NO21:決闘前のウィスキーと缶詰
陽が傾き、西の空は血のような赤に染まっていた。吹きつける風が、砂埃を舞い上げる。
この寂れた荒野で、男たちは最後の時を過ごしていた。
「おい、ケイン」
ジョンが声をかける。ケインは黙ってウィスキーの瓶を傾け、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。ごくりと鳴る音が、やけに大きく響く。
「もう一口、どうだ?」
ジョンは自分の持つ缶詰に目をやりながら言った。
「どうせ、これが最後だ」
ケインは何も言わず、差し出された缶詰を受け取った。鮭の切り身がオイル漬けになったものだった。
フォークでひとつまみ、ゆっくりと口に運ぶ。
「味がしねえな」
ケインがぼそりと言った。
ジョンは小さく笑った。
「そりゃあ、緊張してるからだ。俺もあんまり味はわからねえ」
二人の間に、沈黙が訪れる。遠くで、カラスの鳴き声が聞こえた。
「なあ、ジョン」
ケインが口を開いた。
「お前は、後悔してないのか?」
ジョンは缶詰から目を離し、ケインの顔を見た。その目は、少しだけ遠くを見ていた。
「後悔か……」
ジョンは呟いた。
「そりゃあ、いくらでもあるさ。もっと上手くやれたこと、言えなかったこと、数え上げたらキリがねえ」
「俺は、お前を殺す」
ケインは静かに言った。
「それでも、後悔はないのか?」
ジョンはウィスキーを一口飲み、空になった缶詰を地面に置いた。
「人生なんて、後悔の連続だよ、ケイン」
ジョンは言った。
「だが、この決闘については、後悔しねえ。これは、俺たちが選んだ道だ」
ケインはフォークを缶詰の空き缶に落とした。カラン、と乾いた音が響く。
「俺は、お前を許せない」
ケインの声が震えていた。
「あの夜のことは、絶対に忘れない」
ジョンはゆっくりと立ち上がった。夕日が、ジョンの背に長く影を落とす。
「分かっているさ」
ジョンは言った。
「だからこそ、こうして相対しているんだ」
ケインも立ち上がった。互いの間に、張り詰めた空気が漂う。
風が強くなり、二人の間に砂煙が舞った。
「なあ、ケイン」
ジョンが言った。
「もし、俺が勝ったら、お前は……」
ケインはジョンの言葉を遮った。
「もし、お前が勝ったら、俺は二度と故郷には帰れねえだろうな。そして、誰も俺の死を悼む奴はいねえ」
ジョンは何も言わず、ただケインを見つめていた。その瞳の奥には、わずかな悲しみが宿っているようにも見えた。
「だが、それは俺の望むところだ」
ケインは続けた。
「この汚れた手で故郷に帰るくらいなら、ここで朽ちる方がマシだ」
ジョンは小さく息を吐いた。
「そうか。ならば、悔いはねえな」
二人はゆっくりと、互いに背を向け、十歩離れた。
「準備はいいか、ケイン」
ジョンの声が響く。
「ああ、いつでも」
ケインの声は、先ほどよりも落ち着いていた。
カチリ、とジョンの銃が撃鉄を起こす音がした。その音は、彼らの最後の食事を終えたことを告げる合図のようだった。
「なあ、ジョン」
ケインが振り返らずに言った。
「あのウィスキー、美味かったぜ」
ジョンは答えない。ただ、背後で微かに笑ったような気配がした。
「ああ、そうか」
ジョンは静かに言った。
「それは、よかった」
風が、二人の間に最後の言葉を運び、そして何もかもを掻き消した。
二人の男が背を向けたまま、静かに呼吸を整える。太陽は地平線の向こうに沈みかけていた。空の色はさらに濃くなり、やがて来る闇が、彼らの決着を見守るだろう。
そして、一発の銃声が、荒野に響き渡った。