てきた。
またある日は、腐りかけた野菜の最後の切れ端をなんとか使って作った「不思議なスープ」が登場し、兵士たちの間で「今日のスープは当たりかハズレか」という賭けが流行した。
「ハズレだ!今日のスープは泥の味がする!くっそー、また外れた!」
「リュウ、お前は毎回ハズレ引くな!お前、まさかハズレのプロか?」
そんなくだらない会話が、彼らの心を少しだけ軽くした。彼らにとって、この食堂は単なる食事をする場所ではなかった。
それは、タイムループの中で唯一「明日」を感じられる場所であり、希望を抱ける場所だった。
ある日の夕食。また5月15日。
食堂にはいつになく活気があった。兵士たちはざわつき、期待に満ちた表情で配給を待っている。
「なんだ?今日は何か特別なものが出るのか?こんなにみんなソワソワしてるなんて珍しいぞ」
リュウはコウキに尋ねた。
「ああ、今日は調理班のイシカワが、とっておきのレシピを出すってさ。なんでも、残ってる食材の切れ端を全部使って、究極の一品を作るんだとか。イシカワさん、昨日の夜からずっと準備してたらしいぞ」
コウキは興奮気味に言った。
やがて、調理兵のイシカワが大きな鍋を抱えて現れた。その鍋の中には、見たことのない、しかしどこか懐かしい香りのする料理が盛られていた。
「皆!今日の料理は、このループの中で培ってきた、俺たちの集大成だ!食材の切れ端を無駄にせず、最高に美味いもん作ってやったぞ!名付けて…『無限ループ・スペシャル混ぜご飯』だ!」
イシカワが叫ぶと、食堂は歓声に包まれた。リュウもコウキも、期待に胸を膨らませて混ぜご飯を受け取った。
一口食べる。
その瞬間、リュウの目から涙がこぼれ落ちた。
「これは…!なんて優しい味なんだ…!」
甘さと塩味が絶妙に絡み合い、様々な食材の味が複雑に混ざり合っている。
それは、今まで食べてきたどんな料理よりも、温かく、そして美味しかった。
「う、美味い…!イシカワ、お前、天才か!こんな混ぜご飯、初めて食べたぞ…」
コウキも感極まった表情で混ぜご飯を頬張っていた。
その混ぜご飯には、昨日の肉の切れ端、一昨日の野菜の切れ端、さらにその前の日のパンの耳まで、ありとあらゆる「食材の切れ端」が使われていた。
しかし、それらが一つになることで、新たな、そして最高の味が生まれていたのだ。
リュウは涙を拭い、顔を上げた。
「俺たち、もしかしたら、このループから抜け出せるんじゃないか…?こんなに美味しい混ぜご飯が食べられるんだから、きっと…」
その時、食堂のスピーカーから、緊急の放送が流れた。
「全兵士に告ぐ!全兵士に告ぐ!現在発生していたタイムループ現象が、完全に停止したことを確認した!繰り返す!タイムループ現象は、完全に停止した!」
食堂は、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。兵士たちは抱き合い、喜びの声を上げた。
リュウは信じられない思いで、自分の手を見た。手のひらには、まだ温かい混ぜご飯の感触が残っている。
「終わったのか…本当に、終わったのか…?」
コウキも呆然とした表情でつぶやいた。
彼らは、タイムループの中で、毎日同じ日を繰り返してきた。
しかし、この食堂の料理だけは、昨日から今日へ、食材の切れ端が形を変え、少しずつ変化し、進化してきた。
そして、その変化の積み重ねが、彼らの心を支え、彼らが未来を信じる力を与えていたのだ。
リュウは目の前の混ぜご飯をもう一口食べた。
「なあ、コウキ。明日も、この混ぜご飯、食べられるかな?今日限りじゃもったいないよな」
コウキはニヤリと笑った。
「さあな。でも、明日はきっと、今日の食材の切れ端を使って、もっと美味いもん、作ってくれるさ。俺たち、明日が来るって信じてるからな」
タイムループは終わった。しかし、彼らの「明日」への期待は、昨日までの「食材の切れ端」が織りなす、この食堂の料理のように、無限に続いていくのだった。




