表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/60

NO19: 万能炊事班


 ある日の昼下がり、俺――ユキは、ぼんやりと空を眺めていた。

 青い空に、灰色の雲がゆっくりと流れていく。しかし、その雲の下には、常に死の匂いが漂っていた。


 トラックに撥ねられて死んだと思ったら、気が付けばこの異世界の戦場にいた。

 新兵の体には、なぜかゲームのような「スキル」が宿っていた。


【スキル:万能炊事班】

* 素材改変: あらゆる素材を調理に適した形に改変する。

* 調味料生成: どんな調味料でも生成できる。

* 絶品料理: 作った料理は必ず絶品になる。



 初めは戸惑った。こんな能力で何ができる? と。だが、すぐに俺のスキルが、この絶望的な戦場でどれほどの価値を持つかを思い知らされた。


 「おい、ユキ。今日の食料だ」


 声の主は、ガゼルだった。顔に大きな傷跡のある、無骨だが情に厚い先輩兵士だ。

 彼が差し出した袋の中には、まるで泥を固めたような黒ずんだ塊と、毒キノコのような禍々しい色の草が入っていた。


 見るからに不味そうだし、実際、いつもそうだった。


 「ひでぇな、これ。また土でも食うのかよ」


 兵士の一人が吐き捨てるように言った。皆の顔には、諦めと疲労の色が濃く浮かんでいる。


 俺も何度か、この絶望的なレーションを口にしたが、その度に胃がねじれるような不快感に襲われた。


 「大丈夫ですよ、ガゼルさん。皆さん」


 俺は袋を受け取りながら、静かに言った。兵士たちは、いつものように諦めの表情で俺を見た。だが、俺は違った。


 俺には、この状況を変える力がある。


 「見ててください。俺が、とびっきりの美味いもん、作ってみせますから」



 俺はまず、例の泥のような塊に手をかざした。素材改変のスキルを発動すると、塊は瞬く間に鮮やかな赤身を帯びた肉へと変化する。

 同時に、毒々しい色の草も、シャキシャキとした瑞々しい葉物野菜へと姿を変えた。


 「な、なんだと!?」


 「今、目の前で化けたぞ!?」


 兵士たちがどよめき出す。ガゼルも目を丸くして、呆然と俺を見つめている。


 「次に、これですね」


 俺は手を空中に伸ばし、調味料生成を発動した。指先から、醤油、みりん、生姜、ニンニク……まるで魔法のように、次々と香ばしい調味料が溢れ出す。


 「嘘だろ……何もないところから調味料を出すなんて……お前、本当に人間なのか?」


 ガゼルの声が震えている。無理もない。この世界では、調味料一つが貴重なのだ。


 俺は焚き火を起こし、大きな鍋をかける。変化させた肉と野菜を豪快に投入し、絶品料理のスキルを込めて炒め始めた。


 ジュージューと食欲をそそる音が響き渡り、香ばしい匂いが兵舎中に充満していく。飢えた兵士たちの視線が、一斉に鍋に釘付けになる。


 「さあ、できました!」


 鍋の中には、鮮やかな彩りの肉野菜炒めが完成していた。

 湯気からは、信じられないほど豊かな香りが立ち上る。兵士たちは唾を飲み込みながらも、なかなか手を伸ばさない。


 警戒心と、期待が入り混じった表情だ。


 「さあ、冷めないうちにどうぞ」


 俺が促すと、ガゼルが意を決したように、真っ先に箸を伸ばした。

 一口食べると、彼の目が見開かれ、次の瞬間には大粒の涙がこぼれ落ちた。


 「う、うまい……! こんな美味いもん、生まれて初めて食ったぞ……!」


 その言葉を合図に、兵士たちは我先にと鍋に群がった。皆、まるで幼子のように夢中で料理をかき込む。


 「なんだこれ! 肉がこんなに柔らかいなんて!」


 「野菜も甘くてシャキシャキだ!」


 「ああ、生きててよかったぁ!」


 兵舎は一転、歓喜の声に包まれた。皆の顔に、血の気が戻り、笑顔が咲く。

 俺はそれを見て、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。


 その日以来、俺は「万能炊事兵ユキ」として、この部隊の希望となった。


 だが、俺の能力は、すぐに上層部の耳にも入ることになる。

 数週間後。俺は前線の部隊から呼び出されていた。


 そこにいたのは、最高司令官直属の将軍だ。


 「貴様が、あの『万能炊事兵』か」


 将軍は威圧的な声で言った。俺は直立不動で応える。


 「はい」


 「貴様のスキルは素晴らしい。だが、それだけではこの戦争は勝てぬ。我々には、より強力な兵器が必要なのだ」


 将軍はそう言うと、俺の前に一台の奇妙な機械を置いた。それは、まるで巨大なミキサーのような形をしていた。


 「これは、魔力の源泉と食料を合成する機械だ。貴様のスキルで最高の食料を作り、それをこの機械に入れろ。そうすれば、兵士たちは超人的な力を得る。貴様は、兵器を創り出すのだ」


 俺はゾッとした。俺の料理は、人を笑顔にするものだ。人を傷つける道具にするなんて、そんなの、俺のスキルじゃない。


 「できません」


 俺は即答した。将軍の顔が険しくなる。


 「何だと? これは命令だ!」


 「俺の料理は、兵士の命を繋ぐものです。人を殺す道具になんて、絶対にさせません!」


 俺は一歩も引かなかった。将軍は激怒し、兵士たちに俺を拘束するよう命じた。

 俺は抵抗するが、多勢に無勢。その時、聞き慣れた声が響いた。


 「そこまでだ、将軍!」


 ガゼルだった。彼だけでなく、俺が料理を振る舞った全ての兵士たちが、銃を構えて将軍を囲んでいた。


 「ユキの料理は、俺たちに生きる希望をくれた! それを兵器にするなんて、許さねぇ!」


 「そうだ! ユキは俺たちの光だ!」


 兵士たちの叫びが響き渡る。将軍は驚き、困惑した表情で彼らを見た。

 兵士たちの目には、かつてのような絶望ではなく、揺るぎない覚悟と、俺への信頼が宿っていた。



 将軍は押し黙った。そして、やがて深いため息をつくと、兵士たちに銃を下ろすよう命じた。


 「……わかった。貴様の好きにしろ。ただし、これからも兵士たちの士気は貴様に任せるぞ」


 将軍はそう言い残し、立ち去った。俺はガゼルたちと顔を見合わせ、安堵の息をついた。


 「ユキ、お前は本当に馬鹿だな。でも、だからこそ、俺たちはあんたについていくんだ」


 ガゼルが、いつになく優しい顔で笑った。俺は、彼らの温かさに胸がいっぱいになった。





 俺はこれからも、このスキルで料理を作り続ける。兵士たちの命を繋ぎ、心を癒し、そして何よりも、彼らの明日への希望となるために。

 この戦場で、俺は唯一無二の「戦場の美食家」として、皆の食卓を守り続けることを誓った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ