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NO24:ゴールドラッシュのパンケーキ


 砂金が舞う開拓地の食堂「エルドラド」。

板張りの床は、男たちのブーツで擦り切れ、そこかしこに土埃と砂金がキラキラと混じり合っていた。


 カウンターの向こうでは、丸太のような腕を持つ亭主のジョーが、大きな鉄板で肉を焼いている。ジュウジュウと音を立てる肉の匂いに交じって、時折、甘い香りが食堂中に広がる。


 それが「ゴールドラッシュのパンケーキ」だ。


 今日のエルドラドは、いつもより賑やかだった。新しい金脈の噂が流れ、多くの男たちが押し寄せている。

 彼らの顔には、希望と疲労が入り混じっていた。


 「ジョー、パンケーキを頼む!」


 ひときわ大きな声が響き、男たちが振り返る。声の主は、ジェイクだ。

 この開拓地に来て半年。まだ大金は掴めていないが、誰もが彼の大らかな人柄を好いていた。


 「おう、ジェイクか。今日は景気が良いな!」


 ジョーが鉄板の上の肉をひっくり返しながら声をかける。ジェイクはカウンターに座り、擦り切れた革財布から、しわくちゃになった数枚の砂金を取り出した。


 「いや、違うんだ。今日は、これを祝いたくてな」


 ジェイクは、ポケットから小さな布袋を取り出し、そっとカウンターに置いた。

 中から出てきたのは、ほんのわずかな砂金だった。しかし、その輝きは、他のどの砂金よりもまぶしく見えた。


 「なんだ、たったこれだけか?」


 隣に座っていた男が、からかうように言う。ジェイクはにっこりと笑い、その砂金を指差した。


 「ああ、だがな。これは俺が初めて、自分で見つけた砂金なんだ。いつもは誰かの掘り残しばかりだったからな」


 その言葉に、周りの男たちから、どよめきが起こった。彼らは皆、一度は同じ経験をしている。

 初めて自分で見つけた砂金は、どんなに小さくても、忘れられないものなのだ。


 「なるほどな。それなら、パンケーキも格別だろう」


 ジョーが、焼きあがったばかりのパンケーキをジェイクの前に置いた。


 ふっくらと厚みのあるパンケーキからは、甘い香りが湯気と共に立ち上る。

 バターが溶け、メープルシロップがたっぷりとかけられていた。


 ジェイクは、フォークを手に取り、ゆっくりとパンケーキを口に運んだ。

 熱いパンケーキが舌の上でとろけ、優しい甘さが口いっぱいに広がる。


 「うまい……」


 ジェイクは、目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。その表情は、まるで遠い故郷の空を眺めているかのようだった。


 「どうした、ジェイク。そんなに感動するか?」


 隣の男が笑う。ジェイクは、ゆっくりと目を開け、少しだけ涙ぐんでいた。


 「ああ。これだ。この味だ……」


 ジェイクの脳裏には、故郷の母の姿が浮かんでいた。幼い頃、熱を出して寝込んだ彼に、母が作ってくれたのが、このパンケーキだった。

 

 優しくて、温かい、故郷の味。一攫千金を夢見て、はるばるこの開拓地までやってきたジェイクにとって、それは忘れかけていた温もりだった。


 「俺の母さんも、よくパンケーキを作ってくれたんだ。熱が出た時なんかは、決まってな」


 ジェイクは、ポツリとつぶやいた。

 周りの男たちも、それぞれの故郷の記憶を思い出したのか、静かに耳を傾けている。


 「そうか……みんな、故郷を離れて、こんな所で頑張ってるんだな」


 ジェイクは、パンケーキを一口ずつ大切に味わいながら、そう言った。

 彼の言葉には、故郷への想いと、この開拓地で共に生きる仲間への労りが込められていた。


 ジェイクがパンケーキを食べ終える頃、食堂の入り口がガラッと開いた。

 入ってきたのは、この開拓地で一番の大物、ジョンソンだ。彼は、新しい金脈を当て、瞬く間に大富豪になった男だった。


 「ジョー、いつものやつを頼む!」


 ジョンソンは、大声で注文し、カウンターに座った。彼の前には、いつも決まって、豪華なステーキが運ばれてくる。


 「今日のパンケーキは、特別に美味いぜ、ジョンソンさん!」


 ジェイクが、ジョンソンに声をかけた。ジョンソンは、ジェイクの顔をちらりと見て、鼻で笑った。


 「パンケーキなど、貧乏人が食うものだろう。俺は、肉しか食わん」


 その言葉に、食堂の空気が凍り付いた。ジョンソンの横暴な態度に、皆が顔をしかめた。


 「ジョンソンさん、そんなことはない! パンケーキには、故郷の味があるんだ。金じゃ買えない、大切なものがな」


 ジェイクは、まっすぐにジョンソンを見つめ、言い放った。ジョンソンは、ジェイクの言葉にカッと目を見開き、嘲笑った。


 「故郷の味だと? そんなもの、何の役にも立たん。この開拓地では、金こそが全てだ!」


 ジョンソンは、大きな声で言い放ち、ステーキを勢いよく切り始めた。

 その様子を、ジェイクは悲しげな目で見つめていた。


 「ジョー……」


 ジェイクは、そっとジョーに語りかけた。


 「ジョンソンさんは、きっと、故郷の味を忘れてしまったんだな……」


 ジョーは、静かに頷いた。ジョンソンは、金を稼ぐことばかりに夢中になり、大切な何かを失ってしまったのかもしれない。


 数ヶ月後、新しい金脈は枯渇し、多くの男たちがこの開拓地を去っていった。


 ジョンソンもまた、新しい金脈を求めて、別の場所へと移っていった。

 エルドラドは、以前のような賑わいを失っていた。


 ある日の夕暮れ時、食堂の入り口が、ゆっくりと開いた。入ってきたのは、ジョンソンだった。彼の服装はボロボロで、顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


 「ジョー……パンケーキを……」


 ジョンソンは、力なくつぶやいた。ジョーは、何も言わずに、一枚のパンケーキを焼き始めた。


 焼きあがったばかりのパンケーキが、ジョンソンの前に置かれた。ジョンソンは、震える手でフォークを取り、パンケーキを口に運んだ。  

 熱いパンケーキが、彼の乾いた心を潤していく。


 ジョンソンの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 「うまい……」


 ジョンソンは、声を上げて泣いた。彼の脳裏には、遠い故郷の母の姿が浮かんでいた。


 「故郷の味……こんなにも、温かいものだったのか……」


 ジョンソンは、あの時、ジェイクが言っていた言葉の意味を、今、理解した。


 金だけを追い求め、故郷の味を忘れてしまった自分を、彼は深く後悔していた。


 食堂の窓から、夕日が差し込み、ジョンソンの涙に濡れた顔を照らしていた。

 彼の隣には、パンケーキの甘い香りが、そっと寄り添っていた。


 ジョンソンはその後、この開拓地には戻らなかった。しかし、エルドラドの壁には、新しい一枚の写真が飾られた。


 それは、ジェイクが初めて見つけた砂金と、彼の故郷の母の肖像画が並んだものだった。

 そして、ジョーの鉄板からは、今日もまた、甘い香りが立ち上る。

 

 「ゴールドラッシュのパンケーキ」は、一攫千金を夢見る男たちに、故郷の温もりと、本当の豊かさを教え続けている。




 あなたにとって、「故郷の味」とは何ですか?


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