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ポケット・リザーブ  作者: 緑茶
21/45

NO21:決闘前のウィスキーと缶詰


 陽が傾き、西の空は血のような赤に染まっていた。吹きつける風が、砂埃を舞い上げる。

この寂れた荒野で、男たちは最後の時を過ごしていた。


 「おい、ケイン」


 ジョンが声をかける。ケインは黙ってウィスキーの瓶を傾け、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。ごくりと鳴る音が、やけに大きく響く。


 「もう一口、どうだ?」


 ジョンは自分の持つ缶詰に目をやりながら言った。


 「どうせ、これが最後だ」


 ケインは何も言わず、差し出された缶詰を受け取った。鮭の切り身がオイル漬けになったものだった。

 フォークでひとつまみ、ゆっくりと口に運ぶ。


 「味がしねえな」


 ケインがぼそりと言った。

 ジョンは小さく笑った。


 「そりゃあ、緊張してるからだ。俺もあんまり味はわからねえ」


 二人の間に、沈黙が訪れる。遠くで、カラスの鳴き声が聞こえた。


 「なあ、ジョン」


 ケインが口を開いた。


 「お前は、後悔してないのか?」


 ジョンは缶詰から目を離し、ケインの顔を見た。その目は、少しだけ遠くを見ていた。


 「後悔か……」


 ジョンは呟いた。


 「そりゃあ、いくらでもあるさ。もっと上手くやれたこと、言えなかったこと、数え上げたらキリがねえ」


 「俺は、お前を殺す」


 ケインは静かに言った。


 「それでも、後悔はないのか?」


 ジョンはウィスキーを一口飲み、空になった缶詰を地面に置いた。


 「人生なんて、後悔の連続だよ、ケイン」


 ジョンは言った。


 「だが、この決闘については、後悔しねえ。これは、俺たちが選んだ道だ」


 ケインはフォークを缶詰の空き缶に落とした。カラン、と乾いた音が響く。


 「俺は、お前を許せない」


 ケインの声が震えていた。


 「あの夜のことは、絶対に忘れない」


 ジョンはゆっくりと立ち上がった。夕日が、ジョンの背に長く影を落とす。


 「分かっているさ」

 

 ジョンは言った。


 「だからこそ、こうして相対しているんだ」


 ケインも立ち上がった。互いの間に、張り詰めた空気が漂う。

 風が強くなり、二人の間に砂煙が舞った。


 「なあ、ケイン」


 ジョンが言った。


 「もし、俺が勝ったら、お前は……」


 ケインはジョンの言葉を遮った。


 「もし、お前が勝ったら、俺は二度と故郷には帰れねえだろうな。そして、誰も俺の死を悼む奴はいねえ」


 ジョンは何も言わず、ただケインを見つめていた。その瞳の奥には、わずかな悲しみが宿っているようにも見えた。


 「だが、それは俺の望むところだ」


 ケインは続けた。


 「この汚れた手で故郷に帰るくらいなら、ここで朽ちる方がマシだ」


 ジョンは小さく息を吐いた。


 「そうか。ならば、悔いはねえな」


 二人はゆっくりと、互いに背を向け、十歩離れた。


 「準備はいいか、ケイン」

 

 ジョンの声が響く。


 「ああ、いつでも」


 ケインの声は、先ほどよりも落ち着いていた。

カチリ、とジョンの銃が撃鉄を起こす音がした。その音は、彼らの最後の食事を終えたことを告げる合図のようだった。


 「なあ、ジョン」


 ケインが振り返らずに言った。


 「あのウィスキー、美味かったぜ」


 ジョンは答えない。ただ、背後で微かに笑ったような気配がした。


 「ああ、そうか」


 ジョンは静かに言った。


 「それは、よかった」


 風が、二人の間に最後の言葉を運び、そして何もかもを掻き消した。

 二人の男が背を向けたまま、静かに呼吸を整える。太陽は地平線の向こうに沈みかけていた。空の色はさらに濃くなり、やがて来る闇が、彼らの決着を見守るだろう。





 そして、一発の銃声が、荒野に響き渡った。


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